四十七.計り知れぬもの
陽向が川津の工房へと駆け込んだとき、中にいた三人は作業を取りやめ住居部分の戸締りを行っていた。
「流石陽向さまですね。こちらはこちらで守り固めていましたけど」
「ご苦労さまレディ……河津様や桐乃さんも」
「賊どもは未だここから離れた場所にいるとはいえ、念を入れておく必要もありますからな」
工匠は表情を引き締めながらわずかにも余裕のある口調で答える。襲撃といえども直接火の粉が降りかかってきていないのならば無闇に焦ることもない。
「お師様、亜夏の収納は終わりました!」
「静航は?」
「まだ外です」
「……急げ! 襲ってきた相手が元の持ち主ならば証拠隠滅を狙っても不思議はなかろう」
「はいっ!」
桐乃はやや慌て気味に返事をして格納庫の手前に駐機させていた静航を中へと運び、それを見ながら陽向はレディに話しかける。
「静航の機体に異常は見つからなかったの?」
「気になる要素はひと通り調べましたけど、誰か何かを仕掛けた形跡はありませんでしたよ」
「なら良いけれど……何か引っかからない?」
レディはその言葉に不思議そうな表情を浮かべた。陽向は元より隠密として慎重に物事を捉えることが多いが、こと機械や絡繰のことについては基本的にレディの見立てへ疑問を呈したことはない。
となると陽向が懸念しているのはそういうことではなく、自身が関わる分野でのことになる。
「うーん、何らかの術であったり機構に異常がある形跡はなかったですよ。もちろん川津さまにも見ていただきましたけど……」
「……確かに、工匠として見たところ不審な点はありませぬ。ただ、我々にとり未知の領域で仕込みがかかっていない……とは言い切れないですな」
「えっ! 川津さま……何か?」
レディは驚いて川津へ向けていた視線に若干の苛立ちを示した。工匠はそれに小さく頷く。
「私も確信は持ってはいないのですよ、お嬢さん……ただ、よくよく思えば『何も見つからなかった』こと自体がおかしいとも思いましてな」
「何ですか?」
「……何故、操縦手は死んでいたのか、と」
七色の髪の少女はその言葉にはっ、とした。鹵獲した静航の操縦手については判然としておらず、検分もろくにしないまま服毒による自害として片付けられている。レディ自身も深く追及はせずにいたものの、そう指摘されてみれば確かに妙だった。
「操縦手が自害に作法を求めるとは思いませぬ。しかしながら、素性を隠すだけなら黙秘することも出来ます。それを選ばずに死を選んだとなると……」
「……自ら命を絶ったのではなく、擬胴本体に仕込まれた機構で死んだ……殺された……!」
「そんなことがあり得るのですか」
陽向の言葉に川津とレディはそれぞれ首を横に振る。
「白華ではその手の技術は邪道としておりますが、存在そのものは否定されてはおりませぬ。逆を言うなら普通では用いられていないだけで、何処かで用いられていてもおかしくない」
「一番怪しいのは黒荘ですけれど、それを確かめる手段はわたしも知りませんし……何よりそんな仕込みを常套手段とするのなら、もっと世の中に黒荘の存在が知られていても良いと思います」
「……今のところは分からない、と。それなら尚更あれを奪回される訳にもいきませぬね」
陽向は肩を竦めると改めて外の様子を確認するべくその場を離れようとしたところで、格納庫の方から爆音が響き、住居部分まで振動が伝わってきた。
「しまった! 桐乃が!」
「陽向さま!」
「私が行きます! レディは川津様をお守りしていなさい、宜しい?」
陽向はレディに強い口調で命じ格納庫へ駆け込もうとしたものの、真正面に待ち構えていた青い擬胴から銃撃を受けてとっさに扉の裏へと隠れる。
「それで隠れたつもりか、隠密よ」
「貴様たちは!」
「問答無用!」
続けざまに銃撃を浴びせられ身動きが出来ない陽向はそれでも冷静さを失うことなく、一瞬だけ見えた内部の状況を整理した。桐乃の姿は見えなかったものの、負傷があるならば微かであっても血の匂いを感じられても良いはずである。
いま盾にしている扉の鍵に損傷は見つからない。機会が悪く格納中に開いた時を付け込まれたのだろうか。
すると、擬胴を奪ったと思われる何者かが陽向に意地悪く言葉をかけてきた。
「ここにいた娘が気になるか、隠密よ」
「……」
「安心しろ。今は『まだ』息をしている……もって一刻ほどとは思うがな」
「……!」
一瞬動揺を抑えきれずに中を覗き込もうとした陽向であったが、手にしていたクナイで反対側の腕を浅く撫でて頭を切り替え、一言だけ相手に問う。
「何が目的なの?」
「……『器』の回収、とでもしておこうか」
「器? その擬胴が?」
「それ以上は言えんな。大人しく死んでおけ!」
銃撃が激しくなり、薄い鉄板で作られた扉が限界を迎えようとしていた。何とかしてあの擬胴を止める必要があったが、桐乃を放っておく訳にもいかない。相手の仲間が別に伏せている可能性も考えると時間をかけることは許されず、陽向に取れる手段は限られている。
彼女は渋々扉の陰からゆっくりと正面へ出ようとするが、完全に体をさらす寸前で頼れる救援が現れる。
相手も即座に狙いを変え迎撃するも、淡い青の擬胴はある程度の損傷を織り込み済みでそのまま切り込んだ。
「泰輝様! しかし、何故……?」
「話はあとだ。ここは任せろ!」
「はいっ!」
短くやり取りを終えた陽向は一旦住居部分まで引き下がっていき、代わって泰輝が前へと出る。
「ふん、現れたか……前は不覚を取ったが今回はそう簡単にはいかぬぞ」
「……どういう意味だ。貴様とは初対面のはずだが」
「なぁに、操縦手などという『部品』を失ったところで補充など容易いさ……しかも今回は予備付きだ」
傲岸な口調で放たれる言葉の弾丸に引きずられぬように気をつけつつ、泰輝は加速を止めてゆっくりと間合いを詰めていき、近くにいるであろうレディに思念で問いかけた。
(奴の言葉は聞いているな?)
(……結論から言いますけど、あれは擬胴ではありませんね。形を静航に似せただけの別物です)
(術によって変質させた代物ではない、か)
ならば何故最初からそれに気づかなかったのかと思ったが、それを形にする前に敵が機関銃を捨て傍にあった鋤を持って突進を仕掛けてくる。
判断が早い。しかし、見込みが甘かった。
「角翠がごとき、がらくたで何が出来る!」
「違うな。微力であっても出来ることを全て成功に持ち込めれば良いだけのこと!」
敵は角翠より先に間合いを定めて鋤を叩きつけようとするも、それを予測していた泰輝は慌てずに機体を仰向けに倒して相手の皮算用をわずかに逸らす。振り下ろされた鋤を地面を転がってかわした泰輝は鍵盤を叩いて横倒しのまま得物の長巻を構えさせ、本来なら「振り下ろす」という指示であるのを利用して擬胴の脚部を薙いだ。
そう来るとは予想できなかったのか、相手は為すすべもなく脚を裂かれてうつ伏せに倒れ込み、逆に泰輝は角翠を立ち上がらせ、相手の背に長巻を突きつける。
「ぐうっ!」
「大人しくしておけ……格納庫でこれ以上騒ぎを起こされても良くはない」
「……」
泰輝は黙ったままの相手に油断せず刃を突きつけたまま、レディとの念話を再開した。
(さて、どうする?)
(とりあえず桐乃さんの無事を確認するのが先です。今から川津さんと一緒にそちらへ行きますから、もうちょっと待っていてください)
やり取りから間を置かず遥平と共に駆けつけたレディは星形の模様が描かれた半紙を機体に貼り付ける。一時的に機体の制御を奪う呪符であるらしい。
うつ伏せに倒れていた機体を仰向けに直して操縦席を開くとやはり操縦手は事切れており、その後ろには桐乃が得体の知れない紐のようなもので機体内部へ拘束されていて、いくら声をかけても意識が戻ってこない。その顔はひどく青ざめている。
「レディ……これは?」
「ちょっと……いえ、かなり不味い状態です。安易に触れて良いものでは無いと断言できます」
「桐乃のことはひとまず後回しにするしかありませんな……宇野殿は北東方向の騒ぎに加勢してくだされ。我々はその間に内部の観察と状態の検分を行っておきます」
「……承知」
泰輝は歯ぎしりしたい心中を押さえつけながら外へ出て、周辺を見回っていた陽向に見送られながら未だ轟音が鳴り止まない戦場へと急いだ。




