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ライラと二人(1)

 「とんだ道草食ったね」


 「本当に。あと久しぶりにリオの恐ろしさを思い出した」


 「ジェルだってウキウキしてたじゃん」


 「そんなこと――」


 「感情貫通してきたよ」


 「本当は少し高揚してました」


 「よろしい」


 先刻に本泥棒の少年を追いかけてきた道なき道を、二人は確かに遡って街へと向かっている。


 「それにしても、本当になんで欲しかったんだろうね。この本」


 「おばさ――じゃないや。ライラに色々聞いてみないとね」


 「だよね。それに私、自分たちと同じような人たち初めて見た」


 「ね。僕たち以外にもいたんだね」


 その瞳をまた真っ黒から、青と黒のグラデーションの色にして、ジェルソ達は元来た足跡をたどっているようだった。


 「一つになる…か」


 「ん? どうしたのジェル?」


 「いや、さっきあの人たちが言ってたんだ」


 「ああ、確かに言ってたかも」


 リオネ達は後ろ手に組んで歩きながら微笑んだ。


 「私たちと違うことを考える人たちもいるんだね」


 「うん…」


 その浮かべた笑顔に呼応するように、二人歩く足元の草が惜しみなく広げた花びらを一枚落とした。


 「まあでも、この道草のおかげでこの本がなにやらすごい代物らしいってことわかったね」


 「確かに。色々と気になるところはあるけど、それもこれもライラのところに行ってからって感じかな」


 「おお、自然と“ライラ”と言えるようになっている」


 「うん。任せてよ。今日はちゃんと怒られないようにできるから―――」

 



 「信じた私がばかだった…」


 涙目のリオネ達からそんな言葉が漏れた。


 「おいジェル。もう一度私のことを呼んでみ?」


 石造りの壁に囲われた家の中、金に光るベルを隅に付けたドアを背に立つジェルソ達。


 その二人(一人)を見下ろす猫のような細長い瞳孔をした真っ赤な目――。

 その赤はリオネ達が持つ本にも劣らない鮮やかさをしている。


 「ラ、ライラ。久しぶり」


 「はい、久しぶり」


 ジェルソの言葉に笑って返す女の赤茶のショート髪と焼けた黄色をしたロングスカートが揺れる。


 「ねぇライラ。もうぶつのやめてよぉ。ジェルだけならいいけど私も痛いんだよ」


 「ああ、そうだったね。ごめんよ」


 涙ぐんで俯くリオネ達の頭をライラは優しく撫でた。それから「でも」と和らいでいた眼光を鋭くしするライラ。彼女の首元にあるブローチにほどこされた赤い宝石も伴って光り輝いた。


 「女性に対しておばさんだなんて言うのは良くないだろ? この先お前たちが生きていくうえで困らないようにするための教育が必要だと思ってな」


 その豊満な胸の前で腕組み、ゆとりある白のブラウスにしわを作ってライラは雄弁に語る。


 「でも、おばさんっていうより、ライラはおばあちゃんだけお―」


 リオネがどうにか口をつむろうとしたが語尾が乱れるのみ、肝心なところは間に合わなかった…。リオネの諦観した溜め息が二人の口から漏れた。


 鈍い「ゴンッ」という音が二人の頭から鳴る。


 こぶしが一つ、リオネとジェルソの頭めがけて飛んでいた。


 「ジェル。よく考えてから言葉を出して。私本当に痛いの」


 身をかがめて目を潤わせながらリオネが言った。


 「僕だって痛い」


 彼らの手は頭の軽くはれ上がった箇所に優しく置かれていた。


 「じゃあもうとりあえず口閉じて。これ以上ライラを怒らせないで」


 「…ごめん」


 目を伏せながらジェルソは謝った。


 一人二役の言い合いに見えて、二人でしっかりと言い合っている。それをライラは微笑ましく見ていた。

 「全く、確かに私はかれこれ三百年近く生きているが、それでも見た目はぴちぴちの三十路だっ」


 「ほらやっぱ―」とジェルソが口を開いたところで、リオネが力ずくに口ごと発言権を奪い取った。


 「ライラ、あまり自分から墓穴を掘らないで。またジェルが良からぬこと言うから」


 堂々と決めたライラだったが、冷静に入れられたリオネの言葉に少し顔がピクピクとして引きつった。そして、ここではないどこかを見つめながら「だって二十歳はさすがに―」と口を尖らせながらぶつぶつぼやき始めた。


 「ライラ拗ねちゃった。いい年なの―」


 「だからそういうのだってば。ジェル気を付けて」


 「ごめん」


 二人身をかがめたまま、その黒い瞳で見上げるようにライラを捉えながら小声で話す。


 「どうする?」


 「どうするもこうするも、とりあえず謝らないと。多分話はそこからだよ」


 「でもとどめ刺したのはリオネでしょ」


 「そもそもジェルが“おばさん”なんて言わなかったらこの流れにはならなかった」


 「それはそうだけど…」


 依然として自分の世界に籠るように口を動かし続けていたライラを見つめる二人。


 「でも最後のはライラが悪くない? 三十路って。自ら“おばさん”て言われに来てる」


 「それは…。確かにそうかもだけど」


 「誰がおばさんだって?」


 どこかの世界へ旅していたライラの意識が二人の前に戻って来た。


 「ち、違うよライラ。“お姉さん”だよ。ね? ジェル」


 「うんうん。そうだよ。ライラお姉さん」


 二人額に汗をにじませて、引きつった作り笑いをしていた。


 あからさまなご機嫌取りだったが、それでもライラはそれに満足したのかにっこりとして頷いた。 

 そして自分でも気づかなかったのか、いつの間にか掲げていた拳に気が付くとそれを誤魔化すようにさらに笑って口元に持っていき、わざとらしく咳払いをした。


 「まあ、そんなことはさておき」とライラの手がが二人の前に差し出された。

 

 「いらっしゃい」


 リオネ達は「うん」と頷くと、その差し伸べられた手をそっと握った。


 そのまま立ち上がると、二人はライラに誘われて、入り口のドアから右手前にある部屋へと向かった。

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