ヴァリウルフ公爵
アズSIDE
ベルセリウス辺境伯邸に珍しい来客があったのは、ベルセリウス領の冒険者ギルドにSランク冒険者が帰還したと知らせを受けた翌日の昼だった。
「お待たせして申し訳ございません」
先触れはひっそりと前日の夜に。その立場と状況を鑑みて、内密の訪問となった今回、共も付けずに訪れた客人にユリウスが礼をする。
「いや、いい。急な訪問となったのはこちらだ」
「あなたであればいつでも歓待させていただきます。――アズライト・ヴァリウルフ公爵」
「感謝する。ユリウス卿」
アズライト・ヴァリウルフ。久しく呼ばれていなかったフルネームに目を細めて、冒険者としてアズと呼ばれていた男は頷いた。
「――本日はどのようなご用件でしょうか? 成果があった、というわけでもないようですが」
ここ二年ほど、とある目的のために冒険者として活動していた公爵位を持つ青年は、端整な顔立ちを苦く歪めた。
「ああ、生憎と解呪の方法は掴めていない」
「あなた様が直々にこれほど時間をかけても解呪の方法が見つからないとは……」
「馬鹿がここぞとばかりに動くだけのことはある。ジェイドとアナスタシア様が目覚めない自信がよほどあるのだろう」
ジェイド、と呼び捨てにするのは幼い頃から親しんできた関係だからだ。
王家の降嫁先でもあったヴァリウルフ公爵家は当然王家の血を継いでおり、アズライトにとってジェイドは身内も同然の人間だった。
「それで、我が屋敷に用、とは……?」
「ああ、それは――――」
尋ねようとした視界の隅。映った姿に言葉を止める。
「あの子は……?」
ベルセリウス邸の庭園で、薄水色のドレスを着て。侍女と共に歩く少女の姿。
「あ、あぁ……。あの子はシャナ――シャリーナ・ベルセリウス。数年前我が家の養女として来た娘です」
「シャリーナ・ベルセリウス……」
柔らかそうな亜麻色の髪に、侍女を見上げる赤味の強い茶色の瞳。ギルドで見たダリアという冒険者の色とは似ても似つかないはずなのに。
「……似ている」
冒険者の子どもに。そして、ジェイドとアナスタシア様に。
ギルドで見たジェイドとアナスタシア様に良く似た子ども。領主であるユリウス卿であれば何か知っているかと聞きに来たのだが。
戦闘の一瞬垣間見えた姿と、庭園で笑う少女の姿が、重なってみえる。
「養女と言ったな。ユリウス卿、あの娘の親は?」
「――あの子は孤児院の前に捨てられていた子です」
「孤児院に捨てられていた……」
「……そういうことに、なっております」
孤児院、ならば繋がりはないのか? と考え込む前に、告げられた言葉にハッとする。
“そういうことになっている”つまりは、本当は違うと言うことだ。
「本当に、あの方たちに良く似ていらっしゃいます。御髪と瞳が黒ければ、そっくりなのでしょうね。奇遇なことに、あの子の愛称のシャナは陛下のご息女と同じ名だと」
「……アナスタシア様が産んだのは女児だと聞いていた。ジェイドとアナスタシア様が倒れた折に、城から消え、殺されたとも聞いていたが……」
ユリウスの口ぶりからすると、彼女がそうだ。……生きていたのか。
正妃のアナスタシア様とジェイドの子どもだ。女児とはいえ、宰相や側妃マリアの手にかかり既に消されてしまったと思っていたのだが。
「まさか“こちら側”にも隠しているとはな」
「申し訳ございません。手紙や他者を介して報告できることでもなく」
「いや、いい。理解する」
情報がどこでどう漏れるかわからない。賢明な判断だ。
だが、気になることが一つ。ダリアと名乗った冒険者の子どもと、この国の王女である少女の顔立ちが非常に良く似ていることだ。
しかも、ユリウスの発言からして少女の元の髪と瞳の色は黒。今は魔法で色を変えているのだろう。であれば、ダリアという冒険者の子どもとそっくりになる。
しかし、自身にまで彼女の生存を隠してきたユリウスが、あの子を冒険者にするなどという発想になるはずもない。
「……そういえば、昨日冒険者ギルドで幼い冒険者を見た。あの子と同じくらいの年だったな」
「そうなのですか? それほど幼い子が冒険者に……推薦者がいたのだろうから有望な人材だと喜ぶべきか、まだ幼い子どもが危険に晒されることを憂うべきか。領主としては悩みますね」
「そうか」
表情に不審な点はなく、冒険者ダリアのことは一切知らないのだろう。他人の空似、というには気持ちが悪いが、少なくともユリウスは関わっていない。
「……それより公爵様。彼女の事で、お耳に入れたいことが」
「なんだ?」
ひっそりと同じ部屋なのに最低限まで落とされた声に、視線を向ける。ユリウスの表情はどこまでも真剣で、彼女の生存以上によほどのことらしい。
「何があった? 病、いや、呪いにでも罹ったか?」
「いえ、……ですが、呪いよりも厄介です。城を抜け出すとき、あの方は――導きの間にて、神獣を目覚めさせたのです」
「なに……?」
神獣。目覚めさせた者が、良き王になるとまで言われている生き物。それを、あの子どもが?
「神獣、フェンリル。名を蒼月様と。確かにあの方を主と呼び慕っております」
「フェンリル……狼の姿をした神獣だな。事実か?」
「蒼月様のお姿は、この眼でしかと」
断言するユリウスの目に、嘘は見られない。
「……なら、あの子が次の王か」
言い伝えなど曖昧なものを信じてはいなかったが、実際に城の神獣が目覚めたというのなら話は別だ。
ジェイドが倒れ、元凶となった宰相が国を動かすこの状況下。子どもとはいえ、いよいよとなればこれ以上と無い旗印になる。
「その神獣はいまどこに?」
「普段は希望によりあの方のそばで執事を。数日前からは王都の様子を探ってくると留守にしております」
「王都を探りに?」
「ええ。国が落ち着かないので、確認をしているのではと」
……忠誠を誓った神獣は、主に従順と聞く。あの子を主と慕っているのなら探るためとはいえわざわざ離れるとは思えない。
命令されたのであればまだしも――――。
……命令?
「……あの子どもが、命令した?」
仮に、だ。あの子どもが神獣に命令して、冒険者としての身分を手に入れるよう手助けしてもらっていたのなら。
説明が、つく。
「まさか、な」
自身の推測に頭を振って思考を打ち切る。
「公爵様?」
「いや、なんでもない。――ユリウス卿、私はまだしばらく冒険者として過ごす。公爵家は父と母がなんとかするから問題はない」
そも、まだ現役で良いくらいの両親が自分に爵位を譲ったのは、万が一にもジェイドを害した連中に狙われないためだ。
そうして自分はジェイド達の眠りについて調べるため、冒険者として放浪している。
「しばらくはベルセリウス領を拠点にするつもりだ。連絡を取る場合、冒険者ギルドに指名依頼を出してくれ」
「かしこまりました。――本日は、そのためにこちらに?」
「――――ああ、そんなところだ」
本来の目的であった冒険者ダリアについては言わなくても良いだろう。
本人が隠しているのなら尚のこと。
無邪気に笑う少女を見下ろして、ただ言葉を呑み込んだ。




