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ナナイロをまとうもの  作者: 緋那真意
第四章 水の盟約
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五十.試練

 外に出ていた陽向とレディが戻ってきた後、刀を抜いたままの泰輝から経緯を説明された二人は揃って不満げな態度を隠さなかった。


「……まぁ、あなた様ひとりに任せるよりは、とは思いますけれど」

「都合よく私を当てにされても困ります。お世話になっている桐乃さんのことですから承りましたけど、超特別対応と思ってくださいね?」

「分かっているとも……いつまでも顔の前に刃を突きつけられていては、俺の心も萎えてしまうのでな」


 防人は疲れた顔で冗談を飛ばすものの、厳しい表情をしたままの川津が「そろそろ本題に戻っていただきたいものですな」と促す。彼としても弟子を救える方法があるのなら早く見せて欲しいという気持ちが強い。

 場の状況を確認した泰輝は抜いたままであった刀を鞘に戻して「改めて方法を説明してもらいたいのだが」と求め、相手も承知して口を開いた。


「では、状態についてまず触れなければならぬな……この擬胴はでいで作られた偽物なのは各々承知であろう」

「そうですね。正直、初動での対応失敗については私も責任を感じていますけど……防人さんはいつ頃から泥だと気づきました?」

「確信を得たのは実際に見てからだが、最初の相手が何もしておらぬのに死んでいた時点で違和感はあった」


 同時に違和感がある程度の話へ違う原因があると言及したところで意味はなかっただろう、との言葉にレディと川津は頷く。


「なるほど……それならば致し方もございませぬ」

「ご理解頂けたかな? 次に今現在の状態についてだが、泥は時の要素が過剰であるが故に性質そのものが絶えず変化し続けているのはご承知かな、天海のお嬢ちゃん?」


 彼女はその問いに少し間を取り、言葉を選びながら答えを示した。


「……知っていますよ。問題が発覚した時点で完全な除去が出来なかったのも、対策をまとめるより早く変化が続き、中々有効な手を繰り出せずにいたからでした」


 打つ手をことごとく潰され、その増殖を抑えられない天海は最終手段として空間から不二を切り離し、自分たちの時を加速させて強引に相手の先を取る強硬策に転じる。泥の影響により不二自体が五十年ほど天海に先んじていたのを少しずつ差を縮め、逆転して百年程度の先行を確保したところで加速を終えた。


「その後、加速によって得られた時の限定制御と加速中観測され続けていた泥の性質記録から、精度の高い変化予測を導き出せたことでようやく効果的な対策を打てるようになりました」

「だが、根絶には至らず泥は今もなお変化し続けている」


 最初はただぬかるみに踏み込んだ対象と同化するだけだったものが、年月を経て多数の存在を取り込み続けたことによって、取り込んだものに擬態し性質を読み取り仮想の人格を作り上げるまでになったと防人は語る。


「となると、桐乃さんは?」

「取り込まれている最中、ということだ」

「……悔やむばかりでは話は進まぬが……」


 川津は天を仰いでいた。正体を見抜けず、みすみす弟子を危険にさらしてしまったことを悔やまずにはいられない。レディも苦々しい思いを抱いていたが、同時に防人の言う通り天海より降り立ったものとして、解決に全力を尽くさねばならないと覚悟を固める。

 重い気持ちを鼓舞しながら、彼女は冷たく凍りついた桐乃の顔を見つめて簡潔に問いかけた。


「……解呪にあたり必要な七素は?」

「兎にも角にも行き過ぎた時の流れを抑える必要がある……まずは火だな」

「了解です」


 言葉に頷き、普段とは異なる詠唱を紡ぎ始める。


「身体にまとう七色の輝きよ、我が声に応え顕現せよ……刹那を彩りし火をここに!」


 美しく虹色に染め分けられていたレディの髪が赤一色に塗り替えられ、右の掌に赤い光が集まり始めた。


「レディ?」

「質問は後で……今、集中を切らす訳にはいきません」


 これまでに聞いたことが無いほどの硬い声で彼女は泰輝の質問を遮る。良くない兆候の気配を察知した陽向も心配を隠すことなく顔に浮かべたが、手出しはしない。

 赤い光を安定させた少女はそれを泥の上へと掲げる。バチバチ、という弾ける音とともに光は揺らめいたものの、消えることなく輝き続けていた。音が途絶え、揺らめきが収まったのを見て取った彼女は続きを促す。


「次は?」

「木だな。火の勢いを高めると同時に泥の持つ水の性質を吸い上げ、足りない土の要素を受け入れるだけの余地を作る」

「……身体にまとう七色の輝きよ、我が声に応え顕現せよ……天地にそびえ立つ木をここに!」


 赤一色の髪の色に緑色が混じり、その掌には鮮やかな緑の葉を宿す枝が現れ、今度は桐乃を拘束している紐状の何かの隙間にそれを捻り込んだ。すると、紐のほうも不気味に蠢き枝を折ろうとするが、対抗するように枝が大きく育ち出して動きを遮り、何本かの紐が力を失って枯れていく。

 拘束が緩んだことで泥の影響は弱まったのか、桐乃の顔には微かに血の気が戻ってきた。それを見た泰輝たちはやや安堵の表情を浮かべるが、レディのほうは厳しい顔のままで防人も気を緩めていない。


「良い感じですね。ただ、次が問題なのではないですか?」

「そうだな……ここまでは泥対策としての定石だが、この先は正解がない」


 二人のやり取りを聞いた泰輝は「どういうことか」と防人に質すが、それまで成り行きを見守っていた川津が代わって答える。


「泥の侵食が早いのは見ての通りで、これまではそれを抑えて拡大を防ぐためのもの……言い換えるなら、解呪の下準備にあたります」

「この先の正解がない、というのは?」

「今までの下準備は最初から備わっていた泥の欠陥を突いたもの……それがどのような変化の形であれ通じるものです。しかし、ここからは変化し続ける泥と向き合う必要があります」


 形質の変化は外側の事象からはうかがえない。火と木を加えたことによって要素の偏りを抑えたものの、即座に対応して変化を起こすこともありえる。加えて偏りの抑制はあくまで一時的なものにすぎず、時間が経てば勢いを取り戻す恐れもあった。


「俺の見解としてはこのまま土を加えてあるべき形に戻し、あとは人手で丁寧に除去すれば良いと思うが、お嬢ちゃんは?」

「安全策ですね。危険を最小へ抑え込むには良い形だと私も思います」

「……別な手を探しているな?」


 試すような問いかけにレディは頷き「空を使います」と提案する。


「理屈は?」

「火と木は双方とも時の要素を抑え込むためのもの……今現在の七素配分は土・水・時・火・木がそれぞれ一・二・二・三・二のような状況になっていると思います」

「均衡しているが……火が強い、か?」


 火は短期的には強い影響を与えるが発現を維持しにくい。木を引き出して安定させているものの、火の勢いに飲まれて消えてしまえば水と時の復元力が働きだす恐れがあった。土を加えて均衡を整え、となると解呪する前に桐乃の精神が保てなくなる可能性も考えられる。


「空は時を飲み金以外の要素を薄く成長させます。弱まった時を一旦完全に打ち消して呪いとしての機能を破却させるべきかと」

「普通は空を扱える技師など一部に限られるからな。俺には是非を判じられぬが、川津殿はいかがかな?」

「……甘めに見てようやく五分五分でしょうか? 上手くいけばその手が最善と出来ますが、少しでも調整を乱せば水が強まり、結果として火が消えては元の木阿弥となりかねませぬ」


 工匠の表情は厳しい。彼自身は空の概念に造詣が深いわけでもないものの、常識的な判断としてほぼ全ての要素をひとりの人間へ意図的に上乗せし背負わせることへの懸念は強かった。


「ということだが、それでもやるのか?」

「……批判は覚悟の上です。桐乃さんがこうなってから既に二刻以上経ち、前提となる説明が必要だったとはいえ、それをいたずらに長引かせてしまったからには手段の選択肢を迷うときでもありません」


 レディは焦りを全く感じさせない冷静な口調で答える。出会って以来、旅を続けている間にも見たことのない態度に、泰輝と陽向は心配そうな表情を浮かべていた。


「泰輝様、少し気負いが強すぎるように見えますが」

「それは分かるが、止めるべきではないな」


 陽向の懸念に泰輝はそのまま見守るようにと示す。今の義娘から感じられるのは、焦りから来る開き直りでも、堅苦しい使命感を抱え込んでの意地でもない。

 自分の出来ることを誠実にやり遂げ、縁を結んだ友人を助けたいという純粋な想いと、今できる自分の限界から一歩でも先に進みたいという覚悟の双方を感じ取った泰輝は現状をこう捉えていた。



 これは試練。背負ったものから更に先を行くため、不二に生きるものとして自己を再定義するため、克服するべきもの。



 体の半分を貸している相手がかなり無理をしているのはもう感じ取れている。極力泰輝の方に影響が及ばぬように気遣いしているのも察していたが、今は本人のやりたいようにさせてやろうと腹を決めていた。


(お前ならやれる。心配など無用であろう?)


 泰輝はただそれだけを心に留め置き、真っ直ぐな視線でレディの奮闘を見守り続ける。


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