青を探しに(8)
「アハッ。アハハハッ」
妙に響く笑い声。
「この人をバカにしたような笑い声、僕あんまり好きじゃないんだよね」
「うん。私も」
その笑い声の主を、二人(一人)は目を細めて睨みつけた。
澄んだ空をそのまま写したかのような水色の液体。踊るようにそれは、岩の地面にぶつかっては跳ねて、あたかも水のように振る舞って——本物の雫はリオネ達の頭上からゆっくりと垂れ落ちる。二人の鼻を掠めて、その雫は足元に挑戦状の如く叩きつけられた。
「リオ」
リオネ達はそのままの目つきで微かに頷いた。
液体を映し出すランプの炎は、どこか優しいものであったのが一変、ぼわっと一瞬大きく膨らんで落ち着いて—それでもやはり先刻よりも鮮明に洞窟内を照らし始めた。
すーっと流れるようにリオネ達の左手が昇り、控えめな胸は正面から外れ斜めに向く。僅かに反って伸びる指先にできた銃口は、リズミカルな踊りを披露する液体を捉える。
二十二口径—細くしなやかな人差し指に、透明で小さな弾が装填。
静かに息を吐きながら、リオネ達は片目を瞑り照準を合わせた。
「アハハッ。アハハハハ。アハハハハハハハッ。アハハハハハハハハハハッハハハハッハハッ。アハ——」
麗しく天を向いた指先。
硝煙の代わり、ふわっと立ち昇る黒の毛先とローブの裾に袖—さらには紅い口元。岩壁からは細やかな塵が宙へと飛び散り、ランプの灯りで星屑となる。
水擬きが岩を打つ音と笑い声は突如として止み、リオネ達はかっ開いた目で黙った標的を見つめた。
その瞳に映るのは、水の弾丸が一直線に貫いた痕だった。
洞窟の壁にまで抉り込み、その銃創を湿らせて——、
そしてその手前、描かれていた放物線の丁度頂点には、くっきり円く開いた拳一つ分の穴。
伴って、尻を振るように動いていた水色の液体はアーチの形を保ったまま、じっと静かに静止していた。
「先に宣戦布告してきたのはそっちだから」
黙ったままの液体に対して、リオネ達は見つめたままに言った。
しばし続く両者沈黙の睨み合い。
そしてそれを先に破ったのは——、
「イヒッ、イヒヒヒヒヒヒッ」と妙に響く奇怪な笑い声だった。
黙りとしていた水色の液体が、笑い声と共に突然その表面をグニャグニャと幅狭く波打たせ、うごめき始めた。壁や天井に映るとげとげとしたしゃくとりむしの様な影。
そんな液体を見て、リオネ達は細く整った眉をひそめた。
一方液体は、グニャグニャと波打つ表面を止めると——ギュッと一所に集まった。
ぷかぷかと宙に浮かぶ人の頭より二回りほど大きい水色の塊。
リオネ達の髪が微かに揺れた。その足元に力が入り「ズリズリ」と地面との間に摩擦音が立つ。
水色の塊となった液体は、また、その表面を歪ませた。
そして、そこから五つの突起が顔を出したかと思えば、それは次第に伸びていき…、ヒトの四肢となり頭となった。さらには頭からは長髪がゆったりと垂れ、手足からは左右五本ずつ指が形を現していく。目鼻立ちがくっきりとして、ふわりローブの裾をはためかせるそれは——、
明らかリオネ達の容姿であった。
ただ、一つ決定的に異なる点は、色は変わらず水色のままで陰影のみ刻まれているところ。
「何? 私の真似してどうしたの?」
リオネ達は余裕そうな笑みを浮かべた。顔を傾けた二人(一人)の黒髪が、するり肩から滑り落ちると同時に、水色のリオネ達はみたびグニャグニャと表面を歪ませ変形を始めた。
そして次に現れたのは、伸びた首、その先の頭にくちばしを付けて、楕円の胴に足元には水かきを携えている、水鳥の姿であった。
それを見たリオネ達は腕を組み考える。
そして、また、水色の水鳥はその姿かたちを変容させていく。
今度現れたのは、四本足で佇む小さな馬。ただしその耳は、長くピンと上へ伸びている。
「イヒヒヒヒヒヒッ」と奇妙な笑い声の中、その馬は今度立派な角を持った鹿となる。
「何がしたいの?」
リオネの問いに応えるように、水色の鹿はまたリオネ達の姿となって思い切り口角を上げた。直後、また形を変え、そこに現れたのは——、
逆立ちをしたカバだった。
「バババババッ」
振り下ろされたリオネ達の右手に、いくつもの水の弾によって穴だらけとなったカバ。
「イヒヒヒヒヒヒッ」
しかし、何事もなかったかのように笑い声そのままに穴は塞がる。
そして、カバはギュッと一つの水色の塊となり宙に浮かぶと、体をゼリーの様に揺らしながら着地した。
「イヒヒヒヒッ。待ってるね」
ただそれだけ言い残して、水色の塊は地を這うように素早く広間の方へと暗闇に飲み込まれて行った。
「あ、ちょっと待ってっ」
リオネ達も後を追うように勢いよく一歩踏み出した。が、グッと足が止まった。
「リオ。一回落ち着こ。あれを真に受けていいことないと思う」
ジェルソの言葉に、リオネ達はムスッとしながらも足の力を緩めた。
「わかってるよ」
「ならいいけど」
「そういうジェルも、ちょっとムキになってたでしょ」
「うん。それは認める」
二人の口角は、あの水色の塊と出会ってからずっと、収まることなく浮ついていた。
リオネ達は一度大きく深呼吸をすると、丁寧に置かれていたランプを手に取り水色の塊の後を追った。
灯るランプの火は落ち着かない様子で、不安定に膨らんではしぼんでを繰り返していた。




