第3話
第三話 努力
教室へ戻ると何やら騒がしい声がする。
「おい。カラン、今の発言を取り消せ!」
と、ラヲハが鋭い目をしていった。
「姉様、ラヲハ君は姉様の言ったことを取り消すように要求いているのです。」
「ふん。なぜ、あなたがそんなにムキになっているのか、理解できないわ。」
「ラ、ラ、ラヲハ君もういいのですから。」
うつむきながら少し涙目のヴェネロペが言った。
「才のない人間がいくら魔術をやっても、しょせん落ちこぼれは落ちこぼれのまま。本当のことを言って何が悪いの?」
カランが腕を組みながら言った。
「努力は才に勝る。努力するやつを笑うやつは、誰だろうが許さねえ。」
「ふーん、とういうことは、あなたにも才がないのね。」
「あん?やってみるか?必要があればこの場でぶっ飛ばしてやるよ。」
「姉様に手を出すのであれば私が許さないのです。」
カランの前で大きく手を開いて出たコロンが言った
「そこまでだ!なにがあったんだよ!」
カイルが勇気を振り絞り言った。
「あなたもこの無能のお仲間?愉快でいいわね。」
「てめぇ。…」
「ラヲハ、挑発に乗るなよ。」
「私が悪いんです。実習の時魔法をコントロールできなくてカランさんに当てそうになってしまったから。」
「あんな下手な魔法は初めて見ましたわ。まあ、あの程度の威力の火球では私をどうにかできるはずありませんけど。しかし、あなたみたいな無能が同じ教室にいることで虫唾が走りますわ。」
嘲笑しながらカランは言った。
「…。本当にごめんなさい。」
ヴェネロペがうつむきながら言った。
「姉様、ヴェネロペさんが謝罪しているのです。」
「ここは、アカデミーで最初から実力がある人が入ってくるとは限らないし、志があれば入学できると聞きましたが?」
カイルがカランへ言った。
「さらに言えば、ヴェネロペさんは複合魔術使いで才に恵まれています。同じ戦場にいたら頼もしい仲間じゃないですか。」
カイルは柔らかくも少し棘のある言い方をした。
「姉様、カイル君はヴェネロペさんが仲間だと言っているのです。」
「はッ!仲間?笑わせないで。戦うときはいつも一人ですわ。作戦や連携があったとしてもそれを実行するは自分自身ですわ。」
「だから努力するんだろうが!」
ラヲハは語気を強めて言った。
「どんなに努力を積んでも才には及ばない。なぜなら才あるものもまた努力しているのだから。ヴェネロペさん入学早々だけど、退学したらどうかしら?」
「てめぇ。ふざけるなよ!」
「…それはできませんッ!カランさんみたいな才能はないかもしれませんが、努力して三権やそこまでいかなくても宮廷魔法団に入り、私のような両親を魔族に殺された子たちの光になりたいんです。」
ヴェネロペが今にも涙がこぼれそうな目を開いて言った。
「今度は不幸自慢かしら?それとも夢物語かしら?」
「お前本当にいい加減しろよッ!」
ラヲハがこぶしを握り前にでる。
すると、教室のドアががらがらと開き、レーティアが入ってきた。
「席についてください。一部始終を聞いていましたが、もうチャイムはなっているはずですよ。」
レーティアが言った。
「カランさん、相手の人格や努力を否定する言葉は慎むように。講義の前に少しお話をしましょう。戦場において、剣術士、魔術士は最前線に行くことが多いでしょう。錬金術師はその後衛でのサポートです。日々努力することは当たり前の前提です。しかし、戦況を変える強者には、才がある。その才ある強者を努力のみで勝つのは不可能でしょう。しかしながら、三権制度をとっているこの王国は、すべての術者たちが協力して勝ってきました。決して一人が欠けても勝てないのです。どんな才を持っていようが、団結力の前には無力なのです。一対一の戦いの場が都合よく起こるほうが珍しい。一対一の場面は強者として認識されていて確実に殺そうとしてる場合がほとんどです。その時になって仲間の大切さを知るんでは遅いのですよ、カランさん。」
少しの沈黙が流れた。
「カランさんにとって妹のコロンさんはどういう存在ですか?」
レーティアが優しい口調で聞いた。
「全てよ。コロンのためなら命だって差し出すわ。姉妹だもの。」
「では、その感情の一端をヴェネロペさんにも向けてあげてください。」
「…………ッ。しかたないわね」
「あ、あ、ありがとうございます。」
ヴェネロペがペコペコとお辞儀して感謝した。
「カラン、努力する奴を馬鹿にしたら次は許さないからな」
ラヲハがにらみつけた。
「…………。」
カランは無視をして席に着いた。
「まあまあ、ラヲハもう大丈夫だよ、カランもこれで懲りたと思うし。」
「あぁ。ヴェネロペ何かあったらすぐに言えよ。」
「あ、あ、ありがとう、ラヲハ君」
―――――――
王国某所の地下
「ふう。あと半年ほどで完成する。やはり大量生産するには素材がたくさん必要だ。量はできた。あとは詰めの質を高めるだけ…。」
暗がりの中で男がぶつぶつ話している。
―――――――
校庭の演習場でカイルがヴェネロペに話しかける。
「今日もよろしくね。ヴェネロペ」
「あ、はい。よろしくお願いします。」
「では、得な属性魔法で先にある木人を攻撃し、破壊できるまで行ってください。」
魔術教官が言った。
『あまりいろいろな属性が使えることを知られると面倒なことになりそうだな。』
カイルは心の中でつぶやいた。
「カイル君、私の魔法を見ていてもらえるかな?」
「うん、いいよ。ヴェネロペは火と土の両方が使えるんだったよね、すごいよ!」
「でも、適性はあるけど全然魔法が上手くなくて。」
「とりあえずやってみせてよ。」
ヴェネロペは自分の中の魔力に集中して発動させた。
「『火球』」
手のひらサイズの小さな火は、ひゅるひゅると木人のほうへ飛んでいき着弾した。
しかし、燃え上がるとはいいがたく少し焦げたにおいがする程度だった。
「うーん。魔力量が少ないのかな?」
「そうだよね…。魔力の底上げはずっとしてきたんだけど。」
「そうなんだ。そしたら魔力のコントロールが上手くいっていないのかもしれないね。見てて」
そういうと、カイルは両手に小さい火を出した。その日は交互に大きくなったり小さくなったりしている。
「この訓練をすると魔力のコントロールのコツがつかめるようになるよ!」
「すごいね!カイル君、同時に火球を二個出すなんて。」
「それ自体はそんなに難しくないよ。けどその火を維持して小さく大きくするのが難しいんだ。やってごらん。」
「うん、えーっと…。」
ヴェネロペは見様見真似でカイルと同様のことをしようと試みた。
しかし、両手に火を出すことはできたが、火の勢いを変えるのはできなかった。
「練習あるのみだね。助言するなら、火に魔力という油を注ぐイメージで、小さくするならヴェネロペの場合、土でもかけるイメージのほうがいいかな?」
そんな話をしていると、魔術教官が、近寄ってきた。
「カイル君、君はいつから教官になったのかね。君の分の木人は新品のままだよ?」
「あ、すいません。」
と、カイルは頭を下げ、先にある木人へ手をかざした。
『ヴェネロペが土属性も使えるなら、見せてあげたほうが上達の足しになるかな?』
カイルの周りの大気が少し渦を巻きながら漂い、カイルへ流れ込んだ。
「『散弾礫』」
無数の握り拳程度の石が何個も発射され、木人にぶつかりバキバキ時の折れる音だし、地面へ倒れた。砂埃が舞う中でよく見えないが、その木人の体の赤いマークは正確に射抜かれていた。
「すごいッ…。」
ヴェネロペが驚いている。カイルは、恥ずかしそうに頭を掻いている。
「魔力のコントロールさえできればヴェネロペも出来るようになるよ。さっき教えたやり方は独学だから先生に確認したり、自分なりのコントロールの仕方を試してやってみたらいいと思うよ。」
「カイル君ありがとうね。私何をやっても上手くいかないんだけど、魔術のことだけはあきらめたくないんです。」
「そうなんだ。ならいっぱい練習して使いこなせるようになろう。」
「はい。カイル君も複合属性の持ち主だったんですね。私と同じ火と土…。」
「え、ああ、まあ。」
カイルは目を逸らした。
『自然魔力には属性がないから全部の魔法が使えるなんて言えないよな。』
「たまたまね。属性に恵まれていたみたい。」
「カイル君はすごいんですね。」
各々の適性のある属性の魔法が飛び交う中、演習場の橋でカランが日傘をさして座っていた。
「ふん、あいつも複合属性なんて生意気だわ。」
「今日もあなたは、さぼりかしら。」
レーティアがカランの横に近づき言った。
「錬金術師の先生は暇みたいね。」
「まあ、私の生徒の専攻している分野の進捗を確かめるくらいの時間はあるわ。それで、あなたは練習しないのかしら。」
「私はいいのよ。妹のコロンが頑張ってくれているから。」
「妹任せな姉か。すべて任せていいのかしら。」
「努力なんて意味がない。努力すべき人間は、最初から決まっているわ。それは、才能のないものよ。」
「その年で、わたしに講義するとはね。しかし、才ある者もまた努力しなければ地に落ちる。これも証明されていることでしょ?」
「私のはただの才じゃない。完成している完璧な魔法。生まれつき完璧な魔法。だから実践の時しか使えない。こんな演習場では何の練習にもならないわ。」
「カランの適性属性は闇属性だったはね。『影の塊』くらいの練習はしておいた方がいいんじゃないかしら?」
「…いらないわ、そんなもの。」
カランは遠くで魔術専攻の妹が剣術の演習を行っている方を眺めた。
ラヲハは軽めの模造刀を握りしめ踏み込み木人に切りかかる。
「おりゃっ!」
木人に当たった模造刀がバキっと音を立てて弾かれる。
「魔力を使わずに木人素振りをあと1000回だ!」
筋肉の盛り上がった長身の教官が叫んだ。疲労からか悲鳴とうめき声が聞こえた。
ラヲハはとても涼しい顔をしている。その横でコロンがナイフの形をした模造刀を木人に刺している。
「コロン。お前なかなかやるな。」
「姉様を守るのは、私の役目なのです。これくらいの修行じゃ何の鍛錬にもならないのです。」
「また、姉様かよ。どんだけ姉ちゃん好きなんだよ。」
「姉様は、最強です。しかし、私がいないといけないのです。双子はそういうものなのです。」
「ふーん、そうかい。ところでお前魔術専攻じゃなかったのかよ?」
「私は魔術専攻ですが、剣術の剣捌きを覚えたくて演習はこちらに参加しているのです。」
「剣術と魔術は、魔力の使い方が違うから同時には使えない。魔術特化になったほうが何かと融通が利くんじゃねえか?」
「私は、不器用なので1つの魔術しか使えません。しかも殺傷能力がありませんので、剣捌きを身に着けたいのです。」
「なるほどな。その前のめりの姿勢嫌いじゃないぜ。とは言いつつもお前はナイフ、俺は剣だから教えるのはできないけどな。」
「ナイフの基本は、フィルチ家で学んできました。あとは反復練習で体に染み込ませるだけなのです。」
「俺も負けちゃいらんねえな。」
魔力を使わない木人打ちを終えると、魔力を使った木人打ちが始まった。
――――――
カイル達が入学し半年ほどたったころのことだった。
「錬金術とは、主にモンスターの素材や鉱石などを魔力で結合し新しい素材にすることを言う。この時その素材の質によって効能や出来上がりの質も左右される。と、まあ錬金術専攻の者がいないクラスでは、私もそれほどやる気が起きないな。」
レーティアがあきれた顔で言った。錬金術の話を聞いているのは、カイルとヴェネロペだけで他は寝ていた。
カイルが慌ててレーティアに質問をした。
「せ、先生。合成人形について教えてください!」
「ん?急にどうした、いいんだよ気を使わなくても。」
「いや、山奥で住んでいた時にレーティア先生は、合成人形の作成もしていたじゃないですか。一体しか知りませんけど…。」
「合成人形か。ヴェネロペもいるので複雑な話は避けて簡単に説明すると、合成人形とは、素材を使い人形を作成し、魔力や魔法陣を使って一定の命令に従わせられるものだ。合成人形はその作成者の魔力に依存するため、作成者の命令しか聴かない。素材の質、特に鉱石の質によっては高性能な合成人形をつくることができる。主に工事現場や人間の立ち入れない災害区域などに派遣して作業を行わせることが目的だ。」
「なるほど。もしかして、僕が魔法使えなかったら合成人形に家事をやらせようとしてたんじゃ…。」
「んん。ヴェネロペは何か合成人形について聞きたいことはありますか?」
咳払いをしてごまかしたレーティアが言った。
「ご、合成人形の弱点や破壊方法は何ですか?」
「うーん。術者を倒すか、合成人形を粉々にするしかないな。合成人形は作るのにかなりの時間と手間がかかる。魔力を練りこんだり、パーツごとに魔法陣を織り込んだりと複雑な命令をこなさせるためには、素材の質も高くなければならない。ゆえに合成人形は、硬質なうえにどんな魔法が練りこまれているかわからないので、術者を倒すのが一番手っ取り早いと言えるな。」
「な、なるほど。ためになりました!」
ヴェネロペは自分のノートに書きこんでいる。
「錬金術の話は、これくらいにして君たちの専攻魔術の進捗を確認したいのだが、どうだろうヴェネロペは?」
「魔力のコントロールが上手くいかないのが課題でしょうか…。」
「そうか、なら…。」
『まさか!レーティアは魔術訓練と称した拷問をヴェネロペに受けさせるつもりじゃ…。』
カイルは山奥にいたときの過酷な修行を思い出して血の気が引いた。
「ヴェネロペ、頭の上にこぶし程度の石礫を作りなさい。」
『やっぱりだー。それは、魔力コントロールの修行の時やったやつだ。僕の場合水だったから濡れるだけだったけど、石礫って…。』
「わかりました。これでいいですか?」
ヴェネロペの頭の上に500グラム程度の石礫がふわふわ浮いている。
「食事をするときも、練習をするときも、授業を受ける時も、トイレにいるときも、寝る時も常にそのまま魔法を発動し続けなさい。気がゆるんだりコントロール出来なければどうなるかわかるわね。」
「…。あわわ…。」
ヴェネロペが慌てふためいている。
そりゃあそうだ。500グラムの石礫が落っこちてきたらたんこぶでは収まらない。流血ものだ。最新の注意を払いながら授業を受けているヴェネロペだが、見ているこちらもハラハラする。
「イダっ!」
ゴンと鈍い音ともに石礫がヴェネロペの頭に直撃した。
「だ、大丈夫!?ヴェネロペ!?」
「う、うん、これくらい大丈夫。」
大丈夫というヴェネロペの頭から血が出ており顔に血が滴っていた。
これからヴェネロペの修行という拷問の日々が送られていくのであった。