一.紅城のナナイロ
何処かの遠い世、不二の国では真胴と呼ばれる兵器があった。人が乗り込み操縦する全高四十尺を超える巨大なからくり人形同士による戦いは戦乱を巻き起こし、人々を脅かす。先の見えない闘争は永遠に続くかと思われていた。
不二の国の中央部にある紅城。山に囲まれた土地は隣接する蒼司の侵攻により滅亡の危機に瀕していた。
「なめるな!」
宇野泰輝は赤く塗装された細身の真胴「亜夏」の射撃武器『光弩』を連射して迫りくる敵の真胴を射ぬくが、倒しても倒しても敵が迫ってくる。続けて次の一矢を放つべく砲身を向けようとしたところで警告音が響いた。
「くそ、こんなときに!」
光源を喪失し使いものにならなくなった光弩を後ろに放り捨て腰部に下げていた太刀を抜くが勝敗は見えている。しかし、泰輝は敵に突進を仕掛けた。
「ただで負けるか!」
案の定敵からの光弩が雨のように降り注いで機体を次々と貫き、上弦の月を模した頭部の飾りや太刀を持つ腕があっという間に砕かれ動作不能に追い込まれる。紅城が揃えられなかったものをいかにして大量入手したのかは分からないもののそれが勝敗を分けた。
操縦席から水面画に映る敵の真胴の姿を睨みつけつつ脱力して息を吐く。
「紅城も終わりか……」
落胆はするし恨みもあるがもはやどうしようもない。せめて機体を明け渡すのだけは最後まで拒もうと重い羽織を脱ぎ捨て白兵戦の準備をする泰輝にいきなり若い女の声が聞こえてくる。
「あー、ちょっとちょっとそこのあなた?」
「な、なんだ?」
思わず狭い操縦席の中をきょろきょろと見回すがやはり自分以外誰もいない。
「あー? ……探しても見えないよ。私はまだ体がないから」
「新手の幽霊か? それともここはもう冥府なのか?」
「……まあ説明が難しいから幽霊ということにしておきます」
やや呆れた声。
「私に何の用だ?」
「あなたの体を貸してくれません? ここでやるべきことがあるの」
「幽霊ごときに体を渡せるか!」
「まあ、そうか……自己紹介もしない赤の他人に答えられないよね、宇野泰輝様」
幽霊らしきものに名前を呼ばれた泰輝は驚く。紅城一の真胴者として名が知れている将ではあるのだが、こんなものにまで知られているとは思いもよらない。
「それじゃ改めて名乗らせてもらいますか。私はレディ」
「れでい?」
「言いにくいとは思いますけど我慢して……私は世を修正するためにここに来たんです」
「修正? 何をだ」
「真胴が多すぎるの……本来なら無くても良いはずなのに」
相手は妙なことを言いはじめる。
「真胴が多すぎる? 何故そんなことが言えるのだ?」
「説明はあと。この機体も捕まりそう」
「しまった、阿尾か!」
発音の通り青く塗装され名の通り長い尾を生やした真胴二機が亜夏の腕を掴んで運び出そうとしていた。
「腕利きの真胴者さん、どうします? 私は駄目ならすぐに次を探すだけです。ただ、今だけはあなたに委ねますね」
「……体を貸せばこの状況をどうにか出来るのか?」
「それはもちろん」
声は安請け合いしてくるが泰輝はなおも逡巡する。どうすれば体を貸しただけで状況を変えられるのか見当もつかないが、今はどうやら誘いに乗るのが良さそうだった。今は蒼司を止めるのが最優先である。
腹を決めた泰輝は声に告げる。
「分かった! この身体、貴様に預けよう」
「ありがとうございます泰輝様。では行きますね……!」
声は呪言らしきものを唱えはじめる。
「暗がりに証せり……その権能の許に望む……流留及び転写……許可確認!」
声がそう告げた途端、強烈な脱力感が泰輝の体を襲った。活力を根こそぎ攫われるような感覚に目をつむり歯を食いしばって耐えていると、唐突にそれが収まる。目を開けるとそこには髪を丁寧に赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の七色に染めている明るい表情の少女がいた。全身を体の線がはっきり見える白い薄衣で包んでいる。
「やっほー泰輝様、御身体ありがたく借り受けいたしました!」
「それが、俺の……体?」
どこからどう見ても幼い女の体であり、元々のたくましい体の姿は見えない。かすかに顔立ちや目元に面影があるだろうか。
「じゃあ、俺は……?」
「大丈夫ですって泰輝様。あなた様の御身体は御身体でちゃんと元の形を維持させてますから」
言われてみると確かに体の感覚があり、よくよく見ると彼女が膝の上にまたがっているのが分かる。
「これは一体……?」
「泰輝様は文字通り器が大きいの。人間の体をもう一つ造れるほどの余剰があるということ。それ以外のことには手を付けてないからごく普通に真胴の操縦もできるし、活動に支障はないはず」
「よく分からないが……お前はここからどうするつもりだ?」
外の状況は変わらない。機体は引きずられ、どんどん紅城の本陣からは離れていっている。
「慌てない慌てない。体も手に入ったしここから本番ですよ……まずはここを拡張して」
そう言うとレディは手から光を呼び出し操縦席を照らす。照らされた場所がぐにゃりと形を変えて広がっていき、やがて泰輝の右手側にもう一つ小さな座席が作られ膝の上にいた彼女はそちらに移った。
「とんでもない妖術だな」
「居場所もないとね。肝心なのは次です」
手元にある鍵盤らしきものを操り語るうちに亜夏の形状が変わっていき、曳行していた阿尾は危険を察知したのか機体を離して光弩を構える。
「あ! 今の状況であれ喰らうのは流石にまずいです。操縦席直撃は避けないと」
「おい、手足はもう動かせるのか!」
「脚の転写はまだですけど腕ならば」
「分かった!」
良く分からないままだがここまで来ておいて悩んでもいられない。操縦桿と踏圧板を操作して光り輝く両腕で胴体部分を覆い守った。直後に光弩から光の矢が放たれるが腕の輝きに打ち消され、水面画越しにそれを見ていた泰輝は驚愕する。
「吸収した!?」
「間に合ったぁ! 転写完了! 『ナナイロ』展開しますっ!」
赤一色だった機体に橙から黄や緑、青から藍、紫と色が増えていき、上弦の月を示していた頭飾りが光をたたえた満月へと変わり、やや細身だった機体が肉をつけたように体積を増大させていく。やがて立ち上がったのは少女の髪と同じ鮮やかな七色の鎧と満月の飾りを身を包んだ派手な真胴であった。
いきなりの変化についていけない泰輝であったが、外からそれを見ていた蒼司の兵のほうが混沌の度合いはひどい。
「何が起こっているのだ!」
「あの真胴に悪魔でも乗り移ったのか?」
「すぐに本陣に連絡しろ!」
慌て、焦りながらもなおも攻撃をし続けるが光弩の矢はことごとく打ち消されてしまう。
「凄いな……何なんだこれは?」
「対光矢防壁を最大出力で展開してますからね。もうあんなのじゃ倒れませんよ」
「最強の盾というわけか」
泰輝は段々とレディの言うことにも慣れつつあった。彼女のほうが彼に合わせているのもあるが。
「守ってばかりでは勝てません。今度は攻撃です」
「火器や太刀の類は見当たらないが……?」
「そうですね……手を敵に向けてもらえますか?」
「こうか?」
何も気に留めず手を近くにいた阿尾へ向ける。掌から一瞬で光が放たれ敵を貫きその向こうの敵までまとめて撃破した。
「なんと!」
「今のは槍のように伸ばしましたけど、矢の如く短く打ち出したり、太刀のように手に携えさせる事もできますよ」
「至れり尽くせりか」
「あ、ただ広域破壊兵器の準備だけは出来ません。それは禁じ手なので」
「……誰もそんなものは求めていない」
本気なのかどうなのか分からない物言いに疲れを覚えつつ水面画を見ると、阿尾の部隊が引いていくのが分かる。
「撤退か、引き際が良い」
「折角ならもう一機くらい倒したかったですかね?」
「そう出来れば頼もしいが、ここは我々も下がろう。このことを主君に伝えねば」
「紅城定紀公ですか……道々私の事情も改めてお話しますね」
レディは再び鍵盤を操作し機体を元の姿に戻す。
「ナナイロは機体に仕込んでますからいつでも展開可能ですよ。ご心配なく」
「うん……ところでレディというのはお前の本名なのか?」
「お気に召しませんか? それなら力強く大声でレディちゃんと叫んでも良いですよ」
「もう良い……」
まともに聞く気がないらしい可愛らしい声の彼女に構わず泰輝は操縦に集中する。この先に待ち受ける現実を思うと気が滅入りそうだった。
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