四十五.雑事は重なる
鹵獲した擬胴を里まで運び、その日の作業を終えた川津の工房まで向かうとレディが出迎える。
「お疲れ様です泰輝さま、それと……?」
「北上防人、だ……派手なお嬢様」
「ああ、茶渡の方ですね。私の自己紹介はひとまずあとにして……川津さま?」
レディに話を向けられた川津は「静航ですか」と目の前に置かれた擬胴を眺める。
「厳密には内部の機構を検証しなければなりませぬが、まぁそこまでして疑う理由はありますまい。ですが……」
「……操縦手は自決、その相方は無理矢理逃走して、今は陽向さまが追跡中、と」
「思い込みかもしれないですけど、ついついきな臭く感じられちゃいますね」
川津は淡々と見解を述べ、レディと桐乃が嘆息を漏らした。蒼司領内で多く普及している擬胴とは言え、必ずしも家中だけで運用されている訳ではない。境を接する水盟との往来に用いている商人なども多く、怪しい動きを見せていたとは言え出処については慎重に調べる必要があるだろう。
ひとまず鹵獲した擬胴は工房に預けた泰輝と防人は巡回に戻ったものの、その後は何も起こらず明け方になり警備を里の民へ引き継いだあとで明後日に再度巡回警備を約束して二人は別れた。
古民家に戻るとレディがいかにも起きたて、といった少し緩んだ顔で出迎える。
「お疲れ様でした泰輝さま。その後は不審なことがらなくて何よりです」
「陽向は……まだ、か」
「そうですね。泰輝さまより前にお戻りになるかとも思っていましたが」
陽向さまは無闇に深追いする方とは思えませんから、と語る口は滑らかとは言えないが緊張しているわけでもない様子であり、レディが知覚可能な範囲を超えてまで離れた場所へと行っては居ないらしい。
泰輝は川津の工房へ向かうレディを見送ると彼女がこしらえたと思われる握り飯を食べた後で横になり意識を休めた。
だが昼過ぎに目を覚ましても陽向は戻ってきておらず、流石に遅すぎると泰輝が工房にいるレディの下へ向かおうかと考え始めた矢先にようやく本人が現れる。表情として浮かべている笑顔ですら完全には隠せないほどの疲れが滲んでいた。
「無事か陽向……心配しておったぞ」
「申し訳ありませぬ、中々尻尾を見せない相手でしたもので……」
「結果は後で聞くゆえ、とにかく少し休んでおれ」
「いえ、それでは私が安心できませぬ」
仕えるべき主人に隠密としての矜持をのぞかせた陽向にそれ以上何も言えなくなった泰輝は「何を見た」と簡潔に問う。
「相手は用心深く、複数の擬胴を運用しています。一応の拠点と思われる場所は突き止めましたが本命の拠点とは言い難いとも感じました」
その拠点は果取から東へ三里ほど離れた山林に建てられている小屋で、静航以外の擬胴も複数居て厳重な警戒態勢を敷いていた。しばらく潜入する機会を伺っていた陽向も夜明けまで待ったところで見切りをつけ離れたのだという。
「ただの盗賊では無さそうだな」
「しかしながら、擬胴については数こそありましたものの満足に整備できている様子にも見えませんでした」
最後に見かけた擬胴は肩から上が完全に失われ操縦席が野ざらしになっていたらしい。他にも整備の行き届いていない寄せ集めの機体が何度か交代で見張りに立っていて、正規軍が相手ならば勝ち目は薄い、と陽向は見立てていた。
「そうか……しかし、何故貴重な無傷の静航を窃盗なぞに運用していたのか、そこが見えぬな」
「状態の良い擬胴を遊兵扱いしていることを踏まえるならば奥の手の一枚も持っているとは思いますが、それを調べるのは水盟の奉行府に任せるべきかと」
「そうだな……後は俺に任せて休んでおれ。果取の里長には俺から話をしておこう」
それならば自分も、と言い出しかねない陽向を抑えるように告げた泰輝は陽向が完全に眠るまで待った上で里長の家へと向かう。
昨晩より擬胴を一機鹵獲したのに続き、拠点の一つを突き止めたことに里長も「証拠も整い、奉行府も本格的に動くでしょう」と安堵していたものの、それとは別に依頼している里の警備は引き続きお願いしたいと改めて頼まれ、了承した泰輝はそのまま川津の工房に顔を出した。
工房では亜夏の脚部改修に着手しており、損壊の酷くない箇所から在庫のある部品と交換し不足分が届き次第、他の箇所も交換に入る手筈になっているらしい。
「機神経質の入れ替えは順調です。つい先日納入された部品を使えたのが幸いでした」
「首尾は良好、になると思います泰輝さま」
「そこまで言うのなら期待してるぞ、レディ?」
「レディさんは根拠もなく大きく言うときがありますけどねー」
楽観しているレディに桐乃が釘を差す。短い間ながら彼女の気質については早々に把握できたらしい。
「そう言うな桐乃。少なくとも修理中の動きは確かだ。見習うべきところは多いぞ?」
「分かってますよお師様……手が早いし、忙しく喋るしで大変なんですから」
「あー、私って沈黙に耐えられない性質なんで……作業中は更にやかましいかも?」
てへへ、とでも表現出来る笑顔を見せるレディに苦笑いを浮かべる泰輝。確かに動いているときほど良く喋る娘なのだが、そういう状態にあるということは先の戦いについては完全に吹っ切れたのだろうと判断できた。
義娘の楽しそうな顔を見た泰輝は心の何処かに気にかけていたことの一つが消えたのを無意識に安心しつつ、表情を引き締める。何時になるかは分からないが、賊がこのまま引き下がるとも思えない予感があった。
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