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サルビア王記  作者: 柚ノ木 静加
20/21

予見



「――主」

「蒼月!」


 蒼月が戻ったのは、彼が発って五日後の事。王都との距離を考えたら、規格外だろう行程も神獣である彼には普通のことのようだ。

 侍女達も下がり、さあ寝ようと思ったところで頬を撫でた風と、耳に届いた声に思わず声を上げて、今の時刻を考えて慌てて口を抑える。


「今戻った」

「うん、おかえり」


 ぶるりと長い毛を纏う体を震わせて、蒼月が人の姿に変わる。


「ちょっとそこに座って待ってて。少しだけど用意があるから」

「用意?」


 不思議そうにこちらを見る蒼月に笑って、少し離れた位置のちょっとしたティータイム用の机に、アイテムボックスからいろんな物を取り出す。


「蒼月がいない間に、街を案内してもらったんだ。せっかくだから、蒼月にも食べてもらおうと思って」


 こういうときはアイテムボックス様々だ。神獣の蒼月は食事はいらないとのことだけど、嗜好品として摂取することは問題ないと聞いている。

だから、先日シンさんに奢ってもらったもので、特に気に入ったものは別でアイテムボックスに入れておいたのだ。

 時間が時間なので、簡単な軽食――特産だという焼き菓子を取り出すと、袋ごと蒼月に手渡す。


「この果実水も美味しかったよ。いろんな物をブレンドしてるみたい」


 茶葉ではなく香草の類い。前世でいうミントのようなものがいくつか入れられたそれは、野苺のシロップをベースにして、各家庭の味があるらしい。

 露天で売られてたのはサッパリとしていて、暑い夏にピッタリの飲み物だった。

 アイテムボックスから木のグラスごと取り出して、そちらも蒼月に手渡す。


「どうかした?」


 じっとそれらを見ていた蒼月に首を傾げると、いや、と穏やかな笑みでこちらを見る。


「楽しく過ごせたようで、何よりだ」

「あ……ごめん、蒼月。蒼月には仕事を頼んでおいて」

「いや、そういう意味で言ったのではない。俺は、主が楽しく過ごせていたのならそれでいい。それに、俺はこれで充分だ」


 ばくりと一口で半分ほど焼き菓子を頬張った蒼月が頷く。


「主が好きそうな味だな」

「わかる?」

「ああ。主の好みであれば」


 この屋敷に住むようになって、いつの間にか私の好きなものを把握していたもんね、と納得しつつ問いかける。


「蒼月は? 嫌いな味じゃない?」

「……美味い」

「なら良かった」


 嗜好品として食べるのなら、どうせなら気に入って欲しいよね。

 それで、と自分用のグラスを用意して、蒼月の向かいに座る。


「王都は、どうだった?」

「――――どこから説明するか」


 ふわり、と目の前に水球が浮かんだ。蒼月の手の上で淡い光を纏った水球が、ゆらりと揺れた。


「これは?」

「俺が見た光景を映すことが出来る水鏡のようなものだ。見せた方が早いだろう」


 揺らめく水球から、滲むように映像が流れ出す。


「うわあ……さすが王都……」


 現れた街並みはこの街に劣らない立派なものだ。さすが王都。音声こそないものの、人の多さも、開かれた店の多さもかなりのものだ。


「これでも、主の父が倒れる前より、人通りはだいぶ減っているらしい。それに……」


 街並みを映していた映像が一点に集中する。露天でパンを売っているのだろう端で、ボロを着た子ども達の姿が見えた。

 蒼月が見た光景だというのだから、蒼月も子どもに注意を向けたのだろう。


「あっ」


 並べられていたパンを引っ掴んで走り出す子どもは、今の私とそう変わらない。もっと幼い子もいるようだ。けれど、ボロから見える手足は細く、到底栄養状態が良いとは言えない。

 大人と子ども。その動きはもちろん違って、最後尾にいた子どもがあっさり捕まって、店主に殴られそうになったことろで――ぱしりと、伸びた手がそれを止めた。

 驚いた様子の店主と、怯えながらも混乱する子ども。その二人を見たのだろう蒼月の前に、硬貨が跳ねる。店主が受け取り戻って行く様子を見ると、蒼月が代わりに払って止めてくれたのだろう。


「ありがとう、蒼月。止めてくれたんだね」


 わしゃわしゃと蒼月の頭を撫でると、ふにゃりと彼の表情が緩む。


「気にすることはない。打算だ。見せたら主に褒めて貰えると思ったからな」


 そうは言っても、私に見せずに見なかったことにすることも出来ただろうに、私の為、といって子どもを助けてくれたことが嬉しかった。


「人の世の金はもらっても使う予定がなかったからな。本当に大したことはしていない」


 すまし顔だけど、心なしか声が弾んでいる気がする。今は人型なのに、全力で振られる尻尾が見えた気がしてくすりと笑う。


「それよりも」

「うん、続きを」


 いつの間にか止まっていた映像が再び流れ出す。二言三言。子どもと言葉を交わしたらしい蒼月が、その子ども達を追って路地へと入っていく。

 そこは、先ほどまでの街中と一転。酷く荒廃していた。

 生きているのか、死んでいるのか。子ども達同様ボロを纏った人間が、路地の至る所に倒れていた。


「酷い……」

「王が施していた民のための政策は打ち切られたものも多く、そのため貧民救済措置が完全に途絶えてしまったらしい。以前はあった炊き出しも、無償の診療もない。貧民へ斡旋していた職の給料も以前の半分もないとのことだ」

「それが今の国の政策だって……? 滅ぼしたいのかな、この国」


 私でもわかる。国の基盤は民だ。民の経済が回ってこそ、国が潤う。

 なのに、なんだこれは。


「孤児院もこの様子だった。管理を任されている人間に話を聞いたが、運営費も半分以下に減ったらしい」

「その減った運営費は、どこに行ったんだか……」


 子ども達が案内してくれたのだろう先に、シスターが見える。おそらく蒼月が聞いた先というのが彼女だろう。

 四十代ほどの女性はやつれていて。服も子ども達より多少マシというだけのボロだ。孤児院を兼ねているだろう教会の建物も、屋根や壁に穴が空いていた。


「王侯貴族の様子は?」


 肩を竦めた蒼月が、水球を指す。ゆらりと揺れたそれが、別の映像を映した。

 煌びやかな部屋。桃色の髪に赤い瞳の女性と、桃色の髪に緑の瞳の少女。どちらも豪奢な服装をしていて、目の前にドレスと宝飾品が並んでいる。どうやら商人を招いて買い物中らしい。


「差が酷い……」

「マリア、メリアナと呼ばれていた。親子のようだ」

「マリア……っていうと、第二王妃……この人が」


 宰相と共に、両親を害した人。

 美しい人だけど、どこか恐ろしく感じた。


「私の義姉は、育つ環境がなぁ」


 城下の様子を見ていれば、こんな贅沢な買い物をしている場合ではないとわかるだろうに。

 それをわざわざ教える人間が傍にいないのだろう。……いや、私を助けてくれた兄たちなら教えてそうな気がする。となると、教えてこれなのだろうか。

 まあ、今考えてもどうしようもないか。


「よくまあこれで国が成り立ってるね」

「酷くなったのはここ四年ほどで徐々にということらしい」

「ああ、お父様たちの行方が知れないから、派手に動かなかったのかな?」


 二人は倒れたまま保護されているという話だ。いつ戻ってくるかと気が気でなかったか。

 けれど、三年も経てば問題ないと判断して派手に動き出した可能性は大いにある。


「あとは、未だ多少の重役が残っているのが大きいと何処かの貴族が話してたぞ」

「お父様の治世は安定していたらしいからね。支えてた人も優秀だろうとは思ったけど。良かった、少しでも残ってるのか。……それなら、七年でこれなら、保ってる方なのかな」


 さすがに国が無くなったら元も子もないだろうから、ある程度は重用してくれてそうだけど。

 いやでも貧困層への支援金が横領されている時点でやっぱりヤバそうな気がする。

 その後もいくらか貴族たちの様子を見せてくれたが、まともそうな人間もいるが、豪遊している人間の方が多そうだ。

 兄様たちが王になるとしても、優秀な人間の確保も必要だろう。


「どうするかなぁ」

「伯父とやらを倒して王になるか?」


 口の端を釣り上げて、好戦的に尋ねてくる蒼月に首を振る。


「何でちょっと楽しそうなの蒼月。ならないよ。こんな子どもが王になるっていっても舐められるだけだし」

「ふむ……舐められるだけ、か」

「なんか言った?」

「いや、それより主、少々危ういことになりそうだぞ」

「何が?」


 蒼月の危ういこと、なんてこの状況以上に悪いことが起きるのだろうか。


「精霊どもが騒いでいた。おそらく近くこの国では不作となるぞ」

「はいっ?」


 ちょっとどころでなく悪い情報に思わず声が裏返る。


「不作!?」

「近くといっても猶予がある。来年では無いが近い未来と言っていたから、二年後か。精霊どもの囀りだが、確かだろう」


 精霊。自然と共に生きる精霊は、人の前に滅多に姿を見せることは無い。だが、自然と一体化する彼らは、災害をいち早く予見できる。

 そんな精霊たちが不作になるというのだ。それは確実に起きる未来。


「理由はわからないんだよね?」

「すまない、そこまでは」

「いいよ。わかっただけでも助かる。……蒼月は、明日そのことをおじ様に報告して」

「御意」


 おじ様経由で国に報告は上がるだろう。今の国にどこまで期待を持てるかはわからないが、今からでも備えてもらえたら……。

 とはいえ今の国がどこまでしてくれるかわからないし。

 ……放置するのも、さすがに寝覚めが悪い。というか、被害が出たら罪悪感に苛まれそうなので、対処をしないという選択肢は、残念ながら無い。


「必要なのは当座の資金。それから、保存食の備蓄に人材確保……いや、今からなら育成した方が良いかな」


 この国に学校は無い。平民は最低限の学びしか無い状態だ。冒険者も、冒険者になって初めてギルドで読み書きを教わるものもいるという。


「……商会だったら読み書き計算も習う、はず」


 少なくともケイム商会ほど大きなところであれば、読み書き計算ができる人はいるだろう。

 資金の関係もあるし……早めにウォードさんところに行こう。


「明日から忙しくなりそうだ」


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