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バイソウルの一人  作者: わたしだ


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蒼を採る戦い(5)

 閃光に包まれた洞窟——。


 それが晴れた頃に、リオネ達の姿は消えていた。


 海王龍はへたりと垂らしていた二本の髭をすっと立てると、じーっと辺りを見回し始めた。そして——、


 「パシィィンッ」


 水面に勢いよく叩きつけられた尾ヒレ。水飛沫は高く上がった。


 そうして、ゆっくりと覗くように海王龍はその尾ヒレを上らせた——が、そこには何もなく、打ち上った水滴が降り注ぐだけだった。


 海王龍は髭を立たせたまま、水面に目を凝らした。


 細かい波紋は互いに打ち合い、消える。凪いだそこに反射する深い青の瞳——。

 と、それを上書きするように、水中を一つの影が動いた。


 海王龍は持ち上げていた尾ヒレをその影目掛け思い切り叩きつけた。


 「パシィィンッ」


 確実に尾ヒレはその影を捉えた…。


 (リオ)


 (うん)


 「グワァァァアアアッ!!」


 突如として轟いた咆哮——、そして暴れ回る海王龍。

 その巨大な体躯をうねらせ潜らせ、湖の中を上下乱舞。


 「どうしたんだ? 急に」


 くせ毛の隙間から見開かれた目を覗かせながら、ブルートは首を傾げた。

 その隣でケアルアは、「そうきたか」と僅かに口角を上げた。


 海王龍が暴れ回る中、幾度となく咆哮は響く。


 「なんか、これは叫んでいるというより‥‥、笑ってる?」


 「ああ。そうだろうね」


 「でもどうして‥‥」


 ブルートの問いに、ケアルアは「ほら、よく見てみなよ」と海王龍を顎で示した。


 そうしてじーっと凝らされた瞳。その先にあるのは、飛び散る水滴、のたうち回る海王龍、それと——、


 「あっ」


 海王龍の首元に張り付く黒い影。右往左往跳ね上がる毛先に、鱗の隙間を鷲掴む細く白い手。


 「リオネさん!?」


 海王龍が激しく動き回る原因は、リオネ達だった。


 両腕に収まらないほどの首元にしがみついて、リオネ達は乳白色の肌と青黒の鱗の境目から左手を伸ばしていた。


 狙いは喉元。そして、そこに触れるのは——筆先。


 リオネ達は、筆で海王龍のことをくすぐっていたのだ。


 水に濡れ、優しくなぞりながらも、少し硬くツンツンとした細い毛に襲われる怪物。


 海王龍は、とにかくその感触から逃れたいのか、喉元に尾ヒレを伸ばそうとしたり、水面へ叩きつけたりするが、リオネ達はどうにか粘り強くしがみついて筆を動かす。


 ——蒼のシャンデリアの下に繰り広げられる湖上の舞踏会‥‥。

 激しいリードの海王龍に、振り回されつつも確かについていくリオネ達。


 そして、とうとうしびれを切らせたのか、海王龍は自らの首元を岩場に思い切り叩きつけた。


 「危なっ」


 ぶつかる間際でリオネ達はどうにか手を放して、横たわる海王龍の背に移った。すると、今度、海王龍はその身を擦りつけるようにくるくると回転させ始めた。


 「おっとと」


 リオネ達はそれをサーカス団員の様にバランスをとって乗りこなす。


 岩場の隅から隅を二往復してもなお消えない存在に、海王龍は突然その上体をグッと勢いよく起こした。


 「わっ」


 その勢いで高く宙に飛ばされたリオネ達。その足は蒼く光る洞窟の天井に着地した。


 そして、見上げた海王龍は、その姿をようやく認める。


 静止した両者。黒と青の瞳——、定まる焦点。

 瞬きの間の睨み合い——。


 リオネ達は息を吸って懐の刀——筆に手を添えた‥‥。


 「うおおぉぉぉぉぉぉ!!!」


 「グヲァァァァァアアアアッッ!!」


 リオネ達は天井を思い切り蹴り飛ばし、海王龍は溜めた力で水面から跳ね上がる。


 美しく直線に伸びる乳白色。初めて水上に全身を晒した海王龍は、無数の細かい牙をむき出し、口を一杯に開いていた。

 一方、風を切って落ちるリオネ達。


 そして、決着が訪れる。


 「ガチィンッ」


 弾丸の如く降ってくるリオネ達に合わせて、海王龍は音を立てて噛み付いた。


 ——が、捉えることはできなかった。


 眼前に水の壁を張り、そこを通過することで、リオネ達は自身にブレーキをかけていた。それによって、ほんの僅かにタイミングがずれた。


 抵抗を増やすためだろう、翻された体に沿って黒の長髪は美麗に円を描く。


 そして、虚空を噛み締めた海王龍に——、

 ——居合切り一閃。


 喉元から腹部を通って尾ヒレまでを筆先が撫でた‥‥。


 「グワッ‥‥。グワッハッハッハッハハハハハッ」


 大きな笑い声が、洞窟に響いた。

 宙にいるままに、海王龍は笑っていた。


 そして、その目元からするりと一滴の雫が流れ落ちた。


 「ピチャン」


 それが真下の岩場に弾けたかと思えば——、


 「うわぁ」


 感嘆の声を漏らしたブルートの視線の先、洞窟の湖の上に、海が浮かんでいた。


 雫の触れた岩場の上から五十センチほどが、澄んだ深い海の色をしていた。暗くいるのに透明感があって、それでも向こう側まで透けない青。それは、まさしく水蒼岩だった。


 (リオ)


 (うん)


 リオネ達はその蒼を岩場から水の刃で切り取って抱え込んだ。


 そして、いつの間にか着水して睨みつけてくる海王龍に微笑みかけると——、

 「ありがとう」と言って踵を返した。


 去りゆく背中を、海王龍はただ眺めていた。




 「おおっ。やっぱりすごく綺麗だぁ」


 ブルートは、ボロボロのリオネ達そっちのけに、その懐に抱えられた水蒼岩を眺めて目を輝かせていた。

 その相変わらずな態度に、リオネ達は苦笑を浮かべていた。


 「いやー。凄いなー。一人で水蒼岩を採ってきちゃうなんて。よっぽどいい先生に教わったんだろうなー」


 「ええ。本当にお陰様で」


 わざとらしいケアルアの言葉に、強張った笑顔で応えた。


 「まあでも、今回に関してはブルート君のお陰でもあるんじゃないかな?」



 水蒼岩に向いていた視線をリオネ達へと上らせて、「そうなのかい?」とブルートは尋ねた。


 「はい。ええ‥‥。まあ、少しは」


 「そっかあ。少しでも役に立てたなら良かったよ」


 純真無垢な笑顔。それを向けられてリオネ達は照れくさそうに笑った。

 

 冷たい蒼が照らす中に、そこだけは柔らかな暖色に包まれているようだった。


 「ふうん」


 その様子を見て、ケアルアは何か言いたげな顔にそんな声を漏らした。


 「なんですか?」


 「いや別に」


 「ならいいですけど‥‥」


 そう言ってから一度湖を見下ろして、「さて、目的も果たしたことだし、帰りますか」とリオネ達は一つ息を吐いた。


 「そうだね」


 そうして四人(三人)は、その場を後にした。

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