鐘の鳴る街(10ー2)
オネストの目はいかにも悪人のようで、とても子供のものとは思えないほどに鈍く光っていた。
「俺はな、昨日帰りに見たことねえおっさんたちにばったりと会ったんだ。そんでその人たちに頼まれたんだよ——」
ジェルソ達を見ていたオネストの目がプラウの方に向いた。
「さっき図書館にいた、赤い表紙の本を持っていた奴からその本を奪えってな」
オネストは「へはっ」とねっとりとした声で鼻にかけたように笑って続ける。
「お前がいつも読んでたお気に入りの本。あんなもんに価値があるとは思わなかったが…。まあ本は今あの人達の手に渡っているよ。場所なんて知らねえがな。お前のお陰で良い小遣い稼ぎができたぜ」
言い終わってもオネストの顔は歪んだ笑顔のままだった。
聞いていたプラウはというと…、強い横風によって小麦色の髪で隠れた顔の奥、微かに鼻をすする音を鳴らしていた。その風は隣の木々を騒がしいほどに揺らしていた。
風がやんで露になったプラウの顔は例の如く平然とした表情でいた。
そして「そっか、なら仕方ないか」と彼女は微笑んだ。
一方でジェルソ達の体は細かく震えていた。そのほとんど全身の力が入り切っている様で、黒い長髪の毛先は上へ上へとせりあがっていた。
「仕方なくなんかない」
腹の底から出た獣のような唸り声——。
「私は仕方ないなんて思わない」
その声はプラウとオネストを飲み込んだ。
声の主は鼻息荒くオネストへと近づく。ドシドシと一歩一歩が重く力強く地面を踏みつけて——、
「プラウ、オネストと二人だけで話がしたいから向こうの方へ行ってくれないかな?」
ジェルソ達は背中だけでも強大な圧があった。
「で、でも…」
「大丈夫。暴力は振るわせない——、じゃないや。振るわないから」
プラウの方に振り返ったジェルソ達は笑っていたが、その眉は少ししかめたようで、額に汗も浮かんでいた。
プラウはその表情を見て首を傾げながらも、「お願い」と真剣に言うジェルソに頷いて、さっと図書館の表の方へと駆けて行った。
プラウの一歩目で舞った砂埃が地を這って流れていく。
「さて、さっきお小遣いと言ってたけど、いくらでやったの?」
苦笑いしながらジェルソは尋ねる。
「は? 教えないけど」
「いいから教えてっ」
必死にジェルソは訴えた。その左手は尋常でないほどに震えている。
それを見上げてオネストは眉をひそめた。
「どうしたんだお前…。大丈夫か?」
「大丈夫だからっ。早く言ってほしいっでないと——」
「パンッ」
小さな破裂音と共に飛び散る水滴。
オネストは目を見開いて息をのんだ。
彼の目の前でジェルソ達の左腕が振り下ろされ、少量の水が破裂したのだ。そして、その水滴はオネストの頬に飛び散り、こびりつく。
依然としてジェルソ達の腕は宙でとどまり震えていた。
「な、なんなんだよお前」
「ごめん。お願いだから教えて」
体を硬直させて尋ねるオネストを諭すようにジェルソは言った。
空いた右手で苦しそうに頭を押さえるジェルソ達に、オネストは「わ、わかったよ」と戸惑った声で言った。
するとオネストは少しばつの悪そうな顔で「実はな」とジェルソ達から視線を外した。
「実はまだもらってないんだよ。あいつら、俺が本を渡したらご苦労様ってどっか行きやがったんだよ。待てって追いかけようとしたら腹に一発食らって…」
オネストは「ふんっ」と目を伏せて笑った。
「まあ、プラウに腹いせはできたからいいけどな」
そしてオネストは一つ息を吸ってジェルソ達の方を見て微笑んだ。先刻に飛び散ってついた頬の水滴がするりと彼の肌を伝って流れ落ちた。
「騙されたんだよ。俺、バカだから。早く自警団にでも突き出せよ」
「そっか。なら、君に金貨一枚あげるからどこで渡したのか教えてよ」
自分の世界に入り込んだように語ったオネストだったが、そんなのどうでもいいようにジェルソ達は淡々と言った。その左手の震えは消え去り、二人(一人)は黒いローブの裾を風に揺らして仁王立ちしていた。
「は? 何言ってんだお前」
「いや、だから僕はちゃんとお金あげるから、どこで本を渡したのか教えてって言ってるの」
ジェルソの言葉に、オネストは「は?」とあほな声を出して鼻で笑った。
「そんなの信じるわけ—」
キラリと金に輝くものが、オネストの前に「チャリン」と金属音鳴らして落とされた。
オネストはまじまじとその硬貨を見つめた。
「ほら、これあげるから教えて」
オネストが落とされた先を辿り見上げると、そこにあったジェルソ達の目はぶれることなく真っすぐ彼を見つめていた。
学校脇の花にまた一匹、蝶が甘い香りに誘われてひらひらと舞い降りて、その足に花粉をつけ蜜を吸う。
「事情聴取ってやつか?」
「別に、ただ知りたいだけ」
「それでこんなにくれるのか?」
「そりゃあね。知りたいから」
オネストは生唾をごくりと喉を鳴らして飲むと、震えた瞳で眼前に転がる金貨を見つめた。彼の口はわずかに動いて何か自分に言い聞かせているようだった。
その瞳は震えたまま、それでも一つ大きくして口を開いた。
「学校の裏山、入ってすぐに少しだけユリが生えている場所がある。そこで—」
オネストが言い終わるか否か、ジェルソ達は一歩踏み出していた。
その瞬間に、オネストの背中は一直線に水で濡れて、彼の拘束は解けた。
「ちゃんとプラウに謝っておいてね」
そう言い残してジェルソ達は裏山の方へと駆けだした。




