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バイソウルの一人  作者: わたしだ


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二人と影と青年(2)

 「このままだとこいつをずっと引き連れたまま旅を完遂しなきゃいけなくなるんだけど」


 「僕、そんなの嫌だよ」


 「もちろん私も嫌」


 逃げ続ける二人。その先にまた一人、通行人が歩いていた。


 「ちょっとすみません! 通ります!」


 リオネの叫びにその青年は一瞬ピクリと肩を動かして、振り返った。彼がその目にリオネ達の姿を捉える間もなく、その脇を二人と影が通り過ぎる。


 「ねえジェル…」


 「うん。疲れてきたね」


 先程まではどうにか一定の距離を保って逃げていた二人であったが、次第にその距離は縮まって来ていた。


 「え、これ私たちの旅、このわけのわからないものに食べられてエンド?」


 「かもね。どうしようか、最後に何か言い残しておく?」


 「…うん。そうだね」


 リオネ達は少し考えるようにしてから笑みを浮かべた。そして走りながらも晴れ渡る空を見上げる。


 「ああ、せめて親の顔でも見ておきたかったな…。それに、死ぬなら私は一人が良かった」


 リオネの諦めたような言葉とは裏腹に、その足は未だ全力疾走を続けて、山間の開けた道を駆け抜けている。


 「ほら、ジェルも何か言い残しておくことはない?」


 「ああ、うん。そうだね…」


 ジェルソ達は「うーん」と顎に手を当てて考えながら――、それでも足の動きは変わらずいた。


 「最後に一口。食べておこうかな」


 そのジェルソの言葉に、二人の手は暴れるカバンへと伸びて、どうにかこうにか抑えながらその留め具を外した。そして中から干し肉を一切れ取り出すと、じっと見つめながら一言。


 「世界は優しくないね」


 「多分それのせいだと思いますよ」


 ジェルソのしんみりとした呟きの余韻を何者かの声が潰した。


 リオネ達は目を丸く開いてその声の主を辿る――。


 黒の短髪、何ら特徴のない顔立ち、背格好もリオネ達より一回り大きい程の青年が平然とした表情で二人と並走していた。


 「あ、あの…。あなたは」


 「ああ、えっと。こんにちは」


 「こんにちは…。じゃなくてっ」


 リオネは声を荒げながら続けた。


 「な、なにしてるんですか?」


 「いえ。さっきすれ違った時に困っていそうだったので。追いかけてきました」


 (ジェル。この人何っ?)


 (わかんないっ)


 二人と同じように走る彼は、白い服の上に羽織った黒いカーディガンを軽くはためかせて、その背にぶら下げている何やら白く滑らかな表面をした剣の様なものを揺らしていた。


 「確かにあの後ろのやつに困ってはいるんですけど…」


 と、リオネ達が振り返ったところで、影は一つスピードを増して走るその背に急接近した。


 「ぎゃああっ!」


 悲鳴と共にさっきまで落ちていたリオネ達のギアも一つ上がった。


 「あなたならあいつどうにかできるんですかっ?」


 すがるようにリオネは叫びながら尋ねた。


 「はい。どうにかできますよ」


 「それなら早くどうにかしてっ」


 明らか焦った様子のリオネ達に反して、青年は冷静でいる。


 「でしたら、とりあえずその手に持った干し肉を思い切り上に投げてくれませんか?」


 「えっ? 大事な食糧なんですけどっ」


 「でないとあいつ永遠に追いかけてきますよ」


 真面目な声と眼差しが青年からリオネ達へと向けられた。


 少し迷うように干し肉を見つめたリオネ達。だが——、


 「わかったっ」


 決心したように頷くと、青年の言葉通り、リオネ達は地上を飲み込む青空に向けて干し肉を思い切りぶん投げた。


 立ち並ぶ木の高さほどにふわっと宙を舞う干し肉。それを置き去りにリオネ達は真っすぐ駆け抜ける――。


 一方で影の方はと言うと…、丁度干し肉の真下辺りでぐっとブレーキをかけて止まると、じっと干し肉を見つめた。


 その場に佇む楕円の闇。


 干し肉が最高到達点に達して重力に身を任せ始めた瞬間――、その黒々しい円がぱっくりと割れ、中から大きな口が現れた。


 本日二度目、その口に向かって吸い込まれるように干し肉が自由落下を始めた。その運命にただ従うように、ゆっくりと干し肉は落ちていく。


 そう、ゆっくり、ゆっくりと…。


 リオネ達は、干し肉を上に投げて数舜の後、追いかけてくる気配が消え後ろを振り返った。


 するとそこには、縦一直線に並ぶものが三つ、森と青空を背景に動きを持っていた。


 一つは、地面の上にある影。それは口を大きく開けて獲物が落ちてくるのを待っていた。もう一つは、干し肉、今から下で待つ黒い影へと食べられるため、健気にも最後の瞬間まで食欲そそる色味と香りを纏って落ち行く…。


 そして最後に一つ、その干し肉の上、きらりと刀身が白く輝いていた。その先端は鋭利にそれでも全体的には丸みを帯びて、中心線を山頂に端へと付き従って薄くなる稜線が手元まで続き、手元から下は持ち手のように円柱状で細くなっていた。


 先刻までリオネ達の横を走っていた青年――、彼が照りつける日の光を背に、剣を右手に持ち振りかぶっていたのだ。


 次第に影の口元へと近づく干し肉。そしてそれを食べようと、影がもう一つ大きく口を開けた。


 「バァン!」


 砂埃が一瞬にして大きく舞い上がった。

 身をかがめるリオネ達。


 少しして砂埃が落ち着くころ二人が顔を上げると――、その眼前には地面から真っすぐ伸びる一つの白い線があった。


 仕留められた黒い影。そこに突き刺さる白い線の先端。ずっと上へと辿っていくと道のわきに並ぶ木の高さの程に、その右手を振り下ろして影を見下ろす青年がいた。

 彼の手に持った剣が、その白い刀身をまるで生物の背骨の如く幾重にも節を作って連なり、地面にいる影へと一直線に伸びていた。


 リオネ達がその光景を目の当たりにしてすぐ、「ガァアアアッ」と最後一喚きをして影は力なく薄れて剣の先へと収束して消え去った。

 伴って、地に刺さった刀身の先は青年の手元へ波打ちながら戻り、青年も華麗に着地した。そしてふーっと一息ついて、彼は額の汗を拭った。


 リオネ達は呆気にとられたのか、口をポカンと開けていた。


 「あ、ありがとうございました」


 青年の方へ歩み寄ってすぐ、リオネ達は深々と礼をした。


 「いえ」


 青年が優しく笑うと、柔らかな風が吹き抜け道の脇に咲く花がゆったりと揺れた。


 「偶々シャドウベアの対処法を知っていただけなので」


 「シャドウベア?」とリオネ達は青年の言葉に首を傾げた。


 「はい。あなたを追いかけていた影、あいつシャドウベアって言うんです。多分、あなたがおいしそうな干し肉持っていて、その匂いに釣られたんだと思いますよ」


 「ああ、なるほど…」


 リオネ達は納得した様に頷いた。


 「ここら辺じゃあまり見ないんですけどね。どこかからエサを探して迷い込んじゃったのかもしれませんね」


 「そうなんですね。それにしても、本当に助かりました」


 リオネ達はもう一度深々と頭を下げると、「もしよかったら」とカバンの中から干し肉を二切れ青年の前に差し出した。


 「そんなっ。申し訳ないですよ」


 「でも…」


 「本当に大丈夫です。大事な食糧なんでしょ?」


 微笑みながら言う青年に、どこか恥ずかしがりながら「ま、まあ。好物ではあるんですが…」とリオネ達は髪をいじった。


 「なら、尚更いただけないですよ。お礼を言ってもらえただけで十分です」


 「すみません。本当にありがとうございます」


 リオネ達も優しく笑った。


 「ところで、どこに向かっていて襲われたんですか?」


 「ああ、それは…。実はとりあえずネクスタまで行こうと思っていたんですが…」


 と、リオネ達が来た道の方を見た。


 ネクスタ―ディエニの隣町は遠くもはや次の町の方が近い位置にいた。


 「そうなんですか。ここから戻るの大変ですね」


 「ああ、いえ。実は私たち旅をしていて。もう次のツーリアの町まで行こうかと」


 (で、いいよねジェル?)


 (うん)


 「そうなんですか。丁度私もそっち方面へ向かおうと思っていたんです」


 「それは奇遇ですね」


 二人(三人)目を見開いて合わせた。


 「その、もしよかったらですけど、これも何かの縁、途中までご一緒してもいいですか?」


 青年が控えめに尋ねた。


 「はい、もちろんです」


 リオネ達は満面の笑みで返した。


 「私、リオネって言います」


 「僕はフラット」


 リオネ達とフラットは自然とその手を差し出して握手を交わした。そして二人(三人)ツーリアの方へと歩き出した。


 「べちゃ」


 「あ」


 そして数歩進んだその時、リオネ達の頭に白い粘着物が落ちて来た。それはリオネ達の黒髪に綺麗に映えて…はおらずその頭上の少し先を黒い鳥が飛んでいった。


 「もう! 最悪っ!!!!」


 再び山間にリオネの叫び声が響き渡った。

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