画家と湖(2)
絵を描く男の指は、手に持った鉛筆よりも一回り大きいくらいで細めだが、中指には幾重にも重なってできたペンだこが固く膨らんでいた。それは一見儚げで綺麗な手であるが、どこか力強い。
また、深めにかぶった色あせたグレーのハットから漏れるようにいるクセの毛——、その割れ目から覗かせるようにキャンパスを見つめる垂れた瞳は鋭く開かれていた。
男が絵を描き始めてから少しして、リオネ達は見惚れていた湖から視線を男へと移した。湖畔に座すリオネ達の腰丈ほどの岩に腰かけたまま、半身に男を流し目で見る。
先刻までの陽気さや、よれた袖や無精髭といった乱雑な身なり以上に、殺意ともとれる集中をした雰囲気が男を覆っていた。
それを見てリオネ達の喉は微かに上下した。
そして今度は男がリオネ達の方にぱっと視線を送った。目が合った一瞬、鋭い視線がリオネ達を貫いて、だが直ぐに柔らかなものへと戻った。そうして男は陽気な声で口を開く。
「湖はどうだったかな?」
「…えっと」
数舜不意に向けられた殺意まがいによってか、リオネ達は言葉を詰まらせたが小さく息を吐いてから続けた。
「とても綺麗です。ほんと、見惚れちゃいました」
最後リオネ達の口角が得意気に上がると、右手が軽くぱっと握られた。
「そうだろう? ここは素晴らしい景色なんだよ」
男がそう返した時、リオネ達の口元は確かに笑っていたがどこか眉間に力が入っていた。そして右手は、それはそれは力強く握られていた。
その様子を見て男は「ははっ」と声を出して笑った。
「なんだか君って面白いね。さっきから見ていたらコロコロとまるで別人のように表情というか、雰囲気というかが変わって」
「そ、そうですかねー?」
リオネ達はとぼけるように首を傾げてから続けた。
「でも、そんなこと言ったら、おじさ——お兄さんもすごいと思いますけどね」
「ははっ。お兄さんだなんて久しぶりに言われたなあ。でもこの年になって言われるのも恥ずかしいから…。って、そういえば名前教えてなかったね」
そう言うと男はわざとらしく咳払いをしてから左手を胸に当てた。
「僕はブルートっていうんだ。改めてよろしく」
リオネ達はそれにコクリと頷くと「私はリオネって言います」と軽く会釈した。
「リオネさんかあ」とブルートは頷くと「ところで」と繋いだ。
「ところで、僕そんな雰囲気変ってた?」
ブルートの問いにリオネは大きく頷いた。
「わりと。なんというか、キャンパス見つめているとき、ちょっと怖かったですよ」
「うそお。そんなことあるかなあ?」
「ありますよ」
リオネ達はそう言うと少し顎に手を当ててから控えめに口を開いた。
「なんていうか、こういうとあれですけど…。人、殺すような目をしてました」
その言葉に、男は数舜俯くとその口から漏れたのは——「ぶはっ」という耐え切れなかった男の笑い声だった。
「アハハッ。ちょっと。僕は人なんか殺さないよ」
「でもそんな目をしたんですよ。ほんとに。私、さっきこっち見られた時一瞬鳥肌立ちましたから」
「本当に? もしそうだとしたらごめん。謝るよ」
にこやかなまま、男はそう言い切ると。また静かにキャンパスと二人きりになったかのように手を動かし始めた。




