本の行方(2)
「ほんと、ここら辺て薄暗いよね。なんだか寒いし」
ジェルソ達は軽く肩をさすった。
地面まで届く日の光はやはり少なく、ほとんどが木の枝葉にかすめ取られて——、その出がらしが優しく照らす森の中。リオネ達は軽やかな足運びでパキパキと小枝を踏みしめ歩いていた。
「おばさんもどうしてあんな街から離れたところに家建てたんだろうね」
「たしかに。まあでも、お陰に私達が借りて住めてるけど」
「静かでいい所だからね」
「うん」
獣道—とまではいかないが、それでも幅狭く足場の悪い道。そこを二人は本片手に進む。
「あ、そうだリオ。今日はどうする?」
「街では私が話すよ」
「わかった」
「何か言いたかったらいつも通り手を握って。どうしてもの場合は—」
二人の鼻から長く息が漏れた。
「心で会話するしかないか…」
「うん…」
緑の葉が二人の足跡に舞い落ちた。
その後もリオネ達は険しい道を、それでもそれを思わせない足取りで歩いた。
次第に道は開けていき、周囲は明るくなっていく。少しして、二人は整備された道へと出た。相変わらず左右には木々が生えているが、先よりも幅広く地面は日を照り返していた。
「もう少しだね、おばさ―ライラ元気にしてるかな?」
「元気だよ絶対。ライラが萎れてるところなんて想像できない」
「確かに」
と二人が呑気に言葉を交わした時だった――。
「――なっ!」
二人の体が宙に舞った。勢いそのまま、リオネ達はドサッと道脇の草場へと倒れ込んだ。
「いたたたた。大丈夫ジェル?」
「うん、リオは?」
二人が無事を確かめ合いながら一つの上体を起こし、ぱっと顔を上げると、人影が木々の合間を縫って森の方へと走り去っていた。
「あっ。ちょっと! せめて何か一言ないの!」
リオネの怒りがこもった叫び声に振り向きもせず、その人影は森の闇へと姿をくらませた。
「もう、本当についてない」
頬を膨らませて嘆きながら、リオネ達は立ち上がると服に着いた砂を手で払った。
そして何か探すように視線を巡らす。が、彼女らの周りには高い位置にある太陽に作られた一つの影のみ――。
「…ねえ、本は?」
「…さぁ」
ヒュルリと風が通りに従って吹き抜けた。
「ちょっと。本無くしたなんて言ったらライラすごく怒るよ」
「僕もうライラにぶたれたくない」
「私もだよ」
「どこいったんだろう」とリオネ達は腕組み考えながら周辺を探し回る。
「横からぶつかられて、それで…」と言葉尻が切れたところで、「あっ」と明らか二人同時に顔を上げた。
「あいつだっ」
心当たりは二人とも同じだったようだ。すぐさま一歩目が、さっき人影が消え入った森の方へと向いた。
「ジェルっ」
「わかった」
颯爽とした足取りで、二人の体はあの人影の行先を追うように森へと入った。
周囲の木の葉や生い茂る草花がリオネ達の体が通り過ぎるたびに大きく揺れる。纏う黒色のローブと長髪をはためかせ木々の合間を華麗に縫っていく様子は、常にそこで生活しているオオカミのようだった。
瞳はがっと開いて、その色は墨に塗られたような黒から透き通るような青色までがグラデーションのように入り混じっていた。そして二人で一糸乱れず一つの体を進める。
まるで盗人までの道が見えているかのように―。
本盗みの犯人と思しき人影を追い始めてから、二人は声でのやり取りが無くなった。その体から生み出されるのは風を切って駆ける音のみ。
その代わりに二人は心の中で意思疎通をとっていた。
(多分あの足跡)
(オッケー、ジェル。お陰でよく見える)
(まあ、この位はね)
音を介すことのない会話―。
(さすがにあのぶつかってきたやつだよね)
(状況証拠的には――。周りに落ちてなかったし)
心で会話しながらも、踏み出す一歩は正確でまさに阿吽の呼吸だ。
(違かったらどうしよう)
(謝っとけばいいよ。黙って立ち去った向こうも悪い)
(それもそうか…。じゃあもし犯人だったら?)
(そりゃあ勿論―)
(こうよ)というリオネに従い、その中指と人差し指へぴんと立ち、薙ぎ払われた。
切っ先のような輝きがその軌道に沿って光ったと思えば、二人の進む先、太めの枝は一刀両断。
彼女らの指二本においては、その根元から六十センチほどすーっと美しく滑らかな曲線を描く水の刀身が伸びていた。
(それはやりすぎだよ)
(さすがに冗談。ジェルの目くらましでいいんじゃない?)
(わかった)
と二人示し合わせがついたところで、二人の視界がとうとう本泥棒と思しき背中を捉えた。
(見つけた)
「おーいっ。そこの走っている人っ。止まって。というか止まれ!」
見つけた途端にリオネが叫んだ。
それでもやはりその背中はリオネ達から逃げるように前へと進む。
薄暗い森を赤の本を抱えながら走る少年――。彼は白の薄汚れたブラウスの袖を捲って汗をにじませながら懸命に逃げ走っていた。
「ちょっと待ってよ! その本返して!」
(やっぱり持ってる。赤い本)
(だね。もう少しスピード上げよう)
ジェルソ達は一つギアを上げた。
荒い呼吸。それでもどうにか近づいてくるリオネ達から逃げようと少年は必死に走っていた。
それでも近づいてくるリオネの声と足音――。
少年はその迫りくる影を確認しようと振り返った。
その瞬間、周囲が閃光に包まれた。影すら生まないほどの強い光――。それを食らって少年は「うわっ」という声と共に腕をクロスするように目を覆って慣性を引きずったままブレーキを掛ける。
ザーっと地面を滑りながら、彼はどうにか転ぶことなく制止した。
しかし、脇に抱えられていた赤い表紙の本は、するりと抜け落ち、そのカーキ色のズボンをかすめて木の葉交じりの土のベッドに優しく迎えられた。
「では、この本は返してもらいますよと」
そう言っていつの間にか少の前にいたリオネ達は、未だ輝く後光を浴びながらゆっくりと本を拾い上げると、安堵の表情で二人はその本についた砂を優しく払った。
「もうこんな悪いことするんじゃないぞ」
リオネがそう笑いながら言ってその場を立ち去ろうとしたとき、少年が目を遮っていた腕を思い切り振りほどいた。
――瞬間、リオネ達の背中に真っ赤な炎が襲い掛かった。
「熱っ」
それにすぐ反応して水の膜を張ったリオネ達だったが、少し炎の熱にやられて閃光が消えた。周囲がまた薄暗がりの森となる―。
(ごめんっ)
(ジェルっ、もう一回閃光を――)
「って危なっ」
今度はさっきよりも大きな炎の渦がリオネ達を襲った。それでもどうにか水で壁を作りそれを防いだ。伴って蒸気が白く立ち上る。
「ちょっと。危ないよ」
「うるさあい! その本を渡せ!」
蒸気立ち込める中、少年の髪は刺々しく逆立つようで、その目は人間と思えないほどに鋭くリオネ達に向けられていた。




