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ナナイロをまとうもの  作者: 緋那真意
第二章 黄天の霹靂
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十二.山賊の美柑(みかん)

 レディは背中から光の翼を生やすと疾風のように峠の麓へと飛んでゆく。


「忙しい子ですね。いつでも何でも大事にしてしまう」


 陽向は操縦席の泰輝にそう語りかける。捕らえた山賊たちはレディの有り様を見て完全に毒気を抜かれてしまい、一応逃げ出そうとはしているのだが動きは鈍重そのもので恐れるに足らなかった。


「嫌か、陽向?」

「いえいえ、この程度は慣れたものですよ」


 彼女は笑っている。


「本当の子をもうけた折にはこの程度では済まぬでしょうし」

「そうか、済まぬな。この旅が終わるまではろくに祝言も挙げられぬ」

「……あの子と旅へ出ることになって不自由もありますけど、そういうお言葉を頂戴出来るだけでも喜ばしいものですよ」


 今までは素っ気ないものでしたから、といたずらっぽく言う陽向に泰輝は「そこまで邪険にはしておらぬだろ」と不満を口にしてしまう。陽向のことを悪く思うはずもないが素っ気なかったと言われるとそうかも知れないと気弱になった。


「私は構いませぬ。今が大事ですから」

「……俺はやはり真胴者であるほうが合っているようだな。色恋沙汰は向かぬよ」


 疲れたように笑ったその時、喚起音かんきおんが席に鳴り響く。


「泰輝様……!」

「……捕虜を頼む!」


 陽向を下に降ろしてから泰輝は彼女を守るように機体を前に出す。水面画の感知図かんちずに映し出された敵影は五機。北東から迫って来ている。機体に太刀を構えさせて近付くのを待った。

 やがて現れたのは昼間にも見た勘亀四機を引き連れた同色の見慣れぬ真胴であった。首領と思われる年老いた女の声が真胴から響いてくる。


「あたしの部下をかわいがってくれたのはあんたかい」

「我は宇野泰輝。貴様の名を教えてもらおうか」

「へぇ! 紅城の真胴者と同じ名前かい。あたしは美柑みかんたちばな党の元締めを張らせてもらってるよ」


 美柑と名乗った女は真胴に木弩を構えさせた。真胴にとっての飛び道具としては不足気味だが、力無き者を狙えばいい山賊にはそれで十分なのだろう。


「山賊の割に良い真胴を持っているじゃないか?」

「今の御時世、真胴の部品調達も気軽なもんさ。何なら一村に一機擬胴があっても不思議じゃない」

「成程、そうやって略奪した機材を用いているわけか」


 黄路成高きじなりたか様も苦労されているようだな、とその名前を出して嘆く泰輝に美柑は嘲笑を浴びせた。


「はっ! 金儲けしか頭にないあんなぼんくらなんぞ知ったこっちゃない……さぁ覚悟おし、あたしのかわいい息子どもを返してもらうよ!」

「やれるものならな!」


 言うより早く矢代わりの丸太を放ってくる美柑の真胴に対し、泰輝の亜夏はそれを機会良く太刀で弾き落とす。後ろに陽向たちがいる以上、迂闊な動きはできない。横から後ろに回り込もうとする勘亀の群れに昼間の残骸を掴み投げて牽制する。続けざまに接近してきた真胴を、今度は足下を切り払って後退させた。


「いい動きしてんじゃないのさ? もしかして本当に紅城の真胴者さまかい?」

「俺のことなど気にするな。貴様こそその真胴は張り子の虎か?」

「ふふん、擬胴ひとつに秘密を明かすほど安い女でもないのさ」


 美柑は子分たちに指示を出して泰輝たちをぐるりと包囲する。


「どうだい? 今ならまだ間に合うよ。息子たちを返す気にはならないかい? 何ならあんたを客分に加えてやらなくもないよ」

「断る。山賊なぞに平伏しているようでは紅城の名折れよ!」

「はっ、言葉だけは勇ましいけどね……やっちまいな!」


 呼吸を合わせた勘亀は一斉に突進してくるが泰輝は慌てずにその場から右横に動きその向きにいる二機を斬り捨て、背後まで来ておいてから動きの鈍った残りを蹴散らした。彼らの目的も仲間の奪還であるなら、仲間ごとこちらを倒すような真似はしないはずである。


「やるじゃないか! なら次はこちらの番だよ!」

「むっ!」


 美柑の真胴が何かを放とうとしているのを見た泰輝はとっさに亜夏を右横に動かすが、それは美柑の思うつぼであった。美柑の真胴は後ろに隠し持っていた光弩を逆手で引き出すとそのまま光を放ち亜夏を元の位置に戻す。背後には逃げられない捕虜たちと陽向の姿があった。


「さあ、どうするよ? 次を外すつもりは無いけど、手違いで後ろの息子たちを巻き添えにするかもしれないね。勿論、その見張りをしているお嬢ちゃんごと」

「ぐっ……!」

「泰輝様、私に構わず……!」


 泰輝は己の読みの浅さを悔やむ。切り札があると読んでいながらそれに対応できなかったのは手抜かりというしかない。陽向の言うことも分かるが、こんな戦いで不用意な犠牲を出しているようではこの先の旅路を歩むことなど思いも寄らなかった。

 しかし、百戦錬磨の美柑は泰輝に長考する暇すら許さない、否、一瞬でも動きが止められさえすれば十分である。


「もらったよ、死にな!」


 光弩の引き金がひかれる。光弾は正確に亜夏の元へと飛んでくるが目前で何かに阻まれるように消失した。


「な、なんだい、これは!?」

「御生憎様です、泰輝様たちをやらせはしませんからね!」

「レディ……!」


 またしても危機に同期したかのように亜夏の操縦席に現れたレディに、泰輝も思わず顔を緩める。反撃に移るなら今だった。


「レディ、投影を解くと同時にナナイロを出せ!」

「お安い御用ですよ、っと……暗がりに証せり、その権能の元に望む『真姿解放しんしかいほう』……ナナイロ、展開します!」


 レディの詠唱と共に亜夏は擬胴の大きさから真胴の姿を取り戻し、次いでその身に美しい七色の虹をまとわせていく。その威容に美柑もその子分たちも仰天した。


「な……! こんな化け物がいるなんて聞いてないよ! 紅城の擬胴は一体どうなってるんだい?」

「美柑とやら……どうやらお前に真胴は過ぎたもののようだな!」

「ちょ、調子に乗るんじゃないよ! そんな小娘の力に頼りきりでさ!」


 美柑の真胴は焦りながらも光弩で弾をばら撒いてくるがそれらはすべて障壁に弾かれる。まだ動ける勘亀たちも捨て鉢のように襲いかかってくるが、武器を振るうまでもなくひと蹴りで吹き飛ばされてしまった。

 虎の子の光弩を使い切ってしまった美柑は往生際悪く背中の長巻を抜くと斬りかかってくる。


「この化け物がぁ!」

「……終わりだ、美柑!」


 泰輝のナナイロは冷静に相手の動きを見定めると、掌から光槍を生み出して操縦席があると思われる胸元の下あたりを貫いた。真胴はその一撃で機能停止し倒れ込む。操縦席から這々の体で脱出した美柑はその直後に陽向から刀を突きつけられてついに観念した表情を浮かべた。


「……どうやらあたしの負けのようだね。好きにおし」

「負けたら潔いのね」

「なに、柄にもなく買収されちまったのが運の尽きだったってことさ……」

「……少しだけ待ちなさい」


 嫌な予感を感じ取った陽向はひとまず美柑を縛り上げると泰輝たちが来るのを待って改めて尋問を開始する。

 美柑たち橘党は元々から擬胴を使って国境くにざかいの旅人を恐喝し稼ぎを得ていた。だが一週間ほど前に本拠へおかしな男が現れたのだという。


「今日くらいに亜夏そっくりの擬胴を操る旅人が現れるだろうからそいつを奪い取ってほしい。前金代わりに乗っていた真胴をやるとか言ってね」

「怪しいとは思わなかったのか?」

「そりゃ思ったさ。だが、どこを調べても怪しいところはなかったしさっきの戦いでもおかしなところは見られなかった」


 美柑の話を聞いた泰輝はレディのほうを向き、彼女も「確かに怪しげな強化術が使われた形跡はありませんね」と応じた。


「ただあの真胴の製造元は良くわかりません。記録簿に記載がなかっただけですから迂闊なことは言えませんけど……」

「……黒荘の手によるものと考えられるわけね」

「奴らめ、領家に頼らずとも真胴を造り出せるほどの力を有しているのか」


 襲撃を依頼した男は別に神経質そうな面長の顔をしていて、隻眼ではなかったらしい。


「変に物わかりの良い男だったから逆に警戒したけどね。けどそれきり音沙汰もなく放置のままで拍子抜けしてたところさ」

「なるほど。よく分かった。番所の兵には一言添えておこう」

「なかなか良いところがあるじゃないか」


 その言葉に「蒼司との戦いに備えて戦力は少しでも多い方が良いに違いないだろう?」と真意を煙に巻いた泰輝はレディと陽向のことを見る。


「敵は既に手回しをしていた。これから先も続くであろう」

「はーい、承知です泰輝様」

「用心をするに越したことはありませんわね」


 遅れてやってきた番所の兵士たちに美柑たちを引き渡した泰輝達は今度こそ峠を越えて黄路の領内へと進んでいった。


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