第39話
第参九話 ノワールとカラン
カランは、ノワールの強さに動揺してはいなかった。
「やっぱり、眷属による遠距離攻撃で、本人は高みの見物といったところかしら。」
攻撃を優雅に避け、挑発している。
なぜなら、ここには、コロンがいない。よって、カランの部屋へ連れていく手段がない。
さらには、ノワールほどの魔力を持つ者を招待したとしても、カランの力は通用しない。ある程度魔力が少なくならなければならないが、ノワールの魔力の底は全く見えない。
「攻撃手段がないのかね?防戦一方ではないか。」
眷属である蝙蝠の牙がカランを掠る。
「私は、お部屋からでるときは一つだけ玩具を持ち出すことを許されていたわ。でも、一人で遊ぶものを持って出て行っても、コロンがつまらなさそうにするだけ。それなら、二人で遊べる玩具を持ち出そうと思っていつも、これで遊んでいたわ。あなたもお相手いただけるかしら。」
『「不思議なおもちゃ箱」』
カランは、自らの能力の『カランの部屋』から特殊能力のついた玩具を一つだけ持ち出すころが出来る。これは、コロンがいないときのとっておきといえる。
「小手調べと行こうか。眷属湧き!」
地面から数十体ほどの小型の狼が出現した。空中には蝙蝠。圧倒的に数でカランが不利な状態だった。
「行け!眷属よ!」
突進した眷属たちがカランを襲う。
『「城壁の戦車」』
突如、2つの塔から無数の光の弾が射出され、眷属たちは影に戻った。
「城壁の戦車は、自動的にあなたの眷属を撃ち殺し続けるわ。」
「これで弱い眷属は、封じられたわけか。では、次の眷属を呼ぶまで。吸血の大鬼」
体長2mを優に超え、上半身の筋肉が異常に発達した真っ黒な毛並みのオーガが出現した。
すでに興奮状態で、地面をどしどしと叩いている。城壁の戦車の光弾は、分厚い毛と皮膚で弾かれている。オーガは、その巨体とは裏腹に俊敏な動きで、城壁の戦車に殴打を繰り出した。しかし、鈍い音を立てただけで城壁の戦車は、まったくの無傷であった。
「城壁の戦車を破壊することはできないわ。もう盤上にあるのだから。あなた達は思い出と一緒に消えてもらうわ。」
「吸血の大鬼よ!あの小娘を直接狙え!」
高速で向きを変え興奮気味のオーガが、カランのところへ向かってくる。
『「象の司教」』
オーガが剛腕を振りぬいた。しかし、そこにいたカランは、別の場所へ移動していた。
象の司教の銅像はとくに動くこともなくただ後方に召喚されていただけであったが、これが象の司教の能力であった。
「一定の範囲であれば瞬時に移動させる能力か。小賢しいな。まずはその像達から破壊する。」
ノワールは、空中から風を纏い回転し城壁の戦車の光弾を弾きながら、城壁の戦車の近くまで接近した。
『「大血槍」』
そういうと、真っ赤に血塗られた大槍を手に一閃。城壁の戦車を突いた。オーガでもびくともしなかった城壁の戦車に少しだがひびが入った。
「硬いがこの程度か。出力をあげれば簡単に落とせる代物だ。」
「そうはさせないわ。コロンの歩兵隊」
城壁の戦車や象の司教の周りに8体のコロンの姿をした銅像が出現した。
「私の妹は近接戦闘が得意なの。」
「そんなにこの銅像たちが大切か?」
「ええ。そうね。これは…。確か…。何だったかしら。」
「…?ふん。なんだ?覚えていないのか?お前の能力なんだろ?」
『おかしいわ。能力の使い方はわかる。でも、そのきっかけとなったことが思い出せない。』
「まぁ、あなたに話すことでもないからどうでもいいわね。」
オーガやノワールと近接戦闘をしながら城壁の戦車の光弾がじりじりと相手に着弾している。
象の司教の能力は、コロンの歩兵隊にも働いており、疑似的なコロン張本人を8人出現させている状態であった。
「遠距離と接近戦両方に対応か。なかなか面倒だ。状況を変えさせてもらおうか。」
ノワールがそういうと、大きな魔法陣が出現した。今まで戦っていたオーガが魔法陣に吸い寄せられ取り込まれた。
『「浄血の雨」』
頭上から針のような硬質の血の塊が雨のように降り注いできた。銅像たちには、特に効き目がないが、カランは違った。肉体である以上その雨は容赦なく体に突き刺さった。
「広範囲の魔法だ。オーガを贄にして発動させたのだ。その効果は絶大だろ?」
『象の司教で位置を動かしても避けきれないほどの数だわ。次の一手を切るしか…。』
片膝をつき腕で血の塊を振り払いながら、カランは次の一手を出した。
『「高潔の女王」』
先ほどまで片膝をついていたカランがゆっくりと立ち上がった。その姿は、銀白の鎧を身に着けた女王とは言い難い姿をしていた。
その鎧は、降りしきる血の塊を弾いているが、完全には防ぎきれていないようだった。
しかし、鎧の中のカランは、確かに回復している。
『高潔の女王は、防御力を上げることと、装着している本人を治癒する能力がある。しかし、ノワールの浄血の雨によって常にダメージを負っている状態なので、回復速度が遅くなっている。』
「それを常時発動していられるほどの魔力はもう残っていないではないかい?」
「だから、次でチェックよ。英雄の騎士」
カランのオーラが白く輝いた。手には、先ほどはなかった剣が握られている。
剣を構え、高速でノワールに向かっていくカラン。ノワールは不敵な笑みを見せている。
『「大血海」』
血の津波が押し寄せカランを飲み込もうとしている。というよりもこの場にあるすべての物を押し流そうとしている。
しかし、カランは津波へ突進した。
「城壁の戦車!!」
カランが叫ぶと、城壁の戦車から特大の光弾が津波に照射された。
その光弾は、津波に人ひとりが通れるほどの風穴を開けた。カランはそこに飛び込み、剣を振りかぶった。
「…大血槍」
ノワールは読んでいた。カランが全て後手であるが対応してくることを見込んで用意していた。
大槍が放たれた瞬間、カランが叫んだ。
「象の司教!!」
カランの姿が消えた、と同時にノワールが目を見開いた。自分の周りに8体の銅像がナイフを突き立てていた。
「身動きがっ!」
頭上から剣を振りかぶったカランが渾身の一撃をノワールに叩き込んだ。
ノワールは真っ二つになった。
カランは、その場に剣を突き立て膝立ちになり、満身創痍といったところだ。
「…はぁはぁ。ナイフとフォークより重たいものを持ったのはこれが初めてだわ。」
カランがそう勝利に酔いしれているところに水を差したのは、真っ二つになったノワールだった。
「実にいい手だった。しかし、私は血そのもの。形があると思うかい?」
「往生際が悪いわね。けどあなたが、死なないことは織り込み済みよ。」
「ほう。私を倒す術があると?」
「私にはないわ。でも、私が四天王を真っ二つにできるくらいの剣捌きができるって証明できただけで十分だわ。これでチェックメイト。」
『「空の玉座」』
「このゲームは、最初からあなたが王様だったのよ?その空の玉座はあなたが座ることでこのゲームは終わり。」
「なんだ?体が動かん。」
「私は肉弾戦とかそういうのは、好きじゃないの。特殊勝利って奴かしら。」
「お片付けして、箱にしまっておしまいよ。残念だけどこのゲームはできないかしら。えーっと、なんていうゲームだったかしら?」
そういうと、ノワールの座った玉座は、ノワールごと銅像になった。
それまであったほかの銅像は小さな箱に戻っていく。ノワールもまたその箱に閉じ込められた。
もとの姿に戻ったカランは、その小さな箱を『不思議なおもちゃ箱』にしまった。
カランは、気づいていなかった。不思議なおもちゃ箱を使うと大切な記憶が無くなってしまうことを。
3か月実家で療養していました。
家に帰ってきたので、またゆるゆると更新していきたいと思います。
 




