第24話
第弐四話 カランの懺悔
カランは毎日のように集団墓地に足を運んでいた。ヴェネロペの墓標のまえで、何かを言っている。
そこにはコロンはいない。まだ誰もが寝ている早朝のことだからだ。
「私はあなたに負けた。だからこそ、あなたを超えたいわ。亡くなってもまだ私を煩わせるなんて、勝手な女なのよ。私一人では部屋に籠ることもできない。こんな私に何ができるというのかしら。教えなさい。ヴェネロペ…。」
墓標に向かい、ただ強くなろうとしているヴェネロペを思い出しながら、カランもどうしたらいいのかを考えていた。
「私の魔法はコロンがいないと、発動できない。だから、私一人で戦うことはできない。あの子にも自立してもらわないと困るわ。だから、私の、私だけの魔法を手に入れないと。」
そういうとコロンとの昔のことを思い出した。
―――――
それは、フィルチ家の屋敷にいたころの思い出だった。
「お姉さま!遊びに来たのです!」
子ども部屋にしては、とても広い部屋にコロンが飛び込んできた。
「コロン。部屋に入るときはノックをするものよ。」
「はいなのです…。」
「別に怒ってないわ。今日も元気みたいね。」
「今日は天気がいいので、お外で鬼ごっこをしたいのです。」
「…。女の子が外で走り回るなんて、お父様に知れたら怒られるわよ。」
「なんでなのですか!コロンも外で遊びたいのです!」
「聞き分けなさい。今日もチェスの相手をしてちょうだい。」
「チェスは嫌いなのです。お姉さまに勝てる気がしないのです…。」
「何手先も考えるのがこの玩具の面白いところじゃない。」
「コロンはシンプルなものがいいのです。頭を使うのは苦手なのです。」
「じゃあ、私にチェスで勝てたら鬼ごっこをしてもいいわ。」
「本当ですか!?なら、コロンは本気を出すのです!」
カランとコロンの両親は、貴族であった、ゆえに二人は何の不自由もなく生活出来ていた。
しかし、厳しい父親は、二人を外には出さず、箱入り娘というよりは、ほぼ軟禁状態であった。唯一の救いは、カランの部屋に合った玩具の数々を二人で楽しむことだった。窮屈な生活を強いられていた二人だったが、二人であればなんだって乗り越えられる気がしていた。
そんな二人への教育も厳しく、闇魔法に特化したフィルチ家の中でも、出来ることが少ない二人は使用人からも、稀有な目で見られ、息苦しい思いをしていた。
そんなとき、カランが父親に直談判をした。カランとコロンをアカデミーに入学させてほしいと。
父親からはもちろん反対された。外にすらろくに出させてもらえていなかったのだ。当たり前のことだった。
「何を考えている。お前たちには、もう決まった嫁ぎ先もあるのだ。そこで失礼の内容に役割を全うすることがフィルチ家の繁栄につながることがお前にもわかるだろ。」
「しかし、このままでは世間知らずのお嬢様として、ずっと扱われて生きていくことに…。」
「それのどこが悪いんだ?所詮お前がアカデミーに言ったとしても、上手く世渡りできるとは到底思えないがな。」
「…。だからこそ、だからこそアカデミーに入学させてください。」
「しつこいやつだ。何度言っても無駄だ。入学は許可しない。」
「ならば、お父様の得意なチェスで決めるのはどうですか?」
「なに?お前が私とチェスで勝負だと?笑わせるな。お前が勝てるわけがないだろ。」
「私が勝ったら私とコロンをアカデミーに入学させて下さい。負けたら、一生この家の掟に従って生きていくことを約束します。」
「まあ。アカデミーに入学したとして、卒業したらフィルチ家に戻ってもらうぞ?それでもいいのか?」
「わかりました。それでもいいです。」
父と娘は盤上で戦い始めた。
自分の意志を貫くために負けられないとカランは思った。さらには、この戦いはコロンのためでもあった。フィルチ家からしたら次女として生まれたコロンの未来など大したころではない。それを救うには、フィルチ家から抜け出す時間が欲しかった。アカデミーに通う数年の間で、何かを変えることが重要だと。
カランは父親をねじ伏せた。圧勝だった。父親が弱いわけではない。カランが強すぎたのだ。
目を見開いた父親は、諦めたようで。
「なんと無駄な労力を。…アカデミーの入学は許可する。しかし、卒業後は必ず戻ってこい。」
「感謝します。」
―――――――
今はアカデミーが崩壊し、卒業も何もない。しかし、アカデミー生は騎士団や魔法団に吸収され、研鑽を積むことになった。その話は、アカデミー生の親にも伝わっている。しかも、王命で。
カランは、チャンスだと思っていた。このまま、王宮魔法団で成果を上げればフィルチ家にも戻らなくて済むのではないかと。成果を出すためにも、自信が強くならなければいけない。
そんな打算的なことを考えるたび、カランはヴェネロペの墓を訪れる。
「ごめんなさい。私は、あなたみたいになりたいのかもしれないわ。あなたのように一心不乱に何かを貫く意志を私も欲しいわ。」
カランは、憧れと言っていいほどの小さい後ろ姿に、自分もなりたいと渇望していた。
 




