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ナナイロをまとうもの  作者: 緋那真意
第二章 黄天の霹靂
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十五.場末の密会

 半刻ほど後、それまでの侍の扮装から質素な着物を身にまとう村娘の格好に変わった愛依姫は二人に不安な顔を隠さなかった。


「まさか私にみだらなことをしろとは申しませんわよね?」

「流石にそうは言いませんよ。ですけれど……」

「手違いは起こり得ます。一応面倒なことは私やレディが引き受けるつもりです」

「かばうと言っても限界がございますでしょう? それにあなたみたいな子供が……」


 こんな環境に慣れてそうな陽向はまだ良いとしても己よりも遥かに幼く見えるレディに自信満々に引き受けられても不安が増すだけである。この場所まで男が立ち入れないとしても求められれば部屋に赴き体を捧げなければならない。結局は同じことなのではと愛依は考えていた。


「ご心配ありがとうです。けど私は愛依様よりも強いつもりですし、平気ですよ」

「あなたのその自信はどこから来るのですか?」

「少々自信過剰なのはこの子の悪い癖なので愛依様はお気になさらずどうぞ」

「あなたは不安ではないの、陽向?」


 そう聞かれると陽向へ苦笑いしながら「私はこの子に一度殺められましたので」と答え、愛依は「出来の悪い洒落ですのね」とやはり苦笑いを返す。


「何なら今から試してみますか愛依様。意外な体験をできるかも知れませんよ?」

「遠慮しておくわ。あなたに骨抜きになどされてしまったらあの方に叱られてしまいますもの」

「お堅いですね。流石はお姫様」

「あら、その言い方だと私が軽率に振る舞っていたと誤解されるじゃない」


 少しすねたように口を尖らせる彼女にレディは「好奇心旺盛な方はいつでも大歓迎ですよ」といたずらっぽく笑いかけ、そのやり取りを見ていた愛依も少しは肩の力が抜けたような気がした。


「分かりました二人とも。なるようにしかならぬ、ということですね」

「その言葉をお聞かせいただけて何よりでございます」

「そうですね。まあ私達も策があるからここに来たわけですし、ほんとに心配はいりませんよ」


 にっこりとした笑顔は魔性の微笑みと言っても良いかも知れない。何を言われても信じてしまいそうな抗いがたい魅力に溢れている。何もされていないのに本当に骨抜きにされてしまいそうだと愛依は思った。


 夜を迎えて、ぽつぽつと男たちが現れるようになる。今夜は本来休業予定だったところにレディたちが転がり込んできた為か、客は少なめであった。

 しばらくの間、まず陽向が出て行っては相手を軽くあしらって戻ってくるということが続く。腰抜けばかりでつまらないわ、とは本人の弁であった。


「相当な経験を積んでいるのね陽向」

「名は陽向でございますが、芸事や夜伽の世話もしてこその陰でございますゆえ」

「とは言え無茶しちゃ駄目ですよ。あまりひどい男がいたらひと思いに……」

「あなたこそ少しは手抜きしなさい。華売りで男が神隠しなんて笑い話にもならないわ」

「はーい」


 そうこうしているうちに陽向が手強い相手にあったのか長く戻ってこなくなり、今度はレディが出ていくようになるが不思議なことに彼女はいつも数分も立たずに戻って来る。


「あなたは先程から何をしているの?」

「部屋の様子を見てきているだけですよ。呼んでおいていないとか、呆れた人たちばかりですね」


 けろっとした顔で憤慨するでもなく淡々と話すが、その様子を見た愛依は何となく陽向の言っていたことが分かったような気がした。

 レディが部屋を往復することが数度続いた後、出てすぐ部屋に戻ってきた彼女は唐突に「指名は私じゃないって言われました」と告げる。


「えっ?」

「ほら、お呼ばれですよ愛依様。早く行かないと! 出てすぐ手前の部屋です」

「ちょ、ちょっとレディ!」


 追い出されるように支度部屋を出た愛依は仕方なく手前の部屋のふすまを開け、失礼いたしますと断って中に入る。そこでは男が背を向けて窓の外を見ていた。


「あの……?」

「このような場所でのご無礼をまずはお詫び申し上げまする」


 その言葉とともに振り向いたのは泰輝である。静かに平伏して頭を垂れる彼を見た彼女は思わず声を荒げてしまう。


「宇野泰輝、あなたは……!」

「お声を小さく! 外には良からぬ輩がおりますゆえ……!」


 鋭い注意に愛依も思わず口を押さえて、言われるがままに外を見ると、昼間に自分を付け狙っていた荒くれの一人が何人かの仲間を口汚い言葉で罵っている。


「彼らは……!」

「つけられていたようです。まだこちらのからくりには気づいていないようですからご安心なされませ」

「……私のためにこんなことを?」

「いえ、もともとここには立ち寄る予定でした」

「そんな! あなたと陽向は良いとしてもレディが……」


 食ってかかろうとする彼女を泰輝はまたも押し止める。


「あの娘のご様子につきましてはとくとご覧いただけたはず。何人たりとも、それがしや陽向であってもレディには手が出せず、またそれを許しませぬ」


 あの黒荘の鵜頭来ですらすぐに手を出せたのをあえてしなかったと彼は思う。それに身体を分け念で通じ合っているレディに隠し事など出来るはずもない。レディがそれを望むのならば素直に受け入れるのも彼なりのいたわり方であった。


「……寂しい思いにならないのかしら?」

「あの娘は本性では人一倍寂しがりなのですが、それを言うと余計に反発されますゆえ、付かず離れずで接しております」


 その言葉を聞いて愛依はようやく完全に警戒を解く。わからない事だらけではあるが、目の前の男と連れの女たちも彼らなりに誠意を尽くして自分に助力してくれているのだと理解できた以上、こちらもそれに応えるべきだった。


「承知しました宇野泰輝。あなたたちの礼節、ありがたく受け取らせていただきます」

「ご賢察いただき恐悦至極に存じます」

「して、何からはじめれば良いのかしら?」

「まずは状況を整理いたしましょう。改めましてそれがしどもの事情をお話申し上げます」

「よしなに」


 二人は姿勢を改め、密談に入る。


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