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ナナイロをまとうもの  作者: 緋那真意
第四章 水の盟約
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四十九.交錯する思惑

 泰輝たちは聞き覚えのない言葉に首を傾げる。


でい? 単純に言葉通りの存在ではないのだとは思うが……」

「……川津様、心当たりは?」

「ないと言えば偽りでしょうが、正直なところ戸惑いを感じずにはいられませぬ」


 川津の顔は憂鬱なかげりを帯びており、レディも冴えない表情のまま語り始めた。


「紅城に滞在している時からお話ししていますように、天海が真胴をもたらしたのは本来不二に存在する脅威への対抗策でした」

「そのような話もあったな」


 真胴が戦争の道具として用いられ、天海が把握しているより遥かに多くの真胴が運用されている。そのような状況を是正し、可能ならば全ての真胴を廃棄させることが彼女が派遣された理由であり、目的であることを泰輝は改めて思い出していた。


「ただ、その時は脅威の中身についてまで語れず終いでした」

「黒荘どものこともあって、目の前の問題を整理するので手一杯でしたもの……今がその機会ということなのね?」


 陽向の問いかけに頷いたレディは視線を防人へと向ける。


「俺に何かを語らせるつもりか? 天海のお嬢ちゃん」

「そりゃあ、今もなお戦い続けている人がいるならばその人の知識こそ最先端なのは明確でしょう?」

「……昔のことは、お嬢ちゃんがしてくれよ」


 彼はやや呆れた様子であったがすぐに表情を引き締めて語り始めた。


「宇野殿も承知しているとは思うが、黒荘どもは真胴を操るために妖術の如きものを用いている……その原型が泥だ」

「原型……? 確かに奴らとは何度となく戦っているが」

「天海では既に捨て去られている技術……あなたはそうも言っていたわね、レディ?」


 問いかけられた相手は無表情で言葉に頷く。


「不二が今の形で成立する以前、この地にいた人々はいくつかの問題を抱えていました。大雨や地震といった自然災害、未知の疫病……そして、呪術的な環境汚染」

「呪術的?」

「……あまり言いたくはありませんけど、天海は不二を形作るために様々な技術を試していました。当時には安全を確認できていないものも含めて、です」


 陽向の確認に少女は苛立ちも込みで渋い表情を浮かべていた。自分たちの後ろ暗い部分に触れたくはない、というのが伝わってくる。


「そんな中で用いられた技術式のひとつが雨後固地あめごこち……七つの元素色のうち、土、水、時の三要素を用いて、万事の叩き台となる大地を錬成する……予定でした」

「予定……か」

「防人殿?」

「だが、全て予定通りには行かなかった……それは確かに大地を築いたものの、同時にあらゆる存在を地に引き込み塗り変えていく呪いと成り果てた」


 レディの語る内容に防人が言葉をつなぐ。雨後固地の術は当初こそ順調に大地を築いているように見えたものの、その大地へ他の要素によって象られたものを移植する段階へと移行する直前、重大な欠陥が明るみとなった。


「ナナイロもそうですけど、天海の技術式は七つの元素を組み合わせ、適切に配分することで成立しています。雨後固地の場合、組み合わせに問題はありませんが要素の配分があるべき形から大きくかけ離れている、と発覚後の調査で問題になりました」

「具体的には?」

「……土、水、時の三要素を扱う場合、不動を求められる土と流転することが是となる時の性質が相反するため、流れを持ちながらひと所に治まることも可能な水を繋ぎに用いるのが常ですな」


 川津の補足説明に少女は「ありがとうございます」と謝意を示したうえで、事の核心に踏み込む。

 雨後固地の使用目的を考えたとき、陸地を形作るのには基礎として土を多めに配分し、不動を損なわないようにしつつ少し時の要素を加えることで後付けの要素を受け入れる余地を作り、水を両者に含ませる程度加えることが望ましい、とされていた。


「……その、雨後固地とやらは違っていたと?」

「そういうことです泰輝さま。術の割合を十分割するならば、土・水・時はそれぞれ六・三・一が理想となるはずでした」

「なるほど。俺にも話が見えてきた」


 泰輝は頭に思い浮かんだ答えを口にし、レディに確認を求める。


「詳しい事情は分からないが、実際の割合がそうなっていなかった、ということだな?」

「はい……六・三・一ではなく二・三・五と、目的からかけ離れた無茶苦茶な配分となっていました。最少の配分しか持たない土は安定するどころか絶えずぬかるみを帯び不安定なまま増殖し続け、一方で過剰に配分された水と時が互いに相乗を起こした結果、著しい速度で時間が浪費されていく異常な状態が続くことになります」


 順調に見えていたものが一向に固まる様子を見せず、いたずらに時が過ぎていく状況にようやく天海も欠陥に気づくこととなる。

 雨後固地あめごこちの使用を中断し配分を本来の形へ調整し直した別の技術式に差し替えたものの、発覚の遅れで生じた時間経過の錯誤は修復できないほどの断層と化していた。以来、それまで同一の軸を共有していた天海と不二の時間には百年近い差が生じ、解消されないまま現在に至っている。


「時そのものを操ることは不可能なのでしょうか?」

「肯定はいたしかねますな。特に、時と空は本来人の手に及ばないものであり、天海でも白華でも未だ限定的にしか制御できませぬ」


 陽向の疑問に川津は首を横に振っていた。それの乱用が危険な事態を招くのは目に見えており、白華においても行き過ぎた技術式への傾倒を防ぐため厳しい制約を設けて取り締まっているという。

 それを聞いた泰輝の脳裏には、先日の三つ巴戦が浮かび上がってきていた。


「喜央斎が白華を追放されたのはそれが原因か」

「ほう、あの老人と面識がお有りとは……御賢察の通り、彼は時の要素に傾倒しておりました。その結果は今更語ることもありますまい」

「それも頭にひどい激痛を伴う話題ですけれど……ここでは話を元へと戻しましょう」


 レディは全員に切り替えを促したうえで話を再開した。


「新たな技術式は今度こそ大地を造り、自然や生物の誕生を祝福しましたけれど、使用を中断された雨後固地の影響は根絶に至らず、触れたものをぬかるみに引きずり込む呪いとなりました」

「……俺としては天海に文句のひとつも言いたくなる。問題を解決できぬまま次を急いだ結果がこのざまだ」

「防人さんのお話はためになりますね」


 防人の見解を皮肉で返した少女は「私や川津さまばかりに解説させていないで、あなたも何か語ったらどうですか」と水を向ける。発せられる言葉は皮肉や相槌ばかりで本筋の話に加わる姿勢が見えない。


「茶渡のことで良いのならな」

「ぼかさないでもらえます? 天海から見た不二は百年前の状態でしかないんです」

「なら、尚更俺が語ることもあるまい。百年先の天海の知識で説明をすれば足りるだろう?」


 のらりくらりとはぐらかす態度にレディはいよいよ苛立ちを隠し切れず、声を荒らげて詰問しようとしたところで状況を見かねた泰輝がそれを制止した。


「レディ、あまり無理をするな。本来なら述べたくないことを述べたのだから疲れて当然であろう?」

「泰輝さま……」

「防人殿、あなたを疑うつもりはないが、そのような物言いで事は治まらぬこと程度は理解いただけぬものかな?」


 すると防人は「あなたも子煩悩なものですな」と態度を変えず「ですが、より多く事実を知りたいのならお嬢ちゃんが語るべきかと思いますな」と言い張り続ける。必要以上のことを言わずにやり取りを見守っていた川津も、消極的な態度に釈然としないものを感じ始めていた。

 場が荒れて事の解決が遅れかねない状態に陥るのを危惧した泰輝は、陽向にレディを預けて一旦外で休ませるよう頼み、二人が出ていくのを見送ると厳しい視線で防人を射抜く。


「ご不満でしょうかな?」

「……女子供がいては語りにくいのだろう? 仮にそうではない理由で語れぬことがあるとするならば、某も今以上の許容はできぬな」

「私も同感です。話の筋としてあの娘に語ってもらうべきなのは理解できますが、今のあなた様にはあるべき謙虚さ、誠実さが見えませんな」


 そのような態度の方に重大な機密と断言できる証拠の話をお聞かせするなど危険しか感じられませぬ、と川津は言葉を続けた。熟練の武人と工匠である二人に疑惑をぶつけられながら、防人はなお余裕を崩さない。


「なれば、すぐにここを離れても構いませぬよ……その後どのような風聞が起きようと拙者は困らぬ故、な。既に自警団の役目も終わり、折良く水盟の奉行様も里にいらしている」

「中々にありきたりな脅しですな」

「そうですかな? あなたのお弟子様を見捨てる対価としてはあり得る形かと思えるが」


 川津は脅しに動じず「それならば余計にあなた様のお相手などしておられませぬ」と突き放し、小さく頷いた防人は泰輝に視線を向ける。


「貴殿も川津様と同じ考えかな?」

「いや……好きなようにすれば良いだろう」

「ほう?」

「どうしてもレディから話を聞きたいのなら、某の責任において話をさせよう。それに時間を取られるのが嫌ならば、仕方もないが」


 ただし、と微かに怒気をはらむ声で自身の条件を突きつけた。


「それを聞きたいのならば、先に貴殿ひとりで桐乃さんを救っていただこうか。これまでの話を総合すると、貴殿は救う方法を知っているはずだ」

「……知ったかぶり、とは思えませぬか?」

「その程度ならばもはや何も語る必要はあるまい……この場で切り捨てる。それだけだ」


 静かに刀を抜くと川津に視線を向け、彼が頷くのを見たあとで防人へと刃を向ける。相手方の本気を見てとった茶渡の狩人は、ようやく真面目な表情に変わった。


「そこまでのお覚悟ならば、応じぬ訳にもいかぬか。しかし、それには天海のお嬢さんの力も必要だ」

「我々を散々煽っておいてそれか……このような時でなければとても承服できるものではない」

「……確かに方法の心得はあるが、七元素を扱うとなれば不慣れな俺よりもあの娘に施術を任せたほうが安全であろう?」


 泰輝はその物言いに頭が痛くなり始めていた。戦い以外でこれほど面倒な相手に出会ったのは初めてである。

 しかし、彼が一度請け負ったことは終わるまで投げ出さない、とも理解はしていた。今はそれを信じるしかない。


「よく言う……だが、それはそれで道理だろう。正直に言うなら、条件の釣り合いが全く取れておらぬが、危急の時ゆえ当てにさせていただくとしよう」

「……少々渋りすぎでしたな」


 刀を鞘に戻そうともせず、自分へ刃を突きつけ続ける相手に防人は肩をすくめる。


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