鐘の鳴る街(9-3)
上手に音程を操れていないプラウの声。
ジェルソ達はそれに耳を傾ける。
「今朝図書館に呼び出されて、それで中入ろうとドアノブに手をかけたら、急に後頭部に強い衝撃が走って。すごい痛くて」
プラウは目を伏せて続けた。
「それで、何か不思議な香りがしたと思ったら急に眠気が襲って来たんです。そのまま体から力が抜けていってすとんと膝から崩れ落ちて…。最後、意識が遠のく中で、私は彼の顔を見ました」
語尾を落として、プラウの言葉は続かなかった。
「どんな人だった?」
ジェルソが尋ねても、プラウは俯いたまま口をつむっていた。
「えっと…、その人の特徴を教えてくれるとありがたいんだけど…」
ジェルソは頬をかきながら言う。
するとプラウは、一つ深く息を吸って吐くと俯いたまま静かに語り始めた。
「私、幸せな子だから――。だから恵まれていない彼を責める資格なんて無いと思うんです」
彼女が吐露した言葉は、ジェルソ達の問いへの回答とは別のものだった。それでもジェルソ達は続きの言葉を待った。
「彼はきっと、恵まれた環境にいる私のことが憎いんだと思うんです。綺麗な服を着て、広い家に住んで、お金だって困らなくて…。彼はそうじゃないから、だから私のことをいじめるのだと思って——。でもそれも仕方がないと思うんです」
そこで一度言葉を途切れさせると、プラウは顔を上げ口元に笑みを浮かべて続けた。
「私、幸せなので」
彼女の声は鼻にかかっていた。目を一杯に細めたその笑顔はどうしてか養護室の無機質な空気に紛れていた——。
そんなプラウを見て、ジェルソ達は唸りながら腕を組んでいた。
プラウはそれに首を傾げる。
「あ、あの…」
「不合格だね」
「え?」
「不合格だよ」
ジェルソは目を瞑って頷きながらがら言った。
「ふ、不合格とは…」
「君にはそんな言葉を使う資格がないということだよ」
「へ?」
傾いていたプラウの首が揺れ戻り、さらに反対側へと傾いた。彼女の小麦色の毛はふわりと動く。
「まあ、いいや。そんな事より、その“彼”の特徴、いや名前を教えて」
ジェルソは淡々と言った。
「え、えっと…」
予想していた返答と異なったのか、プラウは何度も瞬きをした。そして彼女はジェルソ達から視線を外すと左下を見て、唇を嚙むようにした。
そんな彼女にジェルソは畳みかける。
「大丈夫。先生とかには言わないから、できるだけ面倒ごとなく穏便に済ませられるよ。だからさ―ほら」
そのジェルソの言葉に、プラウの喉が動いた。ジェルソ達はそれを見逃さなかった。
「僕は君を助けたいんだ」
校庭脇に咲く野花は緩やかな風にのせて、自分の香を周囲にまき散らしている。
プラウはまたジェルソ達の方に真っすぐ視線を戻すと、慎重に口を開いた。
「あの、先生達には言ってほしくないのですが…」
「もちろん」
花の香りに誘われて一匹の蝶がひらひらと舞い寄せられる。その蝶はゆっくりとその花に止まると花粉を足に付けて蜜を吸い始めた。
「今朝、私のことを襲ったのは—、オネスト—、昨日図書館で私のことを罵っていたくせ毛の彼です」
プラウは静かに言った。それにジェルソは「ありがとう」と笑わず、真っすぐ彼女の瞳を見つめて言った。




