鐘の鳴る街(9ー1)
「お、おはようございます…」
目を覚ましたプラウはのっそりと二度瞬きをすると、「ここは」と視線を巡らせた。彼女ともう一人だけのその部屋は全体的に物が少ないせいかどこか無機質だった。
「養護室だよ」
「養護室…?」
普段のハスキーな声にまして掠れた声で、プラウは首を傾げた。
まだ目が覚めたばかりの彼女は、脳が起動しきっていないのかその目の焦点はどこかあやふやなもので、口もぽかりと開いていた。
「そう。養護室。君—、えっと、プラウさんが倒れてたから僕が連れて来たんだ」
「倒れていた?」
ジェルソの言葉に、プラウは目を瞑った。そして口を小さく動かしながらなにやらぼそぼそと呟き始めた。
晴天から降り注ぐ陽光は、窓枠で切り取られて窓辺のまだ冷たそうな床を照らしている。
「あっ」
少ししてプラウはそう声を漏らすと、瞑っていた目を思い切り開いた。そして上体を起こすと軽く俯いてじっと固まった。
「大丈夫?」
そう尋ねながらジェルソ達は、プラウの顔を覗き込んだ。そこにあったプラウの顔に、乱れたままの髪が陽光を遮って影を作っていた。だが、その影の中でも—丸々と裸になった青い瞳は震えて彼女の動揺を伝えていた。
ジェルソ達が心配そうにプラウのことを見ていると、ようやく彼女は現実に戻ったのか、はっと二人(一人)の方を見た。
「ごめんなさい。運んでくださったというのにお礼を言うのが遅れて」
そう言うとプラウは二人の方にしっかりと体を向けて——「ありがとうございました」と深々礼をした。
「いやいや、そんな。頭を上げてよ」
「昨日も助けていただいたのに、また今日も…。本当にありがとうございます」
「両方とも偶々だったというかなんというか…。とにかく丁度そこに居合わせたってだけだから。ね?」
そう微笑むジェルソ達に、プラウは小さく頷いた。
「いや、でも君が無事でよかったよ」
そしてジェルソ達は「でさ」と手を優しく合わせて続けた。その表情は口元だけ笑っていた。
「起きていきなりで悪いんだけど、倒れる前に何があったのか覚えてない?」
その問いに、プラウは考えるように顎に手を当てた。そして少ししてから口を開く。
「ごめんなさい。確か朝、図書館で本を読もうと向かってそれでまだ閉まっていて…、ていうところまでは覚えているんですけど」
「そっか」
「はい。もしかしたら、最近遅くまで勉強していて、その疲れで貧血でも起こして倒れてしまったのかもしれません」
プラウはそう言いながら笑った。
その笑顔はパーツごとには自然なものだったが、全体で見ればどこかちぐはぐで統一感のない、誤魔化すようなものだった。
「それはないよ」
そんなプラウにジェルソがはっきりと言った。
「え?」と首を傾げるプラウにジェルソは続ける。
「それはないんだよ。君は確実に誰かの手によって気を失わされていたんだ。だから今、先生たちはその対応を自警団の人たちと話し合ってる」
「それはどういう…」
「そのままの意味。だから、質問を変えるね」
もうジェルソ達は口元すら笑っていない。その表情は真剣そのものだった。
「誰が君にそんなことをしたのか、覚えていない? もしくは心当たりはないかな?」
先刻まで時折学校を囲う林の木々を揺らしていた風はぴたりと止み、養護室に届いていた木々の擦れる音が途絶えた——。
プラウは、今度は自然な笑顔で応えるように口を開いた。
「えっと…。すみませんわからないです——」
「私は見てるから」
その言葉は力強くそれでも静かに響いた。
そしてプラウは笑うのをやめて、その言葉の主と目を合わせた。
見つめ合う三人(二人)。
リオネ達の黒い瞳が真っすぐと向き、プラウとその背景を包み込んでいた。その瞳の中にいるプラウは小さなものだった。




