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バイソウルの一人  作者: わたしだ


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本の行方(1)

 街はずれの森の奥、小屋の周りで小鳥たちがさえずりを始めていた。


 窓辺から差し込む弱い陽光が、小屋の中を舞う小さな埃をキラキラ輝かせ、壁を埋める本棚一杯に詰められた表紙たちも、喜んでその色を鮮やかに見せびらかしていた。


 そんな中、部屋の隅にあるベッドの布団がもぞもぞと動く。そこで半身を起こして、あくびと共に大きな伸びをする一人の女―、リオネとジェルソが目を覚ました。


 彼女の顔は乱れた黒い長髪に埋もれて血流の見えそうなほど透き通った首筋以外ほとんど見えていない。


 「…おはよう、リオ」


 「…うん、おはよう」


 二人してあくびを噛み締めるように挨拶を交わすと、おもむろにベッドから立ち上がった。


 「リオ、喉乾いた」


 「ん? ああ、そうだね」


 起きたばかりの掠れ声。その会話に応じて二人の体の、といっても一人なのだが―、右手の人差し指が立てられて、それが宙でふわっと弧を描いた。

 すると彼女の眼前に、透明で小さな塊がぶくぶくっと湧き上がった。それは一瞬にしてリオネ達が描いた円に従って球状に空間をぼやけさせ、表面が波打ちながらキラキラと輝きを放つ―。


 そこに現れたのは水の玉。


 リオネ達はその自分の顔より一回り大きい水の塊に思い切り顔を突っ込んだ。細々とした毛が彼女の顔を海藻のように揺れながら覆う。


 二人が顔をそこに潜らせてから十秒程経つと、次第にその水の塊はぶくぶく浮かびゆく息と交換されるように彼女の口の方へと収縮を始めた。

 そしてそのすべての水がリオネ達の体内へと運び込まれると、彼女は「ぷはー」と口元を擦り、濡れた前髪を掻き上げた。

 そこでようやく見えたその顔は、やはり透き通るように白く、パーツごと見ればあどけなさがあるが、シャープな輪郭が大人びた雰囲気を纏わせていた。


 「ねえリオ。そろそろこの飲み方やめない? 僕、顔と髪を洗った水飲んでいる気がして…」


 「大丈夫。私、ちゃんとコントロールしているから。私たちが飲んでいるのはきれいな水だけだよ」


 「それ毎回言ってるけど、本当なんだよね?」


 「本当だよ」


 「ならいいけど…」


 そういうジェルソに従うように、女の目が細められた。


 「もしかして信じてないでしょ。仕方がないなあ、見てよ、この私の技術を」


 リオネがそう言うと、彼女らの右手の人差し指がぴんと立てられた。そこに髪と顔に着いた水滴が空気を伝ってスーッと集まりゆく―。そして出来上がるのは、ビー玉くらいの大きさをした水の玉。


 リオネ達はぷかぷかと浮いたそれを指先に従えたまま窓際まで向かった。


 「ジェル」


 「わかった」


 ジェルソ達はガタガタっと少し建付け悪い音を立てながら窓を開け放つと辺り一面生えそろった木々の隙間にその指先を向けた。


 次の瞬間―。


 「ギャアギャアッ」


 鳥やら動物やらが騒ぎ立てた。静かだった森がいきなりパニックに陥った。

 それもそのはず、木漏れ日程度の薄暗さだった小屋周辺が、一瞬にして直射日光を向けられたというほど以上にぱっと眩しく輝いたのだ。


 それに驚いて鳥たちはバタバタと慌てて空に飛び立ち、動物たちはそこ周辺から逃げだした。


 あちこちでうごめく動物たち。急激に騒がしくなった森の中―。


 「パーン」


 リオネの声とほぼ同時、彼女たちの指先から一直線―。水の玉がその軌道に尾を引いて空間と木の葉を裂く。

 そして小屋からそれほど遠くない位置でドサッと音を立てて何かが地に落ちた。


 「今日の朝ごはんですよ、ジェルさん」


 そう言いながらリオネ達はフーと銃口から出る硝煙を払うように、指先に息を吹き付けた。


 「ありがとうございます、リオさん」


 「こちらこそ、あなたのお陰で動物たちに横取りされなくて済みます」  


 二人役に入ったように爽やかに言葉を交わす。


 「取りに行きますか…。木の実」


 「そうですね」


一人の女の口からほとんど同じ声で二人分の言葉が出てくる―。動作も同じくそれぞれ同じ体を共有する。それがリオネとジェルソの二人にとって当たり前のことだった―。


 二人は、さっき落ちた木の実を拾ってくると、むしゃむしゃとその桃色の果実にかじりついていた。二人はついでに身支度までも済ませていた。中は上下灰色のシャツとロングスカート、その上に二人の体には大きく思えるようなぶかぶかとしたフード付きの何ら装飾一つない黒いローブを羽織っていた。


 「リオ、今日僕たちおばさんのとこ行くんでしょ?」


 「うん。でもジェル。その前にその“おばさん”て言うのやめて。この前それでぶたれたでしょ?」


 「そうだった…」


 「ジェルだけならまだしも、私も痛いから気を付けて」


 「うん、ごめん…」


 ジェルたちは以前ぶたれた箇所なのか、右頬をさすりながら視線を落とした。


 「で? ライラのところに行くけど、それがどうかした?」


 「うん。その、おばさ―じゃなくて、ライラに持ってこいって言われた本てどれだっけ?」


 「確かに」


 リオネ達はリスのように片頬を膨らませて咀嚼を続けたまま、机に置かれた便箋に手を伸ばした。


 「えっと。手紙には…」


 「赤い表紙って書いてある。それと題名は—」


 二人はごくりと果実を飲み込むと、立ち上がって探し始めた。


 「あそこの本棚じゃない?」「いやあっちでしょ」と両手が絡まりながら指さす先には、青、黄、黒、濃く重みのある色が壁を埋め尽くしている。


 「あ、これじゃない?」


 と、リオネ達の体はベッドに立ち膝になって、そのすぐ側の本棚に収められたひときわ赤い表紙をした一冊を取り出した。彼女たちの腕にギリギリ収まる程の大きさをしたその分厚い本。

 題には『木の実』と記されていた。


 二人はその本を取り出すと、パラパラとページをめくった。


 「何これ」


 「リオ、読める?」


 リオネ達は首を左右に振った。そして、その後数ページめくったところで二人は首を傾げる。


 「なんかこれいい匂いしない?」


 二人は本を閉じると鼻を近づけた。ピクピクと動く鼻は小動物の様だ。


 「確かに。少し甘い香りがするかも」


 「何なんだろうねこの本」


 「うん。まあ、大事な本なんだろうね」


 最後に体中巡らせるように息を吸い込んでから、「さて行きますか」とリオネ達は立ち上がった。そして二人はその本を脇に抱えて家を出た。

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