五十四.再始動
翌日から、泰輝たちは三人揃って川津の工房に通うようになった。亜夏の修理と桐乃の看病を川津ひとりに任せる訳にもいかないため「泰輝とレディが修理を手伝い、その間は陽向が桐乃の世話を引き受ける」という三人の申し出に川津は「助かります」と頭を下げて謝意を示している。
「桐乃さんのご様子は?」
「今朝になって一度目を覚ましましたが、思うように動けない様子でして……陽向殿が世話をしてくださるなら私も安心です」
「任されました……レディ、あなたも無理をせず疲れたら疲れたと言いなさいね」
その気遣いに「はーい」と義娘は頷いた。一夜明けても彼女の髪色は戻らないままだが、本人は気にする素振りを見せていない。
「本当に大丈夫なのであろうな?」
「大丈夫です。今までより少し出力が落ちますけど、ナナイロの運用自体に差し障りはありません」
「……ということを娘は言っておるが、川津殿はいかが思われますかな?」
「むしろ、出力が少し落ちるくらいのほうが宜しいのではありませぬか?」
工匠は緩く微笑みを浮かべて答えた。真胴としては際立った性能のない、言い換えるならば凡庸な性能の亜夏は使う人間の運用次第で見方が変わる。紅城が国力に勝る蒼司を相手に善戦していたのは自領の地勢を良く知り、数少ない真胴の適切かつ効果的な運用を心掛けていた定紀の采配によるところが大きかった。
一方で母体となった和夏自体が最初期の真胴であり、その廉価型である亜夏は出力そのものが既に陳腐化している面も否めない。
「基礎となる出力が高くない亜夏に、当世でも類を見ないほど強烈な七素を幾度となく付与と解除を繰り返していれば、劣化が早まるのは自明の理かと」
おそらく喜央斎からはその辺りを見透かされていたのでは、と続けられたのに対してレディも「そうでしょうね」と神妙な面持ちで頷いている。
「あの人は奇行ばかり目立ちますけれど、真胴の技術だけなら突き抜けた方なので……」
「まあ、な。己からそのことを把握できぬままであった俺にも責任はある……気にするな」
泰輝は苦笑いを浮かべて義娘をなだめる。紅城で出会って以降、整備調整は彼女の方針に沿う形で進め、自身は手伝いに徹していた。その間に見解の差異があっても指摘だけで済ませていたので「娘に甘過ぎた」とされても仕方がない。
二人のやり取りを聞いた川津は工匠として今後について提案を試みた。
「詳しい話には立ち入りませぬが、この後も立ち寄る先々で特異な相手との戦いをお続けになられるのであれば、単なる復旧では心もとないですな」
「川津殿、何か策が?」
「そう難しい話ではありませんよね川津さん……出来得る範囲で性能向上を目指した改造を実施したい、と」
「お嬢さんならそう言うと思っていましたが、言葉を先取りされるのは程度をわきまえてお願い致します」
満面の笑みを浮かべて注意を促す相手に、背筋の凍るような感触に陥ったレディは速攻で「あ、えーと……大変失礼いたしました」と謝罪する。失言ではないが、先回りな言葉を工匠としての性が許しがたいと感じられたらしい。
泰輝は「不躾で申し訳もありませぬ」と言葉を置いて場を落ち着かせ、その上で具体案について説明を求めた。
「私としましては動力炉の追加搭載を第一に求めたいですな。お嬢さんの術式で強引に引き上げてばかりでは同じことの繰り返しになります故」
「可能なのですか?」
「可能ですよ」
笑みをやや抑え、眼差しを整えて頷いた工匠は説明を続ける。
「まっさらな状態の真胴に手を付けるのは私とて控えたいものですが、現在の状態ならば単純な修理以上のことを考えられます」
「わたしも最初はそれを考えていたのですけど、どうやっても予算超過になるので切り出せなかったんですよね」
「少し待て。それでは川津殿が……」
「先日とは状況が変わりました……未来ある若者、我が愛弟子を救われたからには宇野殿へ恩返しのひとつもせねばなりますまい」
力強い意志を宿した視線を向けられた泰輝は、それを受け止めたうえで「お心遣いはありがたいものですが」として、慎重な姿勢を示した。
「命が失われずに済んだのは我々とて喜ばしいのは同じこと……」
「駄目ですよ泰輝さま。こういう時には何も言わずに甘えるのが一番ですって」
「お前がそれを言うのか?」
直近に「甘え下手」と評された義娘の言葉に呆れてしまうものの、それは「元々紅城の将であった自分が、他領の民に必要以上の関与をしてしまうのは、紅城による裏工作と見なされかねない」というある種の習慣化していた考えによるものであり、一応断ってはみたもののその先に言葉が続かない。
そばにいる二人もどこまでも実直な泰輝の内心を察してか、揃って苦笑いを浮かべている。
「今更人助けを誇ることすら避けたい、なんてお考えなら受け入れがたいですね……せっかく縁を結ぶことが出来たのなら、それを活かすのもまた恩返しでしょう?」
「気楽に言う……だが、それも道理であるな。川津殿、改めてお力添えを頼み申す」
「そう言って頂けるのなら心強い……この川津遥平、全力をもってご期待以上の仕上がりをご覧にいれましょう」
川津とレディが改めて改修計画について話し合いを始める傍らで、泰輝は改修を行わないとされた箇所の機神経質を新品に交換しつつ、考えを巡らせていた。
(次はどう動く? 俺たちの手を見逃しなく仕掛けて来るとするならば、先に動くのは白華、か)
目の前に見える大きな流れの先を思い描きながら、黙々と手を動かす。
当たれば良し、外れても急がず、蚊帳の外から動き出す日は遠くはない。
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