『湖畔に座る女』
「よし。これで‥‥」
透明感孕む深い青が、キャンバスから離れた筆先に少し残っている。
深緑に囲われ、大空の下に広がる大きな湖。そして、それを湖畔の岩に腰かけ眺める一人の女。こちらに背を向けた彼女の上空、白い鳥は便箋とばかりに羽を一枚落として、差す光に従い、その元に舞い降りようとしている。
青を求める冒険の翌朝、ブルートの絵が完成した。
「おはようございます」
眠気眼に寝癖で跳ねた黒髪。リオネ達があくびを噛み締めながら起きて来た。
「おはよう」
「まだ描いてたんですね」
「ああ。でも、今丁度完成したんだぁ」
ブルートの言葉に、しょぼしょぼとしていたリオネ達の黒い瞳がぱっと開かれた。
そして、パタパタと駆け寄ると、「ほら」と促すブルートの横に立ち、二人(一人)は絵と対峙した。
雨音響く部屋の中、白の照明が照らす湖畔の風景——。
リオネ達は絵を見つめたままに、ただ固まっていた。
見開かれた目も、吸ったままの息もそのままに、その体はただの器の様で——、二人は眼前の絵に吸い込まれていた。
しばらくして、風が窓を揺らしたところでようやく「綺麗だ」とその紅い口から言葉が漏れた。
「ありがとう。そんな真剣に見てくれて僕もうれしいよ」
「いえ。こちらこそありがとうございます。この絵を見たら、昨日の苦労なんてお釣りが返ってくるどころじゃないですよ」
未だ、絵に目を奪われながらにリオネはそう言った。
「そんなに褒めてもらえると嬉しいなあ」
そう照れくさそうにブルートは笑った。
「やっぱり、水蒼岩の色って凄いんですね」
「そうだよお。他のものと調和が違うからね」
描かれた湖は確かに絵の中で最も大きく描かれている。ただそれだけに目を向ければ、あたかも主役の様に引き込まれるのだが、一つ視点を引いてみると、一つのわき役に回り、女の背中という主役を引き立てている。
「なるほど‥‥」とリオネ達が静かに頷いたのに対し、「ただ——」とブルートは腕を組むと首を傾げた。
「ただ、なんか前に使った水蒼岩の欠片と色味が違う気がするんだよなあ」
「そうなんですか?」
「うん。どことなく雰囲気が違うんだ」
そう言ってから、ブルートは「でも」と組んでいた腕をほどいて続けた。
「今回のモノのほうがいい色だよ」
ブルートは微笑むと、「本当に色々とお世話になったね。ありがとう」と感謝を添えた。
それに対しリオネ達はようやく絵から目を離すと、ブルートの方を見て「どういたしまして」と笑みを浮かべた。
そんな二人を労うように、森の木々の葉は打ちつけられる雨にパチパチと音を鳴らしていた。




