旅立ち
「蒼月、様……ご尊顔を拝すること、恐悦至極と存じます」
膝を折ったままのユリウスが、震える声で蒼月へと告げる。するり、と再び人の姿に転じた神獣、蒼月は、金の瞳を細めて彼を見た。
「くだらん挨拶は不要だ。……ふむ。恨み辛みの匂いは無いか。貴様が主を保護するのか」
「は。東の辺境、ベルセリウス領を治めております。ユリウス・ベルセリウスと申します。」
「彼の領地はこの王都から離れてます。また、辺境という特異上、早々他の貴族に脅かされることもないはずです」
「人柄も申し分ない。父様――陛下とも旧友であれば。こちらを裏切ることはないかと」
兄二人の補足に、そうか、と蒼月は頷き、ユリウス卿に問う。
「その地での主の立ち位置はどうなる」
「一時的な保護を予定しておりますが……万が一、陛下の意識が目覚めなかった場合は、恐れ多くも我が養女として育てさせていただきます」
「……なるほど。主がこのように幼い以上、妥当、か。良かろう。であれば俺も雇い入れろ。この状態で神獣たる我がいることは伏せた方が良いのだろう? 傍使えでも何でも良い。主の傍にいられる肩書きを寄越せ」
「かしこまりました」
ユリウスの即答に満足したのか、蒼月が膝を折る。
ユズキに、否、彼に抱かれているシャナに向けて、だ。手を伸ばした蒼月に、ユズキがそっと手の中の温もりを彼へ預けた。
「抱き方は、そう、腕をもう少しこちらです」
ユズキに指導された蒼月の抱き方は、違和感ないものになった。
いや本当なんでユズ兄そんな上手く抱いてたの?
「シャナ、元気でね。良い子に育つんだよ」
「いつか絶対、迎えに行くからな」
蒼月の腕に抱かれたシャナを覗き込んだ兄二人が、それぞれに小さな手を握って声をかける。
「あー、う、あー」
兄さん達も、元気でね。城から出してくれてありがとう。
伝わるとは思っていないけれど、ぎゅ、ぎゅと精一杯の力で握り返して声をかける。
「ユズキ様、トキ様。そろそろ……」
「ああ。そうだね」
「そろそろ戻らないと。城も騒ぎになる頃だろう」
名残惜しげに手を離した兄に、蒼月も立ち上がる。
「蒼月様はこれを……そのお姿は目立ちますので」
「あぁ」
護衛の方より渡された外套を、蒼月は器用に片手で羽織ってフードを被る。
確かに、その見目と良い服装と良い、人目に付けば印象に残ることだろう。
「それでは、殿下。御前失礼いたします」
「ああ。妹を頼む」
「神獣様も、シャナをよろしくお願いします」
「我が身に変えましても」
「言われるまでもない」
身を翻した蒼月の体に阻まれて、兄二人の姿は見えなくなる。初めての城下は、しんと静まり返っていた。