第2話
第二話 アカデミー入学
この世には、何をするにも魔力が必要である。魔力には、火・水・風・土の四大属性と分類されない光属性と闇属性の大きく分けて六属性が基本であり、一人一つの属性が適合している。
魔力は両親どちらかまたは、その両方の属性を引き継ぐことになっている。複数の属性を持つものは、稀である。多くの英雄は複数の属性を持っていることが多いが、単体属性でもそれを極めて登り詰めた強者もいる。
また、魔力を用いた、「剣術」「魔術」「錬金術」の三つの術が存在する。これもまた本人の適性によるもので、複数同時に扱うことはできない。
「剣術」であれば、魔力を用いて肉体を強化し、高速で移動したり、剛腕を振るったり、「武技」を発動させたりすることができる。それは魔力を「力」、「精」、「速」、「守」と分類し、能力を向上させる。剣術において、魔力の属性を考慮しないが、心技体の修練どれかが欠けても上達することはない。
また、そのレベルについては「序」「中」「終」「極」の四段階あり、「極」に至っては英雄レベルの実力となる。
「魔術」については、火・水・風・土の上位互換の「炎」「流」「嵐」「岩」と複合属性の
火と水の「雷」、水と風の「氷」、風と土の「塵」、土と火の「熔」、火と風の「爆」、水と土の「樹」の10個の属性に分類され、何にも属さない光属性と闇属性の計12個の属性が存在する。これらの属性に準じた魔法を行使することで戦闘や補助などの役割を果たす。
生まれながらにして属性は決まっているため、複合属性の魔法を行使できる者は限られており、そのため重宝される。
「錬金術」については、その個々の魔力を使い、アイテムへの魔法の付与、調合、マジックアイテムの作成などを主に行う。基本的には、「剣術」「魔術」とは違い、非戦闘員であることが多い。「錬金術」は、属性による縛りがあまりないため、単属性のものが多い。武器や防具に付与できる属性は、その錬金術者の属性に依存するが、需要が尽きることはない。魔力量が多ければそれだけ複雑で大規模な錬金術が可能になり、複雑な命令を実行できる合成人形やマジックアイテムを作成することができる。
―――――――
「じじいはまだ死なねぇんだな。」
黒髪の長髪を結わい甚平に草履姿の長身の男が言った。
「なんじゃ、お前さん、わしに恨みでもあるんかえ?」
長い髭を蓄えた漆黒のローブに似つかわしくない、豪奢な杖を持った老人が言った。
「ねぇよ。じじいのくせに冗談が通じねぇのは、だるいぞ。」
「ふぉっふぉ、死んだら死んだでお前さん泣くじゃろて。」
「無駄口は止めるのだよ。アカデミーの入学式なのだから。」
白衣を身にまとったメガネの輝く男が言った。
「堅苦しいだけが学校じゃねぇだろ。青二才が。」
飽きれた顔をしながら長身の男が言った。
「お前さんみたいな若造が三権になるとは世も末じゃな。遊びを知らん。」
「別にいいのだよ。あなたたちみたいに遊んでるわけではないのでね。」
白衣の男は、嘆息しながら言った。
――――――
レーティアとカイルが出会って5年の月日が流れた。魔法を独学で修練し、成長したカイルと同様に、レーティアも自分の錬金術の成果を出すことができた。
レーティアは人里離れた場所で研究していた錬金術師であるが、元はフォートラン王国のアカデミーの教師である。研究のためフォートラン王国から離れていたが、成果が出たため帰還することになった。カイルもレーティアと一緒にフォートラン王国に向かうことになった。
――――――
「制服姿が似合っているわね。錬金術師の私が教えられるのも限界があるからアカデミーに入学させたわけだけど雰囲気はどう?」
「少し緊張してるよ。」
「私も一応先生だからしゃべり方には十分に気を付けるように。」
「はい。わかりました。レーティア先生。」
「アカデミーでは寮生活になるから、用事があれば錬金術棟の私のところまで来なさい。」
「はい。では、入学式に行ってきます。」
レーティアとカイルは、アカデミーの豪華な門の前で別れた。
カイルは内心かなり緊張していた。なぜなら、この世界に来てレーティア以外の人間と話したことがなかったからだ。前世の時も人とのコミュニケーションは得意ではなかった。
うつむき気味に門をくぐると、豪華な庭園の先に大きな校舎がある。
周りには、おそらく入学生であろう人達が校舎に向かっている。後ろを振り向くとレーティアが小さく手を振ってくれている。
「緊張してる場合じゃない、頑張らないと…。」
レーティアに見守られるばかりではだめだと、決心を固めながら校舎へ向かった。
―――――――
「えー。これからフォートラン王国アカデミーの入学式を始めます。このアカデミーでは、『剣術』『魔術』『錬金術』の3つの適性に合ったものを思う存分に伸ばしてもらう学校であります。ゆえに、入学はどんな方でも歓迎しています。卒業までに退学する者も多くいますが、己の力を信じ研鑽に励むようにしてください。」
壇上の教師がフォートラン王国アカデミーの説明をしている。
「続いて、フォートラン王国の最強の3人、『三権』の方々のあいさつであります。この方々は各部門のトップであり、このお三方がこのアカデミーの校長であります。よくお話を聞くようにお願いします。ではお願いします。」
「あーっと。俺は三権の一『剣豪』のヨウ・ニルハだ。長い話は好きじゃないから一言だけ、『馬鹿は身体を鍛えろ』だ。以上」
黒髪の長髪を結わい甚平に草履姿の長身の男が言った。
カイルは、思った。
『あの格好でトップとか適当過ぎるでしょ。しかも深いこと言ってるようだけどめっちゃ浅い。』
「わしは、三権の一『賢者』のローランド・ルーランドじゃ。わしは魔法しか興味がありゃせん。去年入学した子の顔も名前も覚えておらん。しかしじゃ、実力のある者は覚えようと努力はするのじゃ。覚えられるかどうかはわからんがのぉ。わしに覚えられるほどの努力をすることじゃな。ふぉふぉふぉ。」
『耄碌した爺さんもやばい…。』
「私は、三権の一『研磨』のミシェル・グロウだ。この二人についていくとどうなるか、経験しなくてもわかるだろう?まともじゃないのだよ。天才の思考は、理解しなくていい。凡人は凡人で最強になればいいのだから。君たちに錬金術の素質があることを期待しているのだよ。」
『一番まともそうだけど、なんか堅苦しい…。どの人も癖がすごい。』
カイルは、アカデミーに一抹の不安を抱えながら傾聴していた。
「三権の皆様ありがとうございました。入学生の皆様は、割り当てられた教室へ向かってください。」
多くはない入学生が次々に講堂を後にした。
――――――
フォートラン王国アカデミーの各教室に配置される生徒は、部門ごとに分かれるわけではなく混合である。戦闘時には他の部門の知識も得ておく必要があるし、座学などでいちいち移動し教師が何回も教えるのを省くためだ。
野外実習のある剣術と魔術についても、同じ校庭で行われる。錬金術に関しては実験棟が設けられており、そこで実験や研究などを行う。実験棟からは校庭が一望できるようになっている。
カイルは、自分の割り当てられた教室の前にいた。
「緊張するな…。ふぅ。」
一度深呼吸をして、ガラガラとドアを開けた。
そこには、女性が三人、男性が一人いた。重苦しい空気の中、割と広い教室の決められた席に座った。
「よぉ。男は、俺だけかと思ったぜ。」
小さい体つきではあるが、がっしりとした肉体の青年が言った。
「あぁ。これからよろしく頼むよ。」
カイルは、話しかけてもらえたことに喜びを感じながら答えた。
「俺は、ラヲハ・ネルハ。ラヲハって呼んでくれ。」
「僕はカイル・レリオル。カイルでいいからね。」
「おう。カイルよろしくな。」
ラヲハは、ニシシと笑いながら、包帯がぐるぐる巻きになった右手を出した。
「うん、よろしく。」
「にしてもよぉ、生徒数が少ないよなぁ。なんか知ってるか?」
「いや、僕はここ最近この王国に来たばっかりだから、全然見当もつかないよ。」
「そっかぁ、まあ、今のご時世平和だし、わざわざこんなこと学ぶ奴なんてそういいねぇからな。普通なら別の学校行くだろ。」
「平和とは聞いていたけど、そういうもんなんだ。」
ラヲハの情報にうなずきながら談笑していると、ガラガラと教室のドアが開いた。
――――――
レーティアは、錬金術の実験棟の自分の部屋にいた。
「お久しぶりです。ミシェル様。」
「元気そうで何よりなのだよ。研究の成果が出たようで私もあんな辺鄙なところへ送り出した罪悪感から解放されたのだよ。」
「いえいえ。もとはといえば、職務を全うできなかった私のせいですから。」
「それは、そうなのだよ。傷心していた君を癒すには、アカデミーで授業をするより、研究に没頭させる必要があったからね。」
「ご配慮ありがとうございました。」
「もう大丈夫そうなのだよ。両親の死を乗り越えたようで何よりなのだよ。」
「そうですね。もう七年ですから。あとは、逆にあの子に救われたのかもしれません。」
「例の子だね。カイル君だったかな?魔力を持たず、自然魔力を操れるという。」
「はい。」
「君からしたら自分の子のようなのだろうね。私も両親が殺され一人だった君を助けたときから弟子ではなく家族と思っているのだから。同じ境遇の子に優しくしたいと思っても不思議ではないのだよ。」
「カイルは、私のかけがえのない人物です。能力が特別だからではなく、あの子をずっと見ていなきゃいけない気がして。」
「ふふふ、まさしく母親になったみたいなのだよ。」
「笑わないでくださいよ。しかし、あまり過保護なのもどうかと思いますよ?」
「いいのだよ。親はいつまでも親なのだから心配は尽きないのだよ。」
「しかし、いいんでしょうか?カイルの担任が私で。」
「その方がやりやすいはずなのだよ。まあ、君は復帰して間もないから、君のリハビリも兼ねているのだよ。」
「ご配慮ありがとうございます。」
「そろそろ時間なのだよ。カイル君も担任に君がなるとは思っていないだろうから盛大に驚かせてくるといいのだよ。」
「サプライズとかするようなキャラではないので、普通にあいさつしてきます。」
「ふふふ、そうだったのだよ。君はそういう人なのだよ。まあ、気楽にやるといいのだよ。」
「はい。」
白衣の着たメガネのミシェルは、その硬い性格とは裏腹に優しい顔でレーティアと談笑した。
教室の前に立っているレーティアは、ふぅっと一つ深呼吸をして教室のドアを開けた。
見慣れたカイルが目を丸くしている。
教壇に上がり、第一声を発した。
「私はこの教室の担任に配属された、レーティア・レリオルです。よろしく。」
―――――
「この時間は、各生徒の自己紹介からやってもらいます。まずは、ラヲハ・ネルハお願いします。」
「おう。一番か。俺は剣術専攻のラヲハ・ネルハだ。好きな言葉は努力だ。最強のヨウ・ニルハを倒して三権になるためにここに来た。よろしく。」
溌剌とした声で、ラヲハは言った。
「ありがとう。次にヴェネロペ・ルーシュ。」
「あ、え、えっと。はい。わ、私はヴェネロペ・ルーシュと言います。魔術専攻で、と、得意な属性は火属性と土属性です。じ、自信のない性格を変えたいと思ってここに来ました。よ、よろしくお願いします。」
おどおどと小さい声で小柄のヴェネロペが言った。
「複合属性なんて生意気ね。あなたみたいにおどおどしている人を見てるといらいらするわ。」
と、腕を組み、足を組んでふんぞり返っている、ツインテールの女が言った。
「では次、カラン・ド・フィルチ。」
「好きなものは妹のコロン。嫌いなものはコロン以外のすべてよ。仲良くするつもりはないわ。特にあなたは嫌いよ。」
生意気そうなカランがはっきりした口調でヴェネロペに言った。
カイルは、自分の中の要注意人物リストに即座に入れた。
『聞く耳持たないわがまま系高飛車女子は近寄らないのが正解だ。』
「では次、コロン・ド・フィルチ」
「はい。姉様はこう言っていますが、本当はとても素晴らしい人なのです。フィルチ家最強の姉様が賢者となるためにこのアカデミーに入学したのです。あたしはそのお手伝いのために来たのです。姉様に用があるならあたしが伝えるので、姉様の手を煩わせないでほしいのです。」
『この子は、話が通じるかもしれないけど、姉様を盲信しすぎだろ。』
カイルは、二人の関係を気持ち悪く思いながら、自分の自己紹介の準備をしていた。
「では、最後にカイル・レリオル」
「はい!僕はカイル・レリオルです。森に住んでいた世間知らずの僕をレーティア先生が学習の場を与えてくださいました。部門問わずにいろいろ知識を得たいと思っています。よろしくお願いします。」
「まあ、担任と同じ苗字なんて、コネ入学なのが丸わかりね。気持ち悪い。」
鋭いまなざしでカランが言った。
『早速目を付けられた!』
「カイル君と私は、親子ではありませんが、記憶喪失だったカイルに私の苗字を付けました。それ以上のことは知る必要はありませんよ、カラン・ド・フィルチ。」
ピリリとした口調でレーティアが言った。
「姉様、カイル君とレーティア先生は、血がつながっていないそうなのです。苗字が一緒なのはカイル君が記憶喪失だったからレーティア先生が名前を付けたそうなのです。それと姉様は少し怒られたようなのです。」
『いや、要約しなくても聞こえてるだろ。』
カイルは心の中でツッコミを入れながら、レーティアの配慮に少し安堵した。
「では、学校での生活を説明します。授業は、座学、実技の二つあります。座学に関しては、専攻しているもの以外の授業もこの教室で受けてもらいます。実技に関しては、各々専攻した部門での授業となるので、剣術・魔術は校庭、錬金術は実験棟へ行くように。しかしながら、このクラスには錬金術を専攻しているものがいないので、実験棟に行くことはほとんどないわね。」
「すみません。」
カイルは、恐る恐る手を挙げた。
「なんでしょう。カイル。」
「僕は、一応魔術専攻ですが、錬金術や剣術にも興味があるんですが、その場合どうしたらいいですか?」
「そういった生徒は、授業が終わったあとこのアカデミーは各部門を自由に使えるようになっているので、自分で好きなように利用するといいわ。実技に関しては、専攻している魔術を受けるようにしてください。」
「はい、わかりました。」
「では、最初の授業、錬金術の種類についてから始めます。」
――――――
「アカデミー最初の授業はどうだったかしら?」
白衣を着たレーティアがカイルに言った。
「錬金術はレーティアが教えてくれていたから、知っていたけど…。剣術はあんまりピンとこなかったよ。」
「そうね、私も剣術については、よくわからないからもし興味があるならラヲハを頼ったってみたらいいんじゃないかしら?」
「そうだね!魔法専攻しているから明日から実技があるけどカランと上手くやれるかが心配だよ…。」
「ふふふ、あなたの実力ならそこらの生徒より数千倍は強いと私は思っているわよ。」
「いやぁ、いかんせん独学だったし…。」
「自信を持ちなさい。カイルは、私の実験に付き合ってこなしていたじゃない。大丈夫よ。」
「ありがとう。」
「それと、そろそろ一人でなんでも出来るようになりなさい。自分の人生のコントロールはあなた自身でしかできないのよ。私も教師としてここにいる。一緒に生活していたとはいえ、毎回ここに来てはだめよ。」
厳しい言葉を投げかけられ、少し消沈するカイル。
「といいながら、私からお願いするのもあれなんだけど…。ヴェネロペのことをよろしく頼むわ。あの子気が弱いからカランに目を付けられているみたいだし。教師の私が四六時中見ていることもできないから。よろしくお願いね。」
「気の弱そうな女の子でしたもんね。」
「カランは妹のコロン以外を敵対視しているようなだから。ああいう気の弱い子は標的になりやすいはね。」
「わかりました。できるだけやってみたいと思います。」
―――――