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サルビア王記  作者: 柚ノ木 静加
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神獣


 …………え?

 刹那。思考が停止する。だって光に目が、目がぁぁぁってなってたら次に目を開けたら狼だよ?

 どっからきたの? っていうかあれ!? 卵無くなってる!? まさか卵から生まれたのがあの狼とは言わないよね!? 質量保存の法則どう考えても可笑しいでしょ!?


「……神獣?」

『――我を目覚めさせたのは、その赤子か』


 びくりとユズ兄の腕が震える。私もびっくりした。いや、だって、めちゃくちゃ良い声が頭に響いたからね。ビビるよね。多分、というか間違いなく、それはこの狼さんの仕業なのだろうけど。


『貴様らも王家の者か。匂いがそうだ』

「っ! 神獣様とお見受けいたします。私の名は、ユズキ。ここサルビア王国の第二王子になります」

「っ、トキと申します。第三王子です」

『そうか。我が主の、名は何という?』

「この子はシャナです。我が国の第二王女です」

『そうか。シャナ様……』


 金の瞳が穏やかに細められこちらを見る。


『良い名ですね、主』


 柔らかな声で、するりと狼が頬に擦り寄ってくる。体積の問題で顔面が毛に覆われたけど、めっちゃくちゃ気持ち良いもふもふだね!?


『して、幼き主を抱いてお前達は何をしている?』


 私が埋もれたことに気付いたのか、慌てて距離を取ったユズ兄に、狼は台の上に残った卵の殻を食べながら尋ねる。

 あ、やっぱり卵から生まれたんですね……?


『ああ、話さなくても良い。少々記憶を視させて貰おう』

「う、ぐ……っ」

「あーう!?」


 呻いたと思ったらふらりと体を傾いだユズ兄が、そのまま倒れ込みそうになる。

 ひえっ、と息を呑んで目を瞑ったが、衝撃は無い。


「すまん、人の子。そこまで脆いとは」


 頭に響く声ではなく、しっかりと耳から届いた良い声に、目を開けたら、イケメンがいました。

 ねえ、最近目を開けたら何かいるの流行ってるの???


「ふむ。……それにしても、愚かとしか言いようがないな。我が主を謀殺しようなどと」

「ユズ兄、大丈夫か?!」

「だ、だいじょうぶ……ちょっと眩暈がしただけだから」

「記憶を読んだときに酔ったような感覚になるという。すまぬな人の子」

「いえ……僕の記憶を読んで現状を理解していただけたなら、幸いです。……先ほどの、神獣様でいらっしゃいますね?」

「いかにも。主の世話をするに、手足がいるのでな」


 神妙に頷いて見せたイケメンは、青銀色の髪に、金の瞳を持っている。……え、これが、さっきの狼です?

 どうみても騎士風の服を身に纏い、ただ顔が良い青年にしか見えない姿となった神獣が、ユズ兄の手から私を取りあげる。抱き方がイマイチである。


「ぅぅぅ」


 もぞもぞと動けば、神獣の顔が戸惑ったものへと変わった。


「主よ、どうかしたか」

「神獣様、赤ちゃんは敏感なのです。おそらく抱き方に不満があるのかと」

「なるほど。先まで主が大人しかったのは、お前が抱き方を心得ていたからか。……ならばこうしよう。ユズキとやら、主を抱えておけ」

「は、はいっ」


 おそらく彼にとっては慎重に、それでも私にとっては中々乱暴な手つきで移動させられて、返ってきたのはユズ兄と腕の中だ。

 体格的に不安になるけど、それ以上に抱き方上手いんだよなぁ、ユズ兄。


「う、わっ」


 と思ったら、ユズ兄ごと神獣の彼に抱きかかえられる。


「そう時間も無いのだろう。俺が運んだ方が早い」

「時間が短縮できるのならありがたい。……神獣様、道はお教えしますので、外までよろしくお願いします。それから、適当な石を祭壇にお願いできますか? 今、卵が無いと知られたら、それはそれで面倒になりそうです」

「……ふむ。良いだろう」


 ユズ兄、年にしては冷静というか肝が据わっているというか……。王族として育てば私もこういう風になっていたんだろうか。いや、記憶がある私では無理そうな気がするな。

 手頃な石を引っ掴んで祭壇に置くと、歩き様に神獣の彼はトキ兄を荷物のように空いた片手で抱え上げた。


「おわっ」


 驚いたようなトキ兄の様子は意に介さず、鼻を鳴らして彼が歩き出す。


「な、なあっ、神獣、なら、敵に回るやつ倒せたりしないのですかっ?」

「目覚めたばかりの俺の力は主に依存する。敵の数が分からぬ以上、まだ赤子の主に無理を強いるわけにもいかん」

「なるほど……。トキ、神獣が目覚めた以上、シャナが王位第一継承者だ。僕と君は王位に未練が無いけれど、兄上は違うだろう。それに、他の連中も。シャナの安全が確保出来ない今、当初の予定通り辺境伯に預けるべきだ」

「……そう、だな」


 ちょっと待ってほしい。……王位第一継承者? 誰? 私が?

 深刻そうな会話が交わされているが、当の本人としては誰の話それ? と言いたいところだ。

どうやら神獣を目覚めさせた私は、王位第一継承者になったらしい。

 兄様たちは? って気がするけど、神獣云々言ってたから多分神獣を目覚めさせた=次期王確定なのだろう。

 ……どんな無茶ぶりだ。前世ただの庶民なのに。嫌だと思っていた王位継承争いに巻き込まれること確定なのか。

 ユズ兄とトキ兄は王位に興味がないようだけど、一番上の兄は違うようだし……。いや、私も王位に興味はないんだけど。


「シャナ、ごめんね……。僕らの力が無いばかりに。しかも王位継承なんて……重荷を背負わせてしまう」

「替わってやれなくて悪いな。でも……俺たちはいつでも、お前の味方だからな」


 悲痛な表情を浮かべる兄二人に、出来ることはほとんどない。だから、伸ばされた手を小さな指で掴んで、赤ん坊らしく笑って見せる。

 こんな小さな子がそんな顔しなくて良いんだよ。

 驚いたように目を丸くした兄二人は、ぎこちなくも笑みを浮かべてくれた。


「神獣様、そろそろ合流場所になります。そちらの壁に寄っていただけますか」

「あぁ」


 それなりに長かった秘密通路も終わりを見せた。通路にある何の変哲もない壁をユズ兄が叩くと階段が現れた。


「この階段はどこに出る?」

「城下街、東の路地裏に面した空き家だ。本当は城下街からなるべく離れた場所に出たかったが、俺たちが戻り取り繕う時間も考えたら、そう遠くまで運べない、……です」

「そうか。それと、主を助けようとする身内であるなら、堅苦しい言葉遣いは不要」


 あっさりとトキ兄の言葉遣いを受け入れた神獣様は、意外と寛容なのかもしれない。神と名の付くだけあって、恐れ多い存在だと思ったんだけど。

 っていうかそんな存在が、私の事主って呼んでいるんだよね。うーん、戸惑いしかない。


「ふむ……。上の気配は三つか」


 階段を登り切ると、上は天井だ。多分、開くようにはなっているのだろう。すん、と鼻を鳴らした神獣様は、確認を取るようにユズ兄を見た。


「おそらく辺境伯と護衛二人ですね。聞いていた通りの人数です」

「なら出るぞ。お前は少し降ろす」

「あぁ」


 トキ兄を下に降ろして、空いた手で神獣が天井を押す。ゴゴゴ、と重い音がして、ゆっくり開かれる扉から、ぱらぱらと降ってくる埃は、ユズ兄が被さって防いでくれた。

 私の兄様がこんなにもイケショタ。


「っ、おお。ユズキ様、トキ様、ご無事で!」


 声の方を向くと、これまた随分とイケメンがいた。父様とは違った方面でのイケメンで、優しげな風貌の男性だ。

 神獣から降ろされたユズ兄が、ほっとしたように彼等を見る。


「ユリウス卿、此度の要請に応えていただき、感謝する」

「いいえ。ジェイド陛下とアナスタシア妃にはよくしていただきました。陛下の危機にも駆けつけることが出来なかった私ですが、彼の方々の御子をお守りするためならば、どんなことでも致しましょう。……この子が、シャナ様ですね。アナスタシア様に似ていらっしゃる」


 覗き込んできたユリウス卿、と呼ばれた男性は、こちらを覗き込むとふ、と微笑んでくれる。うーん。イケメンの微笑み爆弾。


「ええ。……ユリウス卿、決して、決してシャナを死なせてはならない。この子は次期国王に、我々の希望になるのだから」

「王に……?」


 ユリウスがトキの言葉に目を瞬かせる。そうだろう、だって彼の目の前には、本来であればより継承順位の高いだろう兄二人がいるのだから。

 その兄に言われた言葉に、ユリウスが眉を寄せる。


「導きの間にて、シャナは神獣を目覚めさせました」

「なっ!? 神獣を、ですか……!?」

「ああ。証拠なら、ここに」


 ちらりとユズキより視線を向けられた神獣は、一歩下がるとぶるりと体を震わせた。その一瞬で、その姿が先ほど見た狼のものへと変わる。


「あ……あぁ……っ、まさか、本当に……!?」

「あれは、神狼か……?」

「信じられない」


 ユリウスが呆然と膝を折る。お付きの二人も、動揺を隠しきれないようだ。

 確かに、なんというか神獣、と呼ばれているだけあって、その姿は雄々しく、神々しい。青銀色の毛並みと金色の瞳を持つ狼なんて、普通のものとも違うのだろう。

 青い、蒼い毛並み。まるで青白い月に照らされた雪のように綺麗な色。――もし私が名付けて良いのなら、蒼月、とでも名付けていただろう。といっても、西洋風の世界にはミスマッチなのだけど。

 なんて、冗談交じりに考えていたときだった。


――その名、確かにいただいた


 頭の中に、声が響く。それは、確かに導きの間で感じた感覚と同じで。温かい何かが体を包んだ。


『――ソウゲツ。我が名は蒼月。シャナ様を主に戴く神獣だ』


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