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バイソウルの一人  作者: わたしだ


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鐘のなる街(1)

 ディエニを出発してからシャドウベアに襲われるというアクシデントに見舞われながらも、リオネとジェルソの二人(一人)の足は確かに次の町の地を踏んでいた。


 「とりあえず今日の宿を探さないと」


 そんなジェルソの言葉に、二人の右手がギュッと握られた。


 山間の中でも大きく開けた場所、ジェルソ達が歩く街並みはディエニよりも栄えているようで、ひとところに店や宿が建ち並び、その他、住宅が雑木林のように密集している通りがいくつもあった。


 都市とまではいかないまでもそれなりに大きな町―、ツーリア。

 この町には、ディエニやその他周辺の村や町と異なる点が一つあった。


 「カーン。カーン」


 てっぺんから半分傾いた太陽佇む大空へと鳴り響く鐘の音。それに驚いたのか、空飛ぶ小鳥たちが一声あげて急旋回した。


 「そういえばここの町、学校あるんだった」


 ぱっと視線を上らせたジェルソ達の目には、街の奥、小高くなった丘にそびえ立つ建物が小さく映った。林の中に全容を隠しながらその屋根の一番高くなった所は櫓のようなっていて、四角く空間が切り取られている。そして、そこには青錆交じりの銅の鐘が青空に浮かぶようゆらゆら残された慣性に乗っかっていた。


 このツーリアの町で最も大きな建物、石造りで、落ち着いた青を屋根にこさえたそれはジェルソの言う通り学校であった。


 鐘が鳴って少ししてから、二人が進むまばらな往来の中に、軽い足音がまぎれ始めた。


 「今日、裏山行こうぜ」


 「いいね」


 背の高い大人たちの間をするりするりと抜けていく子供達の声はとても明るく、自然とすれ違う人々に笑みを咲かせる。

 もちろんジェルソ達も例にもれず、元気に走っていくその姿に微笑んでいた。


 「いいなー。僕たちも学校通いたかったね」


 ジェルソの言葉に、今度は二人の左手がギュッと握られた。それに対してジェルソ達は苦笑いを浮かべて軽く右上を目だけで仰ぎ見た。


 「まあ、確かに。あの頃の僕たちじゃ無理かもね」


 とジェルソが言葉を漏らしたところで、丁度その仰ぎ見たところに宿屋の看板がぶら下がっていた。


 「あった。ここでいいよね?」


 ジェルソの問いに、二人の右手が握られた。


 カランカランと、ドアに付けられたベルを鳴らしながら、ジェルソ達は宿の中へと入った。


 「いらっしゃい」


 二人を出迎えたのは口元に僅かしわを刻んだ女。彼女の深みのある声が、エントランスに染み渡る。

 エントランスはそれなりに広く、木造りの建物らしく落ち着いた雰囲気でいて、そこには休憩スペースのように四人席のテーブルがニつ並べられていた。


 「一泊だけしたいんですけど」


 「はい、かしこまりました。銅貨五枚ね」


 ジェルソは肩から提げたカバンから小さな袋を取り出すと、銀貨を一枚女に渡した。


 「二人分で」


 「はいよ。じゃあ、二階にある二部屋使って」


 「あ、一部屋でいいです」


 「ベッド一つしかないけど…」


 「それで大丈夫ですよ」


 女は、「はあ」と低い位置で一つ縛りにした髪を宙に垂らすように首を傾げた。


 「じゃあ、二階の階段上がってすぐ右手にある部屋を使って」


 「ありがとうございます」


 軽く会釈すると、ジェルソ達はカウンター横にあった階段を上って自分たちの部屋へと向かった。


 「はて、よろしくするのかねぇ。あまりうるさくされてもだけど…」


 受付の女は腕組みそう呟きながら、真上、天井をじっと見つめた。


 そんな女の視線の先、板一枚挟んでジェルソ達の部屋は、ベッド一つにその反対側小さな机が置かれていて、そのベッドと机の奥、入り口から直線上に木枠の窓があった。その窓から差し込む日の光は、未だ明るくそれでもしっかりと入り口近くまで伸びていた。


 「ねえリオ、今日はこの後どうする?」


 「そうだなー、本当はツーリアには日が沈むころ着く予定だったんだけど…」


 「まさかのことが起きたからね」

 二人は部屋に入ると無造作にカバンを放って、ベッドに仰向けになった。そんな二人の黒い長髪は放射状に広がって、躍動した一枚絵の構図のようになっていた。


 「まあでも、あのフラットって優しそうな人に出会えたのは、僕良かったと思ってる」


 「それもそうだね。道中短い間だったけど、いろいろと教えてくれたし」


 「ね、ライラのよりよっぽど身になる旅の教えだったよ」


 「あー。まあ、同感かも」


 そう言ってリオネ達は目を細めた。二人が旅に出る前のこと、ライラはリオネ達に一言だけ伝えていた。


 “いい機会だ。世界を見てこい”


 「なんというか、ライラからもらったの助言というより激励だったからね」


 「うん。僕もそう思う」


 「まあでも」とリオネ達は反動をつけて勢いよく起き上がった。


 「このカバンは凄く助かったけどね」


 二人の手は、枕元に放られたカバンに手が伸びる。


 「だね。この大きな本もすっぽりと収まって」


 ジェルソ達はカバンの中から件の赤い表紙をした本を取り出した。そしてぺらぺらとページをめくって流し見る。やはりそこに並ぶのは、訳も分からない記号たち。


 「どうすれば読めるんだか」


 「まあ、それを知るために僕たちは旅を始めたわけだけど」


 「そうだね」


 ただページをめくる二人。紙の擦れる乾いた音だけが扉と窓、両方閉め切られた部屋に規則的に響いていた。リオネ達は中身をただぼーっとその赤い唇を立ててつまらなさそうに眺めていた。


 リオネ達がいくらページをめくっても差し込む日の光は未だ白く、時間は一向に進まない。


 「リオ、飽きた」


 「私も」


 「せめて本を読むなら、読める本を読みたい」


 「何を言っているのか訳が分からないけどわかる」


 二人はふーっと一つ息を吐きだして弄んでいた赤い本をぱたりと閉じると、立ち上がってそっと机の上に置いた。


 「そういえば、この町もだっけ。あいつらに襲われた人がいるの」


 リオネが尋ねると、ジェルソ達は首肯する。


 「あいつら、結構苦しそうだったよね。昔の私たちみたいに…」


 「どうしたの? 急に」


 ジェルソ達は首を傾げた。その長髪が肩からさらさらと流れ落ちる。


 「いや、さっきジェルが学校通いたかったって言ったから、ちょっと小さい頃のこと思い出して」


 「あー、なるほど」


 リオネ達の指は、優しく本の表紙を撫でていた。そしてその目は自然とだろう窓外に向けられて、また二人は力抜けたようにベッドに座った。固めのベッドにそれでも二人の腰は沈んだ。


 「ねえリオ。図書館行こ」


 「え?」


 「この町、確かあるはずだよ。僕、久しぶりに読める本を読みたい」


 ジェルソの急な提案ではあったが、リオネ達の体はすぐに立ち上がった。


 「そうだね。ここにいてもすることないし」


 そうしてリオネ達は一つ伸びをするとカバンに本を戻して、それを肩にかけ、自分たちの部屋を後にした。

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