鐘の鳴る街(7-2)
「あのっ、えっと—」
「大丈夫ですよ。ただ意識を失っているだけです。じきに目を覚ますと思います」
動揺するシェリーをなだめるように、黒髪の女が穏やかに言った。
シェリーはその言葉に、深呼吸して速い脈拍を落ち着ける。
そうしてほっと一息つき胸をなでおろした彼女は、黒髪の女に目を向けるとその足元から頭までをひと流しに見て怪訝そうに首を傾げた。
「…あなたは?」
すぐに飛び込んできたベッドに横になるプラウに気を取られて、どうやら彼女はその違和感に遅れて気が付いた。真っ黒な長髪に同じく真っ黒な瞳。そして真っ黒なローブを纏う女——。そんな人間はこの学校の職員にはいなかった。
「どうもはじめまして」とその女は椅子から立ち上がると、窓から差し込む陽光にまつ毛を輝かせながら微笑んだ。
「僕はジェルソといいます。偶然にも図書館の前で気を失ったプラウさんを見つけたので、ここまで連れてきた次第です」
「ジェルソさん…ですか。えっと…」
状況がしっかりと飲み込めていないのか、シェリーの目はジェルソ達とプラウとを行き来していた。
「シェリー先生。彼女が学校まで倒れたプラウさんを連れてきてくださったんです。加えて処置もしてくださいました」
ジョンが復唱するようにシェリーに説明した。
「処置?」
シェリーの問いに、ジェルソが口を開く。
「はい。僕がプラウさんを見つけた時には、多少の傷があったので一応治しておきました」
そう言いながらジェルソ達は軽く指を鳴らした。すると一瞬にして白く光る球が浮かびあがるとすぐさまに消えた。
それに「ああなるほど」とシェリーは頷く。
そうして彼女もようやく状況を把握できたようで、シェリーはしっかりとジェルソ達の方に向き直ると深々と礼をした。
「本当にありがとうございました」
それは、心からあふれ出たように息を多く含んだ感謝の言葉だった。
新鮮な朝日はシェリーが垂らした金髪をきらびやかに照らし、その影を確かに作り上げていた――。
「とはいえ、本当に大変なのはこれからだと思いますけど」
意味深に放たれたジェルソの言葉に、シェリーとジョンは眉をひそめた。
「それはどういう」とシェリーの言葉が切れる前に、ジェルソ達は椅子の横にぐしゃっとくるまったシーツのような白い布を持ち上げた。
二人の視線がジェルソ達の手元に行く。
ジェルソ達はくるまったその布を風呂敷のようにばっと広げた。舞う埃がキラキラと輝きながら、布の端は床へと垂れる。
ジェルソ達が両手一杯広げても二人(一人)の体を覆い隠すほどの大きさをした白い布—。
「あの、それがどうかしたんですか?」
ジョンがまじまじとその布を見て前傾に首を伸ばしたその時——、「えっ」とシェリーとジョンは目を見開いた。
二人の目にこれまで見えていたはずの、ジェルソ達の胸から下が消え失せたのだ。
それはまさに文字通りで、ジェルソ達の胸から下は綺麗さっぱり切り取られて、肩から上部の身が宙に浮いた状態になっていた。
二人はその光景に口をぽかんと開けて、何度も瞬きしたり目をこすったりしたが、そこに映るジェルソ達の顔は宙に浮いたまま笑顔でいた。
だが少しして現実に帰って来たのか、シェリーは何かに気付いたように顎に指を添えた。
「もしかしてそれ。魔道具ですか」
「ご名答です」
ジェルソ達がにこやかに頷くと、丁度二人(一人)の切り取られた空間に白い布がはまった。そして二人(一人)がその布を裏返すと、その布の中心には、手のひらより少し大きいくらいの図形の集まり—、魔法陣が描かれていた。
「ご丁寧にもこんな柔らかな布に包まれて、プラウさんは気を失っていましたよ」
「それって…」
「プラウさんて、自らこんなものにくるまって、花壇の上で寝るような子なんですか?」
ジェルソの問いに、ジョンもシェリーも黙って首を横に振った。
「ならまあ。案の定だと思います。本人に聞いてみないとですが…」
ジェルソはそう言いながらプラウを眺めた。彼女は依然目を瞑ったまま、寝息を立てていた。




