第6話
第六話 レーティア
カイルは避難経路を走って戻っていた。
遠くの方で誰かが話しているのが聞こえる。講堂にでるとそこにいたのはレーティアとミシェルだった。
「レーティア!」
「来ちゃだめよ!」
「おやおや、戻ってきたのですね。教師の言うことは理不尽でも聞くべきなのですよ。そうでなければ一定の教育というものが成り立たないのだよ。」
ミシェルが無表情で言った。
「レーティア。そもそも、君を異動させたのには理由があるのだよ。君は逸材だ。私の思考パターンと類似している点がいくつもある。だからこそ、この計画での最終局面は君を手に入れることなんだよ。」
「何を言っているのか理解できません。反乱を起こすために錬金術を学んでいるわけではありません。よりよい未来のため、錬金術を学んでいるのです。」
「そう、その通りだよ、レーティア。よりよい未来のため、君を拾ったんだ。この日のために幾度となく実験を繰り返し、少しの変化も見逃さないようにしてきた。しかし、結局は、緩慢な日々では変化は生まれない。境地こそ人間に進化をもたらすということに行きついたのだよ。」
「傲慢な…。」
「素直についてきてくれないかな。君が子どものころのように。」
―――――――
レーティアが幼かったころ、両親と暮らしていた村は、とても貧しかった。
田畑は痩せこけ、食べる物も満足にないそんな村だった。
ある日、三権になりたてのミシェルが、錬金術の実験と称し、村の再興を手伝いにやってきた。
「私は、フォートラン王国の三権の一『研磨』のミシェル・グロウと申します。この度、王命にて、錬金術によって各地の農村の再興のお手伝いをしに参りました。」
「おぉ。これは、わざわざこんな辺鄙な村へお越しいただきありがとうございます。おもてなしすることもできませんが、何卒宜しくお願い致します。」
痩せこけた村長がミシェルを出迎え言った。
「いえいえ、見返りなんていいんですよ。そもそも再興とともに実験もここで行わせていただければ。」
「どうぞ、痩せた土地でよければ余っておりますので、ご自由にお使いください。」
まず、ミシェルが取り掛かったのは、水源の浄化であった。王国から持参した魔道具を仲間とともに手際よく設置していく。
「これで、いつでも魔力さえあれば浄化された水を自由に使うことができます。」
「なんと!ありがとうございます!」
「それとこの種を育ててください。品種は『モーイ』といって、どんな痩せた土地でも栽培することができます。栄養価の高い植物ですので、主食にすることができると思います。さらに、枯れた葉っぱの部分は、土地を肥やす力がありますので、ほかの植物も栽培できるよになりますよ。」
「なんと、錬金術には頭が上がらない。なんでも叶えてしまうのですね。」
「いえいえ。私ができるのはここまでです。」
「おや?君はどこから来たのかな?」
幼かったレーティアが水源に設置した魔道具の前に立っていた。
「こら、レーティア。お前が触って壊しでもしたら、せっかくのミシェル様のご厚意が無駄になってしまうだろ。」
「いいんですよ。これに興味があるのかな?」
ミシェルは優しい声で聞いた。
「はい。どうして綺麗な水がでるのか不思議で…。」
「ははは、君みたいな興味を持ってくれる子がいるなんて飛んだ収穫になりそうだよ。」
と、ミシェルは笑った。
――――――
ミシェルが村に来て一か月を過ぎたころだった。
「現在のところ、魔道具は無限に使用できるものでは、ありません。定期的な手入れが必要なので、今教えた手順を行ってください。」
村長や村の男に、魔道具の手入れの仕方を教えているミシェルのところに、慌てた様子の白衣を着た仲間が駆け寄ってきた。
「ミシェル様…!村の周りに複数の魔物が!」
「…困りましたね。錬金術師は戦闘力が皆無ですから…。しかし、仕方ありません。どうにか撃退しましょう。村長、村の皆さんを村長の家に避難させてください。良いというまで絶対に出てきてはいけませんよ。」
「わ、わかりました。」
慌てた様子の村長は村人を自宅の倉庫へかくまった。
―――――
「レーティア。大丈夫よ。ミシェル様がなんとかしてくれるから。」
「そうだぞ。あの三権の一の『研磨』様が魔物ごときにやられるはずがないだろ。」
と、レーティアの両親が言った。レーティアは、ことの重大さを理解していないような顔をしていたが、村人のおびえる姿を見て肩をすくめた。外の騒がしい音が一瞬静かになった。そのとき。
「バキッ!」
倉庫の扉が強い力でこじ開けられる音がした。逆光で何がいるのか詳しくは見えなかったが、人の形をした何かがいた。
それは、村人を次々と殺し、バラバラの肉の塊にしていった。血しぶきを上げた肉塊はあたりに飛び散り、倉庫の中が真っ赤になった。鉄のにおいが吐き気をもたらす。レーティアは瞬きもせずその、虐殺を黙ってみていた。
「レーティア逃げろ!」
父親がそう言った気がした。
「レーティア走って!」
母親がそう言った気がした。
目の前でバラバラになった両親の暖かい血を浴びてレーティアは茫然とした。
「マジックアイテム!王酸水晶!」
黄色味がかった丸いビンが投擲され、それにあたった。割れた瓶からドロッとした液体がそれに付着した。
それは、レーティアの目の前で動きを止め、ガタガタと痙攣し始め、付着した液体の周辺から勢いよく溶け始めた。
瞬く間にドロドロの塊になったそれは、村人の死体から流れた血と混ざりあい見分けがつかなくなっていた。
「レーティア!大丈夫かね?」
「…。あ、あ、あ。」
「この子を私の庇護下に置き王国まで連れて帰る!撤退するぞ!」
ミシェルは、魔物と戦っている仲間に呼びかけ、村を後にした。
――――――
その後、孤児となったレーティアは、ミシェルの元で錬金術を学ぶようになり、数年が経った時だった。
「村を守れなくて申し訳なかったのだよ。」
「いいえ。ミシェル様のせいではありません。私を救ってくださいましたし、錬金術まで教えていただいた御恩絶対に返したいと思います。」
「王国に君を留めておきたいのだけれど、成果主義の錬金術の世界では、僕の影響力もここまでということなのだよ。」
「これからは、私自身で成果を出さなければいけませんし、ミシェル様にずっとお世話になるのもいけませんので、お気になさらないでください。」
「では、王国に戻ってくるまで息災で。」
「はい。ありがとうございます。」
レーティアは森の奥で一人で研究をすることになった経緯である。
「素直についてきてくれないかな。君が子どものころのように。」
「なんでこんなことを…。」
「君なら理解できるはずなのだよ。この腐敗した王国を治すことができないことを。どんなに素晴らしい人材がいたとしても、それを有効活用できない馬鹿な天才がいる限りにはね。」
「そんな身勝手な理由で…。」
「なぜ怒るのだい?君だって成果を出したら褒められたいと思うし、実力を認められたいと思うだろう?私はそれを皆にしてあげたいと思っているのだよ。」
「だからといって、反乱を起こす必要がどこにあるんですか!」
「この王国は自浄作用が機能していないのだよ。だから治すことはできない。ゆえに破壊するのだよ。そして再構築する必要がある。一からね。」
「あなたなら別の方法で実現できたでしょう!」
「いいや。これが最善なのだよ。もう幾度となく試した。人は変わらない。だからこそ、衝撃を与えるしか方法はない。荒療治かもしれないがね。」
「では、それを阻止させていただきます。」
「君に出来るのかな?僕は『研磨』。このときのために研ぎ澄ましてきたのだよ。」
ミシェルの前の地面に魔法陣が浮かび上がった。
そこからにゅっと一体の合成人形が現れた。
「説明する必要はないだろ?君には勝てない相手だよ。」
頭に『乙』と記載された合成人形がだらりと肩をすくめた。
「私も森の奥で怠けていた訳ではありませんので、抵抗させていただきます。」
すると、レーティアの前の地面にも魔法陣が浮かび上がりそこから、小さな合成人形が現れた。
カイルは、目を見開いた。その合成人形は、カイルそっくりなものだった。
昔、絶対に入ってはいけない実験室があったことを思い出した。
そこでレーティアは夜な夜な何かをしていたが、いつもの実験だろうと気にも留めていなかったが、その合成人形を見せたくなかったのであろう。
「私の愛しい子は、あなたの野望を打ち砕きます。」
「村人や君の両親のようにバラバラにしてあげるのだよ。」
「なっ!!」
「今更なのだよ。そうあの村人や両親を殺したのはこの合成人形の試作品なのだから。」
そういうと、ミシェルの合成人形は、低い姿勢から高速で移動しカイルそっくりな合成人形に蹴りを入れた。
甲高い音ともに火花を散らし衝撃が走った。
カイルそっくりな合成人形は吹き飛ばされた。砂埃を上げた着地地点へゆっくりとミシェルの合成人形が近づく。
『ファイアーストーム』
片言の発音で、発せられた言葉とは裏腹にとてつもない業火が、ミシェルの合成人形を焼き尽くした。
「カイルの実力を完全には再現できませんでしたが、高レベルな魔法を叩き込むことはできます。」
「合成人形に魔法か。非合理的なのだよ。その合成人形の原動力は魔力だろ?魔力を消耗してどうするのだよ。」
「その前に倒すだけです。」
――――――