第32話
第参弐話 ノワール
魔城の中をカイルが歩いていると、時折ノワールとすれ違うときがある。
彼は通り過ぎる際にいつも舌打ちをしてくる。万人受けする人間などいないし、ここではノワール以外の皆にはよくしてもらっているとカイルは思っていたので気に留めていなかった。
そんな時だった。いつものようにDr.ストレンジラブの医務室から出て自室に戻るとき、ノワールとすれ違い舌打ちをされた。しかし、この時はいつもと違った。
「おい、貴様。人間ごとき下等な種族が魔城を歩き回り、ましてや我々の魔城に何もせず居候とはいいご身分だな。」
「何か僕はあなたにしましたか?」
「その態度…。人間ごときが、無駄な知性を持ち合わせているのが哀れに思えるほどだ。」
「人間が嫌いですか?」
「あぁ。嫌いだとも。傲慢で卑しく、この世の罵詈雑言を浴びせても足らぬくらいにな。」
「そうですか。僕も人間は嫌いです。愚かで脆く弱い。だからこそ強い者に縋り、自分の存在意義を他者にゆだねてしまう。そんな人間が嫌いです。」
「ふん。まさに今の貴様のようではないか。ニブルス様のお気に入りか知らないが、私は認めん。人間は下等な生き物でしかない。自己の欲に従順で、とてもではないが理解しがたい。」
「認めなくていいですよ。僕自身ここにいる意味を見いだせていないですし。一応療養何でしょうかね。」
「はっ。その陰気な病なら他者に移さぬよう自室にこもっていればいいではないか。」
「そうだと思います。しかしながら、役割を与えてくれるニブルスにはお礼をしないといけないなとも思っていますので。」
「貴様風情に役割があると?片腹痛いわ。うぬぼれるのもいい加減にしろ。貴様は慈悲によって生かされている。その慈悲に見合うだけの対価をお前は差し出す必要がある。それが貴様に出来るのか?」
「先のことはわかりません。ですが、魔族や人間としてではなく、一人の生物としてその時が来たら答えを出そうと考えています。」
「同族を殺すことも選択肢に入ると?」
「苦悩すると思いますが、選択肢がなければそうせざるを得ないのでしょうね。」
「口ではいくらでもいえる。私は貴様の友人だか知らんが、敵対する場合が容赦しない。最大の苦痛を与えて殺すだろう。それが人間族と魔族の生物としての本能なのだから。」
カイルは考えていた。王国と魔族の戦いが近いことを。そのとき自分がノワールのように確固たる意志で動けるのかどうかを。
そのとき、漠然とした答えでは、誰もが許してくれないのだと思っていた。
ノワールは、言いたいことを言って去ってしまった。
友人たちが自分を奪還してくれる状況下と、それと見合わない高待遇の魔城生活。どちらが自分の本当の居場所なのか、また悩みの種が増えてしまった気がした。
「どうしたらいいんだろう。」




