鐘の鳴る街(3)
下の街中とは異なり、どこかゆっくりとした時間が流れているような図書館。
窓際には机とイスが一列に並んでいて、出入口側、左の手前には貸出や返却を行うであろうスペースがあり、その他は人がどうにかすれ違えるかという幅の通路以外、すべて本棚で埋め尽くされていた。
ジェルソ達は図書館に入ると、手始めに鼻から大きく息を吸った。控えめな胸が大きく膨らんでから、しぼむ。
中にはジェルソ達の他に、子供が数名いるようだった。一人は奥の方でいい子に座って赤い表紙の本を読み、他の子供三人は勉強でもしているのか一つの机に集まって一冊の本を囲み手元にはペンと紙を用意して、何やらひそひそと話しているようだった。
物静かな図書館に紛れて散るように響く子供たちの吐息混じりの声―、木でできた本棚の茶色はどこか暖かい。
ジェルソ達は窓際を一瞥してからパーっと本棚の方に吸い寄せられて、その背表紙をすらっと細く伸びた指で追い始めた。
「何読もうかな」
「ジェルの好きなのでいいよ」
「ほんと?」
リオネとジェルソは囁くように言葉を交わす。
一つの一つ本棚を見て「どうしようかな」と悩みながらジェルソ達は本を探した。
そして五つ程棚を探索してから読みたいものが見つかったのか、二人の指が止まり、そのままゆっくりと黄色の表紙をした本を一冊取り出した。
“超入門! 魔法の基礎講座”と題されたその本を抱えて、二人は窓際に並ぶ机の方へと向かうとひそひそ話す子供たちのすぐ横の机に座った。
差し込む日の光は先刻よりも角度を持って図書館の中に差し込んできていた。そのためか、丁度並ぶ窓枠同士の境に挟まれた壁によってできた影が、室内に縞模様を作り出す。明るく照らし出されるジェルソ達と奥の席で一人本読む少女。一方三人組の方は落ちた影の中で顔を突き出し合っていた。
イスに座ったジェルソ達はゆっくりと本を開き、その内容を目で追う。
”魔法はあなたの魂に共鳴している! まずは一人に一つ与えられたあなたの属性を知ろう
——そのためには…”
そこから先続く説明をジェルソ達は飛ばすと、次の章——”魔法の使い方”を読み始めた。
“極意その一 まずは流れる力を感じてみよう。これができないとそもそも魔法を使えないぞ”
「だってリオ」
「うん」
“極意その二 イメージを固めよう。これが固まらなければ力を発揮できない”
「こういう基礎は何度も確認しておかないとね」
「そうだね」
“極意その三 体で表現してみよう。これも大切。魔法を使うための発動条件の様なものだ。これは言葉でもいいぞ”
ジェルソ達は右手で本のページをめくりながら、その左手の人差し指はぴんと天井の方にまっすぐ伸ばされた。
“極意その四 思い切りぶちかませ”
——ピカッっと図書館の中が閃光に包まれた。
「うわっ」と少し遅れて子供たちの大きな声が響く。奥の方でドサッと音を立てたのは、少女が驚いて本を落としてしまったのだろう。
十秒程経って図書館は元の明るさに戻った。
奥に座っていた少女は驚いた様子で、青の瞳をぱっと開いたまま、肩辺りまで伸びた小麦色の髪は微動だにしていない。ジェルソ達の横に座っていた三人組も呆気にとられたように口をぽかんとさせたまま顔を見合わせていた。
一方、ジェルソ達はというと変わらず本を読み続けていた。すーっと視線を流して文字を追う二人―。
「あれっ。本がない」
「紙も無くなってる」
「どこいった?」
抜けた魂が戻ってきたように、三人組の子供達が辺りを見回し始めた。
先刻まで三人組の机に置かれていた本と紙が忽然と姿を消して、ただ転がるペンと机の木目だけが姿を残していた。
三人が三人、きょろきょろと首を回して視線を巡らせるが探しているものは見つからない様子だった。
そんな中、その内のくせ毛をした少年が「あっ」と声を張り上げた。
「あいつだろ」
そうして彼の目が向いたのは、奥に座っていた少女だった。それに従って他二人もそちらに鋭い視線を送る。
三人からの刺すような圧に襲われて、少女の緩くまかれた毛先が微かに揺れた――。
手を力強く握って、ずしずしと三人は少女の方に詰め寄る。
「お前、何したんだ?」
くせ毛の少年の、底から出された低い声で少女に押し付けるように吐かれた言葉―。
彼の問いに少女はただ黙って横に首を振った。
「そんなはずないでしょ?」
今度は三人のうちの金髪の少女が眉間にしわを寄せながら口を開いた。
「プラウ。あんたが何かしたんでしょ?」
刺々しいその言葉に、小麦色をした髪の少女—もといプラウはきゅっと唇に力を入れて首を横に振った。
「私、何もしてない」
静かに落ちるハスキーな声。彼女の否定は棚の本と本の隙間へと吸い込まれて行く。
「お前以外居ないんだよ。いいから本返せよ」
「だから、私は何もしてない」
「嘘つけ」
日の元に照らされて、少年たちのどこか色味の褪せた安っぽい服装が、プラウの着る胸元から肩回りにかけて白い花柄の装飾がなされた濃紺の半袖ワンピースを際立たせる。
「どうせ私たちの読んでたあの本が学校の書庫から盗ったものだったから、先生に言いつけるためにこんなことしたんでしょ」
「だから私じゃない」
感情的に詰めてくる三人に対して、少女は平静を保って言葉を返す。
「ふざけんなよっ。いいから返せって」
「そうだっ。返せよ」
くせ毛とは別の、のっぽの少年がつば飛ばしながらプラウを睨む。
「本当に私じゃない」
「じゃあ他に誰がやったっていうんだよ!」
「バンッ」とくせ毛の少年によって思い切り机が叩かれた。乾いた響きがゆったりとし暖かみあった空間を崩した——。
「僕だよ」
突然降って来た第三者の声。
鼻息荒くした三人組は全員振り返った。プラウも伏せた視線を上らせて、声の主の方を見る。
四人が瞳に映したのは、机に置かれた本のページをゆっくりとめくる女の横姿だった。彼女は朱色帯びる陽光に照らされた黒い長髪を艶やかに垂らして、その透き通る白い肌に対比する黒い瞳ですぅーっと文字を追っていた。
「なんですか。今俺たち大切な話をしてるんですけど」
「いや、だから。僕が君たちの本を盗ったんだって」
本に目を向けながら口だけ動かすジェルソ達に「はあ?」と少年達は眉をひそめた。
その声が耳に入って、ジェルソ達は読んでいた本をぱたりと閉じるとその表紙を子供たちの方へ向けた。
非常に暗く黒に近い紫をしたその表紙—。
「おいっ。お前その本っ」
くせ毛の少年が指さしながら声を張り上げた。
「全く、勉強熱心なのもいいけど…」
ジェルソ達は鼻からため息を漏らしながら目を細めて、その表題を見た。
「なんだよ。いいから返せよ!」
「そうだ。返せよババア!」
ギギィとイスと床とがこすれる音と共に、ジェルソ達が「ババアって言うと痛い目観るぞ」と小言挟んで立ち上がった。そうしてジェルソ達は本から目を離すと、一度プラウの方を見てから、三人組の方へと視線を滑らせた。
「普通なら返してあげたいところなんだけどね—」
パタパタと仰ぐように手に持った本を弄んで、ジェルソ達は子供たちの方へと歩み寄る。
「さすがにこの本は、まだ君たちには早いかなー」
その揺れ動く本の表題には“呪いの入門”と記されていた。




