四十.休息のさなか
書面で正式な修理の契約を交わした泰輝たちは、果取の村長から廃屋を借り受け修理が済むまでの滞在場所と定める。
「屋根だけでもあると違いますわね」
「とはいえ、すきま風がやや強いか?」
「まあそれは気づいたとこから塞いでいきましょうよ」
三者三様の感想を述べたあと、ひと息を入れて体を休めた。果取は小さな村ではあるが、近隣の里から擬胴の修理に訪れる人が度々あるらしく対応も手慣れていて、ある意味においては村全体がひとつの工場であるとも言い換えられる。
「今日は朝からご苦労であったなレディ。俺と陽向が起きる前から修理に精を出して」
「いえいえ、昨夜は結構早く寝てましたからね……その分早起きだっただけです」
「そんなことを申して……また無理をしてはいけませぬよ」
はーい、と明るい表情で返事をするレディにそれでも陽向は心配そうな色を隠さない。
「あなたは何かと抱えこむわりに何でもないように振る舞うところがあるから」
「陽向様は鋭いですね。でも今日は平気です」
「そう……ならば今夜も早く休みなさい。休めるときに休まねば、泰輝さまにとっても良くはありません」
陽向は穏やかにたしなめると、村長から提供された夕食の材料の確認に入っていった。すると、今度は泰輝が口を開く。
「レディ、ひとつ聞きたいのだが……川津どのとのやり取り、あれはどういうことだ?」
「ああ、似たような人を見たという件ですね」
「そなた以外に天海の使者がいると言うのか」
その問いにレディは「そうですよ」と素直に頷いてみせた。特に隠すようなことではない、という気持ちが泰輝にも伝わってくる。
「……じゃなければ、白華は真胴の開発なんてしてはいませんって」
「なぜ白華だったのだ?」
「まあ、真胴の件を抜きにしても当時から最先端地域でしたし」
不二という地は南北に長い土地であり、白華はその中間に当たる。北東に山地がある以外は交通に不便もなく、人が行き交う場所に富が集まるのはごく自然なことだった。
「金が目当て、とは思わぬが元手も必要か」
「そういうことですね」
「だが、川津どのは水明でその使者を見たと申されていたが……?」
レディはその言葉にやや俯く。
「そこなのですよね……私が天海を出る際に教えられた知識としては、前の使者様は白華に閉じこもっているという話でして、白華の人間の態度からもそれは伺えましたけれど」
「視察、とは考えられないか?」
「何を視察するのですかね? 真胴の普及度合いなんて報告を聞くだけでも足りると思いますが」
それを聞いた泰輝は苦笑いを浮かべた。目の前の少女はこなれてきたとは言え、まだまだ世間に疎い。
「何も見るもの、興味のある物事が真胴だけではあるまい」
「え?」
「つまりは人の営み、暮らしぶりを見たかったのではないか……貴人としてな」
レディは説明に目を丸くする。そういう考え方は思い浮かばなかった。
「てっきり監禁でもされているのかと……」
「お前は自分の立場を考えてみよ。我々とて戦の最中であっても可能な限りでお前に礼を尽くしていたであろう?」
「……確かに予想していたよりは丁重にもてなされてましたね」
適切な言葉を思い浮かべられないのか、ややぎこちない様子で頷いている。一体何を期待していたのかのか分からないが、全く不満がなかったわけでもないらしい。
「お前とてまずは状況を把握するために紅城に降り、こうして旅をしておるのだ。件の使者どのも絶えず気配りを重ねているのであろうよ」
「じゃあ、泰輝さまは現状をどうお考えです。私の先達……あえてお姉様と呼びますけど、いったい白華で何を行っているのか、推測は可能でしょうか?」
その問いに泰輝は少し考える仕草を取り、答えを口にせずに心をレディに読み取らせる形を選んだ。その心中を読み解いた彼女はやや不機嫌な顔を作る。
「……お姉様がみすみすそのような態度をとるとは思えません」
「どうかな? お前の姉なる者もお前と同じ程度には力を振るえるのだろう? 白華の家中も面従腹背で事に当たっているやもしれぬ」
泰輝の口は慎重に噛み砕くようゆっくりと間を置いて動いていた。自分の前にレディが現れた時のことを考えればそれくらいのことは起きているだろうとは思うが、そのまま口に出しては誰に聞かれるのか分かったものではない。
「あるいは……こちらが動く前に向こうから使者が来るかもしれんな」
「それは希望的な意味ですかね?」
「さて、そこまでは分からぬ。周りのすべてが我々を軸に動いているわけでもないだろう」
「もうちょっとくらい都合の良いことが起こってほしいんですけど」
レディは大儀そうに体を伸ばすと、今度は違う話題を切り出す。
「泰輝さまは亜夏を修理するのにあたって要望はありますか? 川津さんでは手が伸びない、あるいは私たちでのみ手を付けたい機能とか」
「ふむ、ナナイロのことだな?」
「川津さんは良い方ですけど、ナナイロのことまで教えるのはどうかと……」
泰輝はその言葉に今度は応えなかった。前回の惨敗の総括がまだ完全に終わっていないうちからそんな話をするのは早過ぎる。レディにはレディなりにしたいことがあるのであろうが、昨日の今日で焦って考える類の話でもない。
「気持ちは分かるが、大事を拙速で行っては失敗のもとだ。少なくとも夕餉を済ませてからでも良いだろう」
「うーん、先走るなと言われちゃうと言い返せませんね……それなら陽向さまのお手伝いでもしてきますか?」
「良いからじっとしておれ。から元気でもなさそうだが、お前は禅でも学んだほうが良いやもしれぬ」
レディは「せっかくのやる気を無駄にするおつもりですか」と愚痴をこぼしたが、それ以上は逆らうことなく七色に染め分けられた髪を梳き出した。
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