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バイソウルの一人  作者: わたしだ


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鐘の鳴る町(6ー1)

 「行ってきました」


 宿に戻ったジェルソ達、その手には紙袋を抱えており、中には丸い形をしたパンが二つ入っていた。


 「あらお帰り」


 そんな二人を受付の女がカウンター越しに出迎えた。エントランスは天井からつるされたランプが灯り、それが床や壁の木目を優しい黄色で照らしていた。


 「お連れさんはまだ来ていないよ」


 「あ、そうなんですね。だとしたら、今日は来られないかも…」


 「そうかい。なら銅貨五枚返すよ」


 「いえ、それは何というか申し訳ないですよ。一度払ったものですし」


 「でも—」


 「本当にもらっておいてください」


 にこやかにするジェルソ達に、女は「なら遠慮なく」と先程までの申し訳なさそうな表情を消して嬉しそうに言った。


 「ところでおばs—」


 「ゴンッ」という鈍い音—。 


 またもやジェルソ達は自らの左頬に一発入れた。


 それに受付の女は目じりにできたしわを思い切り伸ばしながら目を見開いた。


 「ど、どうしたんだい急に」


 「…すみません。女性におばさんて言おうとすると拳が飛んでくるようになってるんです。気にしないでください」


 涙目で頬をさするジェルソの言葉に、受付の女は「あははっ」と声を出しながら笑った。


 「そりゃあ、いい心構えだね。でも私も、もう“お姉さん”だなんて言われる歳でもないからね—、“おばさん”で構わないよ」


 「――そうですか。では、改めておばさん、プラウって女の子知ってますか?」


 「プラウって、あのプラウちゃんかい?」


 「あのと言うのは…」


 ジェルソ達はカウンター傍に置かれた椅子に腰かけた。


 「あれだろ、農場経営者の一人娘の」


 「え、そうなんですか?」


 「なんだい、他にいるのかい?」


 「いや、偶々図書館であった子なんですけど——、明るめの茶色の髪で、蒼い目をした—」


 「なら、そのプラウちゃんで間違いないね」


 「そうなんですね…」


 ジェルソ達はその細い指を顎に当てて考えるようにした。その様子を見て、受付の女は白髪交じりの長髪を揺らしながら不思議そうに首を傾げた。


 「それがどうかしたのかい?」


 「いや、なんというか雰囲気から何から大人びているように感じて…。すごいなって思って…」


 「そりゃあねぇ。ご立派なお家に住んでいるからね。立場ってもんもあるだろうし」


 「立場ですか?」


 「そう、立場」と、受付の女はカウンターに肘を置くようにもたれかかって「吸ってもいい?」とカウンターの引き出しから煙草を取り出した。

 ジェルソ達が首肯すると、女は煙草をくわえて空いた右手でパチンと指を鳴らした。するとたばこの先端が赤く光り、ゆらゆらと細く白い煙が立ち昇った。


 伴って焼けた葉の香が漂う—。


 受付の女は一つ煙を吹かすといつの間にか用意された銀の灰皿にトントンと灰を落とした。


 「さっき言った通り、あの子の父親はこの街近くの農場を経営していてね。それがまあ上手な商売をしていて。ほら、国境に“リブラ”って都市があるだろ? あそこに採れた穀物やら野菜やらを出荷しているんだよ」


 受付の女は熟した唇を軽く力ませてまた一つ煙を吹かした。


 「それでね、この町はプラウちゃんの父親にに助けられたんだよ」


 「助けられた?」


 ジェルソ達は天井際で広がる煙を眺めていた黒い瞳を、女の方に戻した。


 「そう、助けられたんだ―」


 ジェルソ達を流し目で見ながら、受付の女は続けた。


 「十年くらい前にあった災害は知ってるかい?」


 女の問いに、ジェルソ達は「はい」と頷いた。

 

 「ここら一帯もその被害が酷くてね。大雨が降ったかと思えば、強風が吹きつけて、雷まで鳴っていたかな。それはもう、ここは地獄かと思ったよ。連日の雨に気が狂った奴もいたさ‥‥。それで、ようやく晴れたと思えば——」

 

 言葉を切って女は目を細め、憂い色を漂わせた。

 

 「もう、生きていけないと思ったよ。色々失った。家も、畑も、中には人も‥‥。今まで頑張って育てて来た野菜や麦たちは皆、綺麗さっぱり雨風に流されちまった。住んでた奴らは全員絶望したさ‥‥」


 女の話に、ジェルソ達の喉が微かに動く。


 「ただ、そんな時」と女が灰皿に灰を落とす——。皮越しに骨の目立つ指だが動作にはたくましさがあった。


 「”頑張ろう”と声を上げた奴がいた。ほとんどの人間が俯いたままでいる中で、そいつだけはまっすぐ前を見据えていた」


 女は煙を吹かすと、僅かに語気を強めた。


 「その男はとにかく汗水たらして働いていたよ。皆を鼓舞しながら、崩れた家を建て直して、畑を耕して。とにかく必死に働いてたよ‥‥。はじめはそれを冷たい目で見てた奴らも、気が付けばそれに混じっていた。なかなか生活は良くならなかったが、それでも町に活気は戻っていった。

 ——そんなある日に、男がふと町から出て戻って来たかと思えば、、商談を取り付けて来たんだ。そこからはもう、順調だった。森を切り開いて農地を広げて、気が付けば以前よりも多少だが良い暮らしができるようになったのさ」


 「まあ、私の宿屋はそこまで効果は得られていないんだがね」と女はくわえたばこに歯を見せるように笑った。


 「そんな町の歴史があったんですね」


 「まあね。歴史ってほど大層なもんでもないだろうが…。まあ、それで話を戻すと、プラウちゃんはそこのお嬢さんだから、しっかりとした子に育っているってことさ」


 「なるほど」とジェルソ達は深く頷いた。


 「なんならあの学校も、プラウちゃんの父親が教会を建て直したものなんだよ。元の建物は災害で屋根が飛んでっちまってな」


 「‥‥そうだったんですね。ということはあの図書館も?」


 「ああ、そうさ」


 なぜか女が自慢げに頷いた。が、その反動でくわえ煙草から灰が落ちて手につもり「あちっ」と少し飛び上がった。


 その姿に微笑みながら、「貴重なお話をありがとうございました」とジェルソ達は立ち上がった。


 「こっちこそ、おばさんの長話につき合わせちゃって悪いね」


 「いえ」


 「まさか旅人さんとプラウちゃんの話になると思わなかったよ。よっぽどしっかりしていたんだろうね」


 「まあ、そうですね。彼女は何というかとても、大人びた子でしたよ」


 「でも」とジェルソ達はぐりぐりと受付の女が灰皿に押し付ける煙草を見た。


 「まだ彼女には煙草は早すぎますね」


 女はジェルソの言葉にはじめ目だけを笑わせて、次第に肩を震わせながら最終的に「プハッ」と吹き出すように笑った。


 笑いながら彼女は「そりゃそうだ」と灰皿に縮こまった煙草を眺めた。


 「こいつと酒のうまさがわかるには時間がかかるからな」


 ジェルソ達はそれに同意するように頷くと、「では、部屋に戻りますね」とカバンをかけて手に紙袋を持った。


 「はいよ。おやすみ」


 「おやすみなさい」


 ジェルソ達はゆっくりと階段を上っていった。

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