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バイソウルの一人  作者: わたしだ


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31/62

画家と湖(1)

 太陽も下り始めてから沈むまで半ば、町や村、都市を繋ぐ主要道はその砂地の一端を除いて、木々が作り出す影で覆われていた。


 そんな道を行き交うのはほとんどが馬車。ぽつり歩いて進んでいるのは——、一人、その黒い長髪を微かに揺らして進む女。


 「疲れたよリオ。休みたい」


 「もう? ツーリアを出てまだ少ししか歩いてないでしょ?」


 「いや、もうそれなりに歩いたよ」


 一人の口から二人分の言葉——、リオネとジェルソが口論しながらゆったりと地に足跡を刻んでいた。

 

 「どこが? まだ全然だよ」


 「リオの体、おかしいんじゃない?」


 「ジェル。私たち同じ体なんだよ?」


 「ほんと不思議だよねー」


 「とぼけないで」


 「リオってすぐ怒るよね」


 「怒らしてるのは誰?」


 リオネ達は互いに悪態をつきながら紅い唇をむっとさせると、直ぐに「はぁー」と声交じりの溜め息をついた。その溜め息をさらうように二人(一人)の横を馬車が通り過ぎる——。


 「ねえ、ジェル。そんな事よりさ、あの話はどう思う?」


 「あの話って?」


 「ほら、学校の書庫の話」


 「あー、その話ね」


 「それと、赤い本を狙ってるっていう人」


 「そーだなー」


 「んー」と唸るように控えめな胸の前で二人腕組みをして何やら考え始めた。ついでに瞑られた目——そこについたまつ毛は長く曲線美を描いている。


 リオネ達はそんな風に考え込んだままどこか上の空で、時折口から漏れるのは唸る声—、そうして二人歩き続け、一つ緩やかな上り下りをし終えた。


 「んー」


 「んー」


 と、いうところで、唸り声がもう一つ重なった。


 その主たちは互いに目を合わせる。


 一人はもちろんリオネとジェルソ。そしてもう一人は——、


 「あっ。ちょっと、そこの君っ」


 男が目を大きく開いて、その様相に合わない無垢で無邪気な瞳ですれ違いがけで足を止めた二人(一人)に、先刻まで傾げていた首をぐっと伸ばして声をかけた。


 彼の組まれていた腕もほどかれて、リオネたちをその場に留まらせるよう「待って」と、勢いよく突き出された。


 それに少し戸惑った様子でリオネ達は「わ、私?」と自らを控えめに指さす。それに対してその男は「ああ、そうさ。君さ」と鼻息荒くブンブン力強く頷いた。


 「な、何か御用で…」


 その男の様子にリオネ達は若干引くように苦笑いを浮かべて尋ねた。


 そんなリオネ達の表情が目に入っていないのか、男はすーっと大きく息を吸うとこれまでの勢いのまま口を開いた。


 「あのっ、えっと。んーそうだなあ。何から話せばいいか。まあ、そうだな、うん。あの、僕、その、今なかなかぴんと来なくて悩んでいたんだ。とある情景にね。それでどうしたものかと悩んでいたら。丁度君が通りかかって—、もう君しかいないと思ったよ」


 そこまで一息で言ったところで、男は息継ぎをして続けた。


 「だからさ、僕がこれから描く絵のモデルになってよ」


 と、男が言い切って一段落ついたところで、リオネ達の視線は彼の耳にかかった鉛筆にいった。


 「あ、えっと…。画家さん、なんですか?」


 「ああそうさ。この近くの湖を描いていたんだ。それで何か物足りないと思って」


 「で、私がその風景に似合うと?」


 「そういうこと」


 「な、なるほどぉ」


 未だ一歩引いたまま、リオネ達はゆっくりと頷いた。


 「で、どうだい? モデルになってくれるかい?」


 男は自分より背の低いリオネ達に頭を下から潜らせて突き上げるようにしてぐっと身を寄せる。リオネ達は眼前へと来た男から視線を外しながら、身をのけぞらせた。


 「あ、えっと…。その私たち急——いいですよ。やります」


 その言葉に男の目の輝きが増す。


 「本当かい?」


 「なっ、ちょ—もちろんです。僕——じゃないや私たちも丁度休みたかった所なので」


 にこやかなジェルソ達の表情、しかしそれとは裏腹にその左手は爪が食い込むほどに力強く握られていた。


 「ありがとう。本当に感謝するよ。絶対にいい絵にするから―。ほら、こっち。こっちに湖があるんだ」


 そうしてジェルソ達は男について細い脇道へと入っていった。


 「こんな方に湖なんてあったんですね」


 「ああ。結構大きいんだよ」


 「へぇー」


 ジェルソは軽快に男と会話を続けながらも、二人の顔は強く握られたままの左手によってか、しかめられていた。


 そこは左右に木々が並び立ち、それによって暗がりとなっている中、三人(二人)進む先に誘うような明かりが一つ、出口として用意されているようだった。


 「ごめん、リオ。許してよ」


 「ん? 何か言ったかな?」


 「い、いえ。独り言です」


 「そうか」


 振り向いて尋ねた男に、ジェルソ達は苦笑いで誤魔化した。


 依然として左手は強く握られており、とうとうジェルソは「んっ」と声を漏らした。


 「ほら、もうすぐだよ」


 そんなことには目もくれず――というよりも全く気づかぬ様子で、男は笑って二人に声をかける。

 三人、一歩一歩とそこへ近づき、最後暗がりを抜けた先——。


 「うわぁ」


 二人(一人)の真っ黒な瞳孔が一瞬ギュッとすぼまってから、感嘆の声と共に大きく開いた。と同時に強く握られていた左手からも力が抜けするりと肩が落ちる。


 キラキラと眩しいほどに輝く水面。波打つたびにその輝きが変化する。

 切り抜かれた森の中、周囲との対比でより明るくいるその場は、外縁数メートルを除いてそのほとんどが黒々しい青で埋め尽くされ、太陽の光を優しくそれでも鋭く反射させていた。


 「綺麗でしょ」


 男の言葉に、ジェルソ達はぷっくらとした紅い唇をぽかりと開けたまま微かに頷いた。


 時折、海とまではいかないが僅かの波の調べが流れて、時間の経過をゆったりとしたものにしていた。


 「えっとね、こっちの方に来てもらって——」


 そう言って男は、事前に設置されていたイーゼルとキャンバス、画材のある場所へと向かった。


 「それで、こんな感じで座ってもらえば嬉しいかな」


 リオネ達は男の指示に従いながらも、目は明らか湖の魅力に奪われていた。


 男もその様子に気が付いたのか、薄く荒い無精ひげで覆われた口元を微かに緩めてよれたベージュの服の袖を肘まで捲ると、耳にかかった鉛筆を手に取った。


 シャーシャーと鉛筆がキャンパスの上を走りゆき、黒い痕を残す。時折吹く風は、リオネ達の細い髪を一本一本さらって宙へと浮かばせていた。

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