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バイソウルの一人  作者: わたしだ


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20/62

鐘の鳴る街(8)

 細くさらさらと流れる小麦色の髪。鮮やかな色の洋服。

 それらを携えた少女は、今日も教室の自分の席で静かに本を開く。


 周囲は色あせてしわのあるままの服を着こんだ少年少女が賑やかでいる。


 太陽が学校の真上にいるようで、教室に入る明かりはどこからか反射してきたもの。机もイスも黒板も人も、全ての輪郭がぼやけていた。


 「おい、あれ」


 そんな中、一人の少年が親指で他二人の目を促した。

 くすくすといやに口角を上げて三人が見るのはひとり座り本を読む少女の姿。


 「おい、お前何読んでんの?」


 そこに近づいてくせ毛の少年が唐突に話しかけた。


 「小説を—」と少女が答えるかどうかで、彼女の手にしていた本が少年によってバッと勢いよく取り上げられた。


 その光景にその教室にいた子供たちは一度目を向けるが、我関せずの様子ですぐに自分達の世界へと戻る。


 「へー、なに。面白いの?」


 「うん。すごく面白いよ」


 乱暴な行為をされているのにもかかわらず、 少女は穏やかに返す。


 「じゃあ貸してよ」


 「ごめん。まだ読み終わってなくて」


 「あ? そんなの知らねーよ。貸せって」


 「読み終わったらまた—」


 「ダンッ」と衝撃音が教室中に響いた。それによって先刻まで騒がしかった教室が一気に静まり返り、また全員の注意がそちらに向く。


 その視線集まった的では、少年が片方の口角だけを上げて鼻で笑いながら、自分が床に叩きつけた本の様を見下していた。


 取り巻き二人は口を押えて少女を指さしながら笑っていた。他一部の少年少女もそれと同じように笑っていた。


 まばらに奏でられるは鼻から抜けた笑い声の不協和音—。


 本はページを折られながら、床に倒れ込んでいた。


 その本を見て、少女の顔は一瞬強張り、毛は逆立った——が、それはすぐに元に戻り、少女は落ち着いた手つきで本を拾い上げた。


 「本は、大切にしないと」


 本の表紙を優しく払いながら言う少女の声は、平然としていた。


 そんな彼女の示す態度に、少年は鼻の穴を大きく膨らませた。「シューッ」と空気の擦れる音を立てて彼は大きく息を吸うと、その目には先程までの余裕はなく、ただ少女を突き刺そうとするものだった。


 そして小さく「チッ」と少年は舌打ちをして顔をしかめた。


 「おもんな」


 吐き捨てられた少年の言葉と共に、教室のドアが開かれた。


 「そろそろ授業始まるよー」


 入ってきたのは金髪の女教師。彼女はロングスカートを揺らして教壇の上に立つと、妙に静まり返った教室に眉をひそめた。


 「何、皆何かあったの?」


 その教師の問いにほとんどの視線が、彼女のすぐ前の席の二人へと集まる。教師もそれに倣って座る少女と、その側に立つ少年に目を向けた。


 「なに、二人とも何かあったの?」


 教師の問いに少年が口を開く。


 「何もないよ先生。ただ二人で本の話してただけだよ」


 先程までと表情をガラリと変えてあっけらかんと少年は言うと「な、プラウ」と少女—プラウの方を見た。


 プラウは少しの間固まった。


 その様子に教師は「プラウさん?」と首を傾げた。


 プラウはじっと固まったまま、瞬きもせず一点を見つめて——、その呼吸は浅くなっていた。微かに肩が持ち上がっては落ちて、鼻では事足りず僅かに開いた口から出入りする空気——。


 彼女は唇にギュッと力を入れると、その綺麗に梳かされた髪を乱しはためかせて首を横に振った。


 そして喉どころか腹から絞り出した声で言う。


 「私、私今。大切な本を—」


 プラウの震えた声。


 その途中で世界が白く弾け飛んだ…。


 「はい、先生。ただ本について話していただけです」


 形を取り戻した世界。


 窓から差し込む陽光が丁度教室の半ばにいるプラウの足元手前まで伸びている。


 穏やかに答えたプラウに、教師が「そうですか」と笑って頷くと「カーン、カーン」と鐘が鳴り始めた。


 「ほら授業始めますよ」


 教師の言葉にぞろぞろと席に戻る子供達。


 そんな中、世界が鐘の音のみを残して今度は暗転する——。


 次第に浮かび上がってくるのは、柔らかい街灯の明かり。そしてその下をぞろぞろと行進する土汚れの付いた服を着る大人たち。とその間を縫って歩く少女——プラウの姿。


 行き交う大人たちは皆、プラウに話しかけている。


 「よう、プラウちゃん。今日も遅くまで図書館で勉強か? 偉いな」


 「プラウちゃんなら、あのお父さんの跡継げるだろうねぇ」


 「いずれこの町をしょって立つような子だからなー。期待してるぜ」


 「お父さんによろしくな」


 「お父さんによろしくね」


 プラウを見下ろす大人達の顔には皆、両目尻がやけに落ち、口角がその目じりに届くほどに上がった、にたっと笑う仮面が貼り付けられていた。


 彼女はそんな大人たちに囲まれて肩を震わせていた。その握られた拳の中、手のひらには爪が食い込み、「ギリり」と歯ぎしりの音も立てている。


 「プラウちゃん?」


 その様子に気が付いたのか、大人たちは貼り付けた仮面の目と口を丸くしていた。


 俯きながら、静かに口を動かすプラウ。彼女のわずかに漏れた声だけ宙に浮かぶ。


 大人たちははっきりと聞こえなかったのか、プラウの方に耳を傾けた。


 プラウは控えめな胸が膨らむほどに大きく息を吸い込んだ。


 「私はっ。私はっ—」


 彼女の言葉が続く――、手前でまたもや世界が白飛びした。


 「はい。頑張ります」


 そう笑顔でプラウは返す。


 周りの大人たちの仮面は綺麗さっぱり外れていた。


 彼女はそんな人のアーチを笑顔でくぐる。


 またも世界は暗転する—。


 次に現れたのは巨大な広間、それはもう際限ないほどに続き——、その中心にはポツリ長方形のテーブルが置かれていた。

 そのイスには一人の少女―プラウが座り、傍には一人の老爺が背筋を伸ばして立つ。


 「お父さんは?」


 プラウは眼前に並べられたスープとパンをただ眺めて呟く。


 「旦那様は本日もお仕事で帰ってこられないそうです」


 「どうして?」


 「お忙しいそうですよ。今回の商談が上手くいけばさらにほかの都市へも—」


 「バリンッ」と皿の割れる音がこだました。


 「そんなのどうでもいい!」


 プラウが叫ぶとまた世界が白飛びした。


 「そうなの。じゃあ、いただきます。」


 穏やかに呟くプラウ。


 広間の壁は彼女の背二メートル程に、ランプをぶら下げながら建っていた。


 プラウがパンにひとくちつけると、また世界が暗転した—。


 白、暗転、白、暗転。


 その後も何度もそれが繰り替ええされる…。


 そしてまたも白飛びした世界に形が戻っていく。


 そこに現れたのは幅五メートルほどの川。どこまでも平らに続く地平線を割くように流れるその川だが、流れは速い。その水面に歪んで星や月は映るのに、どうしてか天にそれらは存在しない。


 その川べりを一人、少女—プラウが歩く。


 彼女は右手に本を携えて、流れに沿って進んでいく。確かな足取りで進むプラウ——。


 しかし、突然彼女の体が川の方へと傾いた。その顔は平然としていた。


 「バチャン」と水しぶきが上がり、彼女の体は沈んでいく。その小麦色の髪をゆらゆらと揺らしてもう外からは見えないほどに。


 彼女の口からは息が吐きだされ、ブクブクと水面の星空を乱した。

 彼女が手に持っていた本もするりと抜けて上っていった。


 はじめはただ身を任せただけのプラウだったが、本が手元から離れた瞬間――、その手を伸ばした。


 「待って。行かないで」


 水中でのっそりと沈みゆく中、声がなくとも口だけは確かにそう動いていた。


 世界がまた暗転———するわけではなく、今度は淡く白い光を帯び始めた。そして世界はその光に包まれて行く…。




 「おはよう」


 柔らかな声が浮かんだ。


 壁際に棚が並ぶ部屋。窓際にはベッドが一つ置かれている。


 そのベッドに横になっていた小麦色の髪の少女が、瞑っていた目を開いた。


 その青い瞳には陽光に照らされた艶やかな黒髪をした女の姿が映る。


 学校の周りの林の巣でさえずっていた雛鳥は、親鳥が獲って来た食事を口移しにもらっていた。

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