蒼を採る戦い(4)
「リオネさん…」
壁や天井から流れ落ちる水は、湖に波紋を広げる。先刻まで死線のやり取りがあったことが嘘のように、静かに時間が流れていた。
「やっぱり、もう…」
ブルートは崖の上で四つん這いに俯いていた。
「あーあ。ダメだったかー」
その隣でケアルアは平然とした態度で、泳ぐ海王龍を眺めていた。
「君が——」
と、大きく息を吸ってギロリとケアルアを睨み上げたブルートだったが、そこから先は続かなかった。
蒼の証明は冷たく、握りこぶしに影を刻む。
ブルートは体を震わせながら立ち上がると、乱暴な足取りで放り投げたリュックに歩み寄り、そこからスケッチブックと鉛筆を取り出した。そうして彼は崖際に胡坐をかくと、「全く君はひどい奴だ」と吐き捨てながら鉛筆を走らせ始めた。
それを不思議そうに眺めてケアルアが、「何をしてるの?」と尋ねると——、
「彼女の雄姿を残してる」
ブルートは静かにそう答えた。
「それもそれでしょ」
シャー、シャーと迷いなく引かれる線を見て、苦笑するケアルア。白紙の上、次第に浮かび上がるは、禍々しくも美しい怪物とそれに立ち向かう女だった。
輝く水の刃。そして、勇ましく決死の表情で突っ込む凛々しい横顔——。
「さっきの私、そんなかっこよかったですか?」
その声に、ブルートはパッと後ろを振り返った。
彼の目の前——、黒の長髪とローブ。さらにはぱっちりとした黒い瞳。
「君っ。無事だったのかい!?」
「まあ、どうにか」
そう言って、リオネ達は、生乾きの髪をかき上げた。
「よ、良かったあぁ」
安堵したのか、ブルートの体から力が抜けた。
「ね。信じてみても良かったでしょ?」
ケアルアの言葉に、ブルートは少しバツ悪そうにしながらも、「ああ。そうだね」と微笑んだ。
水面では依然として複数の波紋がぶつかり合い、一つの図形が描かれる。
「で、どうするの? もう諦めて帰る?」
含みある笑顔で、ケアルアはリオネ達に尋ねた。
するとリオネ達は、「いや」と転がるブルートのリュックの中を漁り始めた。
「何言ってるんだい。もう僕はいいよ」
「水蒼岩、いらないんですか?」
「そりゃ欲しいさ。でも——」
——筆。
勢いよくリュックから引き抜かれた手には、一本の筆先がぴんと天井を向いて収まっていた。
「なら任せてください。これで採ってきますから」
そう言い残して、リオネ達は勢いよく飛び出すと、崖の下——湖に浮かぶ岩場の上に着地した。
「ようようようっ。さっきはよくもやってくれたな」
威勢よく筆先を向けるリオネ達。
それに対して海王龍は、一瞥だけすると、そっぽを向いて欠伸するように大きく口を開けた。
「——こいつ」
余裕を見せつけられたリオネ達の笑みが引きつる…。
そして、その右手が天へと昇り——、指が「パチン」と弾かれたところで海王龍対リオネとジェルソの第二ラウンドが始まった。




