第21話
第弐壱話 カイルと魔王
カイルは豪華絢爛といえる部屋に鎮座する玉座の前に立っていた。その顔は暗く、今にも死んでしまいそうな絶望の表情をしている。
「いつまでも、そうされているとこちらも滅入ってしまうよ。どうだい?おいしい物でも用意させよう。」
にこやかだが目に生気のない魔王ニブルスが言った。
「大変な苦悩や苦労は誰にでもある。けど、それは君にしか理解できないと高を括っていないかい?」
「わかるはずない。」
「ほら、そうやって。寄り添うことを拒絶するのは、辛いこととまったく関係のないことだろ?」
「じゃあ、僕は何をすれば。」
「今、君は大切な人をなくし、心が空っぽなんだ。それなら何かで埋めるしかないだろう。ちょうどいい。ここには君みたいに傷心できるような人間はいない。もっと客観的に物事をとらえる心無い者たちの集まりさ。僕は違うけどね。これでもちゃんと人間を理解しているとも。君が思っていることを話してみると言いよ。」
「なぜ、僕にそんなことを?」
「ただの暇つぶしさ。長く生きていると暇でしょうがないんだ。だからこそ、いろんなことに興味を持って毎日トキメキたいんだ。大切な人を亡くした人はいろいろ見てきたけど、君みたいな強大な力を持っているのに人間の心はなんて弱いんだってね。興味だよ。あとは、君と僕は似た者同士みたいなものだから。」
「興味…。今の自分には、そんなもの一切湧いてこないですね。」
「じゃあ、君は何にトキメくんだい?魔術の練習かい?それとも運動している時かい?それとも食事をしているとき?何に君は心動かされるんだい?」
「そんなものありませんよ。一時期、魔力がなくても魔術を使うことに対して熱を持っていたのはありましたけど、今は何にも湧いてきません。」
「ふーん。これは重症みたいだね。生きることに意味を見いだせないでいるんだね。ならどうする?僕の傀儡となって人間族を滅ぼすかい?それとも、自分の意志でここで生き方を模索するかい?」
「傀儡のほうが楽かもしれませんね。何にも考えなくてすみますし。」
そういった瞬間、カイルの頬がスッと切れた。
「やめてもらえるかな。生ある限り自分で選択するしかないんだよ。僕が人形に興味があると思うかい?なら、自分自身で死を選択する方に僕は賞賛を送るよ。君ならそう言ってくれると思ったんだけどね。」
生気の感じない瞳がさらに暗くなったニブルスが言った。
「ごめんね。脅しじゃないんだ。僕は君に元気になってもらいたいだけなんだよ。ここで自分を模索して生活してもらってかまわない。振り返ったときに自分で選択したことが後悔しないような生き方が出来るといいのだけど。」
「…。釈然としないですが、ありがとうございます。」
「まあ、暗い話はこれくらいにして、君に役割を与えたいと思うんだけどいいかな?」
「なんでしょうか、それは。」
「魔族の四天王のオブザーバーとして参加してもらいたいんだ。とりあえず、出てきていいよ。」
ニブルスがそういうと、玉座の左右にふと、異形の者が4人並んだ。
「紹介するね。第四次席のDr.ストレンジラブ。彼女は見てのとおり、お医者さんだ。君の心に開いた穴を埋めるサポートをしてくれるよ。」
白衣を着た豊満な体つきの長身の若い女性は、レーティアを思い出させたが、その顔や腕、足はつぎはぎだらけで生きているとは到底思えない色をしていた。
「次に第三次席の吸血鬼のノーブル・ノ・ノワール。彼は戦闘員とは別に姿を上手く隠せるから諜報部の役割をお願いしているよ。」
そう紹介された男は、いかにも吸血鬼というマントを付けてはおらず、ピシッとしたタキシードに白い手袋をしており、執事のようだ。しかしながら、血色の悪い顔をしている。見た目は20代後半といったところか。
「次に第二次席の鬼族の老鬼。彼は見ての通りおじいちゃんだけど、陸上戦の最終兵器なんだ。まあ、戦っているところあんまり見たことないけどね。」
白い髭と杖がいかにも年を取っているかを物語っているが、植物のような魔力の澄んだ流れを感じることができた。まさにそこにいるのにいないような不思議な感覚だった。
「最後に、第一次席で統括の悪魔のギルニア。彼女は地獄の管理もしているから忙しいんだけど、魔城のことでわからないことがあればなんでも聞いていいからね。」
そこにいたのは、焼け焦げた羽を背中につけ、頭には真っ黒くボロボロになった環を付けた堕天使がいた。貧相な体つきをしているが、キラッと光るメガネが印象的で知的な印象を与える。
「ニブルス様、発言してもよろしいでしょうか。」
「うん、いいよ。なに?」
深々と頭を下げ、ギルニアが言った。
「この人間族の子を私たちのオブザーバーとして参加させるとのことでしたが、戦闘の際少々問題が生じる可能性がございます。というのは、魔族側の情報が流出する懸念があること。そして、人間側について反旗を翻す恐れがあること。この二つが私の考える懸念材料なのですが、どうお考えでしょうか。ご教授いただければと思います。」
「うーん。あんまり気にしていないよ。カイルは、人間族の反乱で大切な人を亡くしたんだし今更人間族に加担するとは思えない。それともし、カイルが本気で戦ったら君たちじゃ勝てないと思うよ?だから、裏切らないように、精神的に弱い彼を僕たちでサポートして、彼の力を借りる時が来たらお願いするって感じじゃダメかな?」
「承知いたしました。待遇としては、私たちの同僚と考えてもよろしいですか?」
「うん、そうだね。けど、僕の友人ということも付け加えておいてね。」
「かしこまりました。では、カイル様とお呼びさせていただきます。」
カイルは黙ったまま、窓から射す月明りのほうを見て、ぼんやりとしていた。




