四十六.守護
古民家に戻ると、いつ訪れたのか防人が陽向と談笑しており、泰輝は目を丸くする。
「防人どの、いつの間にここへ?」
「里長からお話がありましたのでね。改めて打ち合わせでもいたそうと思いましてな」
「……せっかくのご来訪、出直してすれ違うのもどうか、ということでございます」
彼女は穏やかに微笑んで立ち上がり、台所へと向かっていった。隠密であり用心深さにかけては自分やレディより抜けているはずの彼女が、主人の知己とはいえ初対面の相手をそう簡単に信用するとは思えない。ひとまずは来客として扱いつつも相手の素性を探っていたのだろう。
「宇野殿の縁者は美しい方が多いのですなぁ……それがしは色恋ごとには縁がありませぬゆえ」
「いや、拙者もそれほど上手ではありませぬ。何かと気を遣わせてばかりでして」
「ふふ、成程……目を離せぬほどの色男とはそういうものであるのでしょう」
微妙な方向へ誉め言葉を持ち出してくる防人に困惑した泰輝は「まあ、その話は置いておきまして……」と強引に話を切り替えた。
「防人どのの擬胴、沙硫と呼ばれておりましたが、茶渡では如何ほど流通されているのですかな?」
「いや、あれには幾度か改修を施しておりまして、原型である庵針は角翠と大差のない擬胴でありました」
「改修? それは旅の途中で?」
「出立の前からでございますよ。何かと荒事に持ち出す機会が多くございまして」
己の恥を晒すようなものですが、と防人は謙遜するように語っているものの泰輝は話に奇妙な違和感を感じる。レディや陽向の知識においても茶渡周辺で大乱が起きているとの話はなく、またそうであるからこそ防人も遠慮をすることなく武者修行に出ていると思っていた。
しかし、話としては原型が残っていないほどの改修を旅立つ前より行っていたということになり、特に茶渡家に従事していた訳でもなさそうな彼が一体何と戦っていたのかがどうにも腑に落ちない。
「いやいや、拙者も無傷で戦っていた訳でもありませぬ。武功と引き換えに幾度となく危うい状況に陥ることもありました」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、武の因果といえばそれまででありますが」
「……貴殿は、虎の子を獲られたことがお有りのようですな」
「虎の子くらい楽々……とは言いませぬよ。ですが、戦では無く『狩り』ならば目的としてはありふれたものです」
苦笑いを浮かべて話すのを聞き、泰輝は防人の戦がどのようなものなのか、その一端を理解できたような気がした。
彼は武人である以上に狩人であり、その武芸は人に対するそれとは一線を画するものであるのだと。
それなら、と頭で更に聞きたいことの整理を始めようとしたところで外から鐘の音が聞こえ、二人はほぼ同時に立ち上がり、奥にいた陽向も飛び出してくる。
「宇野殿!」
「分かっている……陽向、お前は先行して川津殿の工房へ向かってくれ! 策のひとつもなく、こんな真昼間に仕掛けてくるわけがない!」
「承知……ご武運を!」
三人は家を飛び出した。外に出て見ると北東の側から悲鳴や怒号が響いてくる。
「……動きが早い!」
「ただの盗賊ではありませぬな……指揮を執っているのはそれなりの経験を持っている」
「狩人の直感ですかな?」
「それは、一国に仕える武将であったあなたの方がよく分かるのでは? 今は我々の擬胴を確保するのが第一です」
二人は足を速めた。擬胴の駐機場はここから遠い訳では無いものの川津の工房とは反対の位置にあり相手の狙いがそちらであるとしたら、わずかな遅れが結果に跳ね返りかねない。
「北東が陽動である可能性は?」
「それなりになくはないだろう。だが狙いが単なる掠奪であったとしても、自分たちの正体を推測できる材料や本命の大物を見過ごすほど愚かとは、拙者には思えぬ」
「ならば、北東の賊はそれがしが引き受けましょう……宇野殿は工房へお急ぎくだされ」
「……感謝いたす」
一瞬迷い、それでも提案を受け入れた。力を合わせて北東方面を抑え込み工房の防衛に当たるのも選択肢としては有力で、依頼に私情を挟んだ様にも思われかねないやり方が好ましいとは言えない。何ならば立場を逆に変えて、防人に工房を守ってもらうのも手ではある。
無論、そんなことは防人にとって百も承知であろう。その上であえて促しているのならば、打算や策とは別の意思が有ると泰輝は感じていた。
ならば、それを曲げるのも非礼に当たる。あとで何かが起きるという未来の憶測よりも、提案を受け入れるという「現在」の助言を選ぶべきだと、泰輝は思考の天秤を傾けた。
「なに、たいしたことではありませぬ。それに里の民も無抵抗では終われますまい……その代わり、抜かりは許しませぬぞ」
「言われずとも!」
駐機場にたどり着いた二人はお互いの擬胴を確保すると、それぞれの戦場へと駆け出す
読んだ感想、誤字報告、いいねや評価、ブックマークはお気軽にどうぞ。とても励みになります。




