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サルビア王記  作者: 柚ノ木 静加
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交渉


「お久しぶりですね、ダリアくん。私に用とお伺いしましたが、本日は何をお買い求めで?」


 何事にも資金がいる。それも個人資産――ダリアとしての資産が欲しい。冒険者稼業も良いが、資金といえばまずは商会だろうと訪れたケイム商会。

 忙しい商会長がさすがにすぐ捕まるわけ無いだろうと一先ず時間を空けて欲しいとお願いしようとしたら、あれよあれよと上階に案内されて、応接室対応だ。

 それに恐縮しつつ、挨拶早々商人らしい言葉を発したウォードさんに苦笑を浮かべる。


「買いに来たわけではなく、申し訳無いのですが。本日は売りたいものがありまして。買い取りいただけるかと相談に来たんです」

「ほう?」


 商売人だけあり売りたいものが気になったらしい。彼の目が眇められる。


「我が商会は幅広く取り扱いをしております。大抵のものは買い取っておりますよ」

「それが、知識であってもですか?」

「……知識、ですか?」


 思いも寄らないことを聞いたと言わんばかりのウォードさんに、まあそうなるだろうなと一つ頷く。


「知識、言うなればアイデアです。確実に売れる商品のアイデアがあるとして、購入していただけますか?」

「ふむ――。アイデア、ですか……。ダリアくんは面白い発想をしますね。良いでしょう、それが有益であると私が判断できるものであれば。実際に商品として販売した後、その利益の三割をお支払いで如何ですか?」

「かまいません」


 即答すれば、少し困ったようにウォードさんが眉を下げる。


「私だから良いものの……ダリアくん、もう少し疑いを持つべきかと。利益率の話を双方だけで決めるのはよくありませんよ。それに、アイデアだけ盗んで私が利益を払わなかったらどうするんですか」

「その時は、僕が人を見る目がなかっただけと諦めます。ただ、僕はこれでもウォードさんを信頼しているので」

「信頼、ですか。商人としてはありがたい話です。わかりました。それで、その商品の提案、というのはどのようなものですか?」

「ええ、これを」


 アイテムボックスから取り出したのは、紙にマスを書いた簡素な物だ。それと、丸く切った紙をがいくつも。片面だけ黒く塗られたそれは、異世界に来たら王道と言えば王道だろう。

 ローテーブルに置かせてもらって、四つ、黒と白の紙で作った駒をおく。


「これは?」

「リバーシという遊戯です。本来は、木のようなもっと丈夫な材質で作るのですが、説明だけですのでこれで」


 この世界にリバーシがないのは確認済みだ。ボードゲームと言えば、チェスのようなものがあるだけだという。


「実際に、やってみましょう」

「ええ、お願いします」


 ひっくり返すだけの簡単なゲームだ。紙でうっかり飛びそうになることを覗けば問題ない。

 さすがに初心者に負けることはなく、大人げないかな、と思いながらも角を取って圧勝させてもらったところでお試しは終了だ。


「なるほど……」

「……売れると思いますか?」

「間違いなく」


 声をかければ即答される。爛々と輝く目に、少しばかり気圧された。


「学がなくても出来るシンプルなルール。木工ギルドの見習いに駒を作らせれば、良い練習になるでしょう。……ただ、売り先は当面貴族向けになりますね」

「と、いうと?」

「ご存じの通り、数年前からこの国の景気は悪くなっています。……原価を抑えても、庶民が娯楽品を買うのは余程特別な日しか無理でしょう」

「そうですね。元々、貴族向けで利益を得ようとしてたので構いません」


 ちょうど蒼月とその話をしたばかりだ。異世界の王道といえばいくつもあるし、アイデアはあるが、今はとにかく貴族から儲けさせてもらう。なにせ不作が迫っている。そうなれば、娯楽になど金を割いている余裕は無いはずだ。


「まずは貴族向けを先行させて、その利益で庶民向けは原価を抑えて……と、これほどのアイデアです。あまり利益を出せない、とも言ってられませんね」

「ウォードさんが良いならば、貴族向けで利益が出れば、大衆向けは利益率を大幅に下げてかまいません」


 元々貴族から資金を調達させてもらうためのアイデアだし。


「良いんですか?」

「ケイム商会は貴族ではなく大衆向けですからね。庶民の味方でいてもらわないと」

「庶民の味方……なるほど、良いフレーズです。ダリアくん、その言葉も使わせていただいても?」

「え、あ、はい」


 ギラリと目が輝いたウォードさんに気圧されるように頷けば、すぐさま紙にメモをしていた。


「利益率はならば……適した素材が……」

「あの、ウォードさん。もう少し相談があるんですが」

「あ、はい。すみません、あまりにも魅力的なアイデアに商人魂が疼きまして。それで、相談ですか」


 いそいそと姿勢を正したウォードさんには残念だが、これ以上のアイデアを提供するわけではない。


「利益が出たら僕への配当金で依頼があって」

「私どもに依頼、ですか?」

「はい。――少々、思うところがありまして。この街で学校を作りたいんです」

「学校、ですか?」


 当然この世界では聞き慣れない言葉だろうそれを繰り返すウォードさんに、説明をする。


「無償で誰にでも、簡単な読み書き計算が学べる場を作りたいんです」

「ダリアくんそれは――」

「当然、事業ではありません。ですが、最終的には事業にします」

「というと?」


 無償で、という言葉に狼狽えていたウォードさんが、事業にするという言葉に反応する。


「読み書き計算ができれば、いろんな場で役に立ちます。誰であれ、金銭のやりとりは発生しますし、商売に関わるなら尚のことでしょう。……今、ケイム商会では見習いの読み書き計算はどうやってますか?」

「教育係がつきっきりで教えるようにしていますが」

「そう。つきっきりで。ですが、学校であれば? 一人が教師をし、多くの子どもへ同じ教育を施す。既にある程度の読み書き計算ができる子どもと、一から全て教える子ども。どちらを雇いたいですか?」

「……なるほど。雇用側は教育を施す手間が消えると」


 さすが商人。頭の回転が速い。


「余裕ができれば冒険者の知識、商売人の知識も教えたいところです。勉強だけで、ある程度の適性が判明するかも知れませんし。冒険者を目指す子は、最低限の危険についての知識を学んでいれば死亡率は下がるでしょう」

「適性がわかる、というのは利がありますね。商売の才能がある子どもを見つけられるかも知れない。これもある意味商売ですね」

「ええ。とはいえ子どもも貴重な働き手。親が早々外に出せるとは限らないので、学校は三日に一度か、五日に一度くらいですかね。昼食まで負担したいところですが。教えてもらう人にも報酬がいるでしょうし、さっきのリバーシでどこまで利益が出るか……」


 前世の学校は本当良かったんだなとつくづく思う。国の政策としてやってもらえるのが一番なんだけど、今の国では無理だろうし。

 かといって不作の備えに忙しいおじ様に頼むわけにも行かないし。


「……ふむ。ダリアくん、教える側の人間に関しては、報酬無しでなんとかなるかも知れませんよ」

「え?」

「我がケイム商会の見習いもその学校に通わせていただけるのなら、読み書き計算ができるものを貸し出しましょう」

「本当ですか!?」


 一番頭を悩ませていた人件費をあっさり解決されて、思わず声が弾む。


「はい。冒険者ギルドも冒険者の参加を許可すれば、おそらくは誰か人手を貸してくれるかと」

「なるほど。そこはギルドマスターに相談してみます」

「私の方も、他の商人――いえ、商人ギルドに声かけをしてみますね。場所などは決めているんですか?」

「場所は孤児院に依頼しようかと。ついでにそこの孤児たちに学びをしてもらえば、一石二鳥かと」

「ああ、それはいい。読み書き計算ができる孤児は、引き取り手も増えるでしょう。孤児院を出てから路頭に迷わなくてすみますね」


 孤児院の子ども達に雇用ができるなら、やはりそれが一番良いだろう。一応孤児院は国の支給と貴族の支援から成り立つ。

 王都の孤児院はあの有様だったが、ベルセリウス領はおじ様の支援のおかげで衣食住は問題なかったはずだ。


「ダリアくんのアイデアは本当に面白いですね」


 にこにこ笑顔のウォードさんに苦笑を漏らす。なにせ前世の知識をほぼトレースだ。


「ああ、それと、もう一つ」


 どうしようかと悩んだけれど、やはりこの人には話すべきだろう。


「はいはい、今度はなんですか?」

「おそらく二年後に、不作となります。飢饉がきます」


 にこにこ笑顔が瞬時に消えて。はい? と間の抜けた声が部屋に落ちた。



うっかりサボり気味。。。

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