第41話
第四壱話 一万一回
コロンは、死んだ。老鬼の圧倒的な剣技の前にほとんどなす術なく死んだ。
しかし、生き返った。コロンは死の追体験をして体が硬直している。震えも止まらない。
老鬼は、状況を理解していない顔をしながらも、
「やれやれじゃて。往生際が悪いとはこのことじゃな。」
ゆっくり近づいてくる老鬼に対して、コロンは反応できない。未だ命が無くなっていく感覚に囚われていた。
老鬼はコロンの髪をグイッと持ち上げ、コロンの顔を見ると、
「何じゃ死んだような顔をして。心が折れているなら復活してくれるな。」
と、言い放ち、コロンの首を掻ききった。
ゴボゴボと息を吐けば血を吐き、その苦しさから逃れるために息を吸うと血が肺に逆流し、さらに苦しくなる。コロンは血を失う冷たさと同時に、自身の血で溺れていた。
「がはっ!ごぼっ…。」
血を吐き呼吸の出来ないコロンは、苦しみの中再度絶命した。
――――
コロンは、消えそうになる意識の中、昔のことを思い出していた。
姉カランと遊んでいたことを、
「姉様は強すぎるのです。」
「ボードゲームで勝には相手より何手も先を読むことよ。」
「私は不器用なので、姉様みたいにできないのです。」
「攻撃だけでは勝てないと私は思っているけど、コロンにはその立ち向かう姿勢自体が脅威だと私は思うわ。」
「どういうことです?」
「コロンこのボードゲームで何回負けたか覚えてる?」
「いや、考えたことなかったです。」
「すでに3,000回は負けてるわ。それでもコロンは、戦いを挑んでる。そこが重要だと私は思うわ。」
「3,000回…。言われると萎える数負けているのです。」
「でも、次は勝てるかもしれないわよ?」
「それならまたやるのです!姉様に一度でいいから勝ちたいのです。」
――――
絶命した。瞬間、またコロンは老鬼の横に立っていた。
「がはっ!」
「死ぬまで殺し続けるしかないのじゃな。」
再度、一刀両断されコロンは絶命した。
………
もう何度死んだかわからないほど絶命した。
コロンは死の追体験で硬直しなす術なく死んでいくだけだった。
そのたび同じ昔の出来事を思い出していた。
「剣をこんなに振ったのはいつぶりじゃのぉ。さらば一万回の小童。」
聞こえたのはそれだけ。コロンはまたも絶命した。
しかし、今回は違った。姉のカランが言った「次は勝てるかもしれないわ」という言葉が、脳内で轟音として鳴り響いた。
「くどいのぉ。」
『ガキン!』と金属同士がぶつかり合う音がした。
「ん?お主、時間稼ぎは終わりかい?」
「戦わずしてただただ死ぬのは終わりです。苦しいのも辛いのも全部わかったのです。だからここからは這い上がるだけなのです。」
「お主、ただただ死んでただけじゃろ?何をいまさら言っておるんじゃ?」
「あなたの攻撃見えただけじゃなくて、防げるようになったのです。」
『!こやつ、死に際のこの一撃を止めるためだけに、成長したというのか?』
「わざわざ手を抜かずに最速で殺していただいてありがとうなのです。」
「死の恐怖を乗り越えることが簡単だと思うのは、思い上がりじゃぞ。」
「たかが一万回なのです。あなたに一度でも勝てばもうそれだけでいいのです。」
『「影纏い:死地憎臨」』
コロンは、止めた一撃を受け流し、攻撃へと転じた。老鬼の光速の剣技を捌きながらとは、言えない。
実質、切り捨てられている。がしかし、絶命した瞬間、硬直することなくすぐさま再度攻撃に向かう。
一瞬でブラックアウトした意識を再度覚醒させ、老鬼に食らいついてく。
『こやつ、どんどん早くなりおる。』
老鬼の光速の剣技に追いつく手段が、死からよみがえりを繰り返しひたすら経験値を積み重ねていく。
途方もない力技。コロンは、それしかないと確信していた。刹那の攻防が徐々に長い時間の戦いになっていく。老鬼の隙のない攻撃や防御に対し、全パターンのトライアンドエラーを繰り返し、活路を見出していくコロン。
もちろん老鬼も負けていない。繰り出される剣技は、常人ではたどり着くことすらできない領域にいる。しかし、それを受け流し、抵抗する小さな小童がいる。何百年と修行し、たどり着いた極地に手の届きそうな子がいる。
『「虚空固め」』
無限ともいえる斬撃がコロンを切り刻んでいく。不老不死の化け物相手に使う技であり、無限に殺傷し続け、いわば殺し続ける封印といったところだ。
コロンは、瞬間移動しその斬撃から逃れたが、200回程度は死んでいる。
しかし、その目はあきらめていない。むしろ、勝つことしか考えていない。死んだことすら理解していない様子であった。
「不死に勝つ術は次の一手が最期じゃ。小童、もう聞いておらんか。」
『「虚空蔵菩薩」』
老鬼が放ったのは、斬撃だったのであろう。空間を切り裂き、次元すらも切り刻んで、ただただ何もかもが霧散し消えていった。壁も瓦礫も空気も塵も何もかも消えた。
もちろん、コロンも跡形もなく消え去った。血の一滴も残らず消えた。
「そらそうじゃろうて、成長を見届けるわけにはいかないんじゃ。わしは勝たねばならんのじゃから。」
『「影纏い:■■■」』
辛うじて老鬼が聞こえたのは、影纏いの声だけだった。
老鬼の持つ、刀の先から塵になっていく。次は柄、手、腕、身体。どんどん消えていく。
まさしく自分の放った「虚空蔵菩薩」であった。
「お主、わしの放った虚空蔵菩薩ごと切りおったのか。」
天井を見上げただただ立ち尽くしているコロンに語り掛けたが応答はない。
「あの一瞬で無限の死から抜け出して、技を盗んだじゃと…。」
老鬼のようにきれいな技とは言えない、粗削りの技だったが、真似ができる代物でもない。
今までの死を相手に押し付けるかのように、なすすべなく老鬼は霧散していく。
「相打ちじゃとよいのじゃけど。」
と、最後に不死のコロンに吐き捨てるように言った。
――――
「コロン!」
放心状態のコロンの側へボロボロのカランが駆け付けた。
コロンからの応答はない。それもそのはず。無限の死を体験した人間がまともでいられるはずがない。
コロンにとっては身体も心も何もかもがここにはない。生きていると言っていいものかわからない。ただ放心状態になり、意識が戻ってくる気配もない。
「コロン。よく頑張ったわね。これからは私があなたの面倒を見てあげるわ。」
カランは、隠していた感情を爆発させて泣いた。
塔の中に響き渡る鳴き声は、ほかで戦っている者たちには聞こえなかった。




