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ナナイロをまとうもの  作者: 緋那真意
第四章 水の盟約
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三十八.お手並み拝見

 陽向が桐乃を連れて戻ってきたとき、泰輝とレディは亜夏の簡易修復に取り組んでいる最中であった。


「陽向さん、これがくだんの?」

「はい……泰輝さま、ただいま戻りました」

「おお、戻ったか陽向……そちらは?」

「川津遥平が一番弟子、桐乃と申します。師の命により皆様のお手伝いへと参上いたしました」


 名乗りあっての挨拶の後、桐乃はレディから破損部分について説明を受ける。レディの七色に染め分けられた髪に目を見張った桐乃は、どう見ても自分と同じ年頃にしか見えない彼女の知識に再度驚かされた。


「……右肩の方は機神経質の丸ごと取り替えしかやり方が見つかりません。左脚部については今しがた断線箇所をつなぎ直していましたけど……」

「うーん、つなぎ方が若干雑なのは置いておくとしても、劣化が随分と著しいですよね? こんなに伸び切るほど高出力の擬胴には見えないんですけど……」


 見せられた破損箇所の状況に頭を抱える。桐乃も何度となく故障した擬胴を見てきたが、一見してどの機神経質がどの箇所につながっているのか分からないほど複雑な損傷など初めてであった。擬胴の内部構造は真胴と比較すると単純化されており、使い過ぎにより機神経質が経年劣化することも珍しくはないのだが、桐乃の感触からすると単なる経年劣化ではなくかなりの高負荷が繰り返しかかっていたように見える。おまけに機神経質を通わせる殻格かっかくには派手な焦げ付きも見られており、配線を把握するだけでも一苦労であった。


「こんな面倒な故障初めて見ました……これは作った人でも完全に中身を把握するのは無理じゃないかと」

「まぁそう見えますよね」


 けろっとした表情のレディに対して桐乃の方は渋い顔に変わる。


「あなた……レディさんでしたっけ? このつなぎ、ちゃんと把握してつないでます?」

「ここの配線は四掛け八で三十二本と仕様にあって、うち半分弱の十四は負荷分散のための余剰線に過ぎませんから、多少見た目的に問題があっても動かす段には気にならないと思いますよ」

「危険過ぎますね。お師様が見たら卒倒しかねません」


 ここが戦場であったならその言い分も理解できなくはないのだが、平時でもそんな感覚で修理していたらどんなに頑丈な擬胴と言えども暴走しかねない。それに師の川津より常日頃から仕事は細やかに丁寧さを忘れぬようにと仕込まれている桐乃からすればあまりに乱暴なやり方に見えてしまう。

 操縦者である泰輝に了解を得たうえで、桐乃は機神経質の接合をやり直し始めた。


「ここでは脚の動きを補正するので精一杯ですね。右肩の修理はお師様に任せるのが良いと思います」

「やはり簡単にとは行かぬか……川津殿に良い顔で引き受けて頂ければよいが」

「お師様は気乗りしないときほど笑顔になる方ですから、にこにこと笑って出迎えとならぬように最善を尽くしたほうが良いかと」


 泰輝が若干憂いを帯びた調子で話すのを励ましつつ手を動かしていく。一方のレディはというと、何も言わずにしげしげと修理の様子を眺めていた。自分のやり方に注文をつけられて不満が無いわけでもないだろうと桐乃は思っていたが、敵愾心のようなものは全く感じ取れない。

 伸び切って間に合わせの結合を行っていた線を一旦取り除き、手持ちの機神経質を合わせることで再配線を行い、動作確認に入った。あくまで応急処置なのでぎこちなさは隠せないものの起き上がることは出来た。だが、装備品を持つのには耐えられそうにない。


「これだけ動ければ問題はないな」

「うーん、私的にはもう少し動きが良くないと不安です……それにお荷物を置き去りはよろしくないのでは? ……この辺りに手癖の悪い人がいないわけでもないんですよ?」

「大丈夫ですよ。太刀は折られてますから仕方ありませんし、光弩は中身を抜き取って見た目だけのがらんどうにしておいてありますから」


 まあ鉄くずには違いないので売られちゃうのは仕方ないですけれど、とのレディの言葉に桐乃は騙されたような割り切れなさを覚える。


「手が早いですね……というか修理より先にそれをやったんですか?」

「そりゃそうですよ。こんなものを放置してたらそれこそ通報ものですし」


 戦場でなくとも危険物を放置したまま立ち去るなど言語道断、と真面目くさった表情をとる相手を見て、工匠の弟子はようやく自分が腕前を試されていたことに気づく。


「人が悪いですねレディさん……あなたならもっと丁寧にできたんじゃありませんか?」

「そうでもないですよ。少なくともああするほうが手っ取り早いのは確かですし、何より本格修理するには部品不足なので……それなら応急処置で故障箇所を整理しておくほうが望ましいと思ったまでです」

「お気を悪くされたのならば申し訳ない。この娘は度々ひとを食ったような振る舞いをするので、我々も困っているのですよ」


 泰輝は連れの不始末に苦虫を噛み潰したような表情で詫び、陽向はため息をついていた。二人の態度からして流れが虹髪の少女の独断なのは明白であり、怒るに怒れない桐乃は陽向のあとを追うようにため息をつく。


「仕方ありませんね……でもお師様には言わないほうが良いと思いますよ。先ほども申し上げましたが、選り好みをなさる方なので」

「承知してますよ。桐乃さんの腕は確かですから。お師匠さんも名匠に違いありません」


 不遜な振る舞いは断じてやりません、と請け負うレディに呆れながらも桐乃は自身が乗ってきた二輪車にまたがって一行を先導した。この調子で大丈夫だろうかと首を傾げつつも、不思議と腹は立たない。


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