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サルビア王記  作者: 柚ノ木 静加
15/21

ケイム商会

パソコンご臨終したので買い換えてたら一週トんだ……


「ウォードさん、あの、これ」


 狼の牙の面子を置いて、ウォードさんとギルドの部屋から出たところで、思い出してアイテムボックスを探る。

 取り出したのは昨日借りた身分証だ。

 ケイム商会の見習い商人を示す身分証らしく、名の通ったケイム商会であれば大抵の場所の通行、滞在はすぐに了承されるほどのシロモノだとシンさんに聞いた。


「ありがとうございます。助かりました。それと通行税もお返しをしたくて」

「……ふむ。ダリアくん、これから少しお時間はありますか?」


 差し出した身分証と通行税となる銀貨三枚をじっと見ていたウォードさんは、それらを受け取ることなくこちらに尋ねる。


「え? まあ、ある程度なら」


 昼寝の時間と言えば長くて三時間ほどだろうか。冒険者ギルドで一時間は過ごしているのであと二時間程度。多少の猶予はあるはずだと頷けば、ウォードさんが笑みを浮かべた。


「では、少々お付き合いいただけますか?」



   *   *   *



「うわぁ……」

「ようこそ、ダリアくん。ケイム商会ベルセリウス領の領都店へ」


 ウォードさんに案内されたのは、冒険者ギルドからそう離れていない、ケイム商会の建物だった。冒険者ギルドよりさらに大きい建物に思わず口を開ける。

領都の真ん中に近い、大通りに面したところに建てられているのはさすがと言えるだろう。


「こちらへどうぞ」

「あ、はい」


 多くの人が行き来している以上、邪魔は出来ないと慌ててウォードさんの後を追う。

 店内には、冒険者も、街の人間も、老若男女問わず品物を見ていた。

 ざっと見た感じ、生活雑貨に塩や小麦といった生活必需品、それに冒険者が持って出るという穀物を固めた携帯食のような加工食品を取り扱っているようだ。

 こちらで珍しいものでは魚の干物なんかも扱っている。


「……この地の野菜や果物なんかは取り扱いしてないんですね」

「ええ。広い範囲で支店を置かせていただいているため、アイテムボックスがなくても長期の保存が利くものにどうしても偏りますね。それに、それぞれその地での野菜や果物は農家の方が直接その地の者に卸していますから。とはいえ別の地の野菜や果物などは、それはそれで需要がありますので、ある程度は扱っていますが」


 それはつまり、元からそういった者と競合しないように配慮したのだろうか。

 やり手とは聞いていたが、そこまで配慮できる人だとは。


「会頭、お戻りですか」


 物珍しく店内を見ながら歩いていれば、不意に声をかけられた。視線を向ければ、少しばかり綺麗な恰好をした三十代くらいだろう、眼鏡をかけた男性の姿。


「お客様もご一緒でしたか。……おや、その花飾りは」


 こちらに視線を向けた男性は、胸元を飾る銀細工を視線に収めると、ハッとした様子で頭を下げた。


「ダリア様ですね。会頭からお話しは伺っております。この度は会頭をお救いいただき、ありがとうございました。私、この支店で支店長を務めております。ドラン・ケイムと申します」

「頭を上げてください! あの、一冒険者なので、様は辞めていただければと。それに、僕子どもですし」


 感極まったように声を震わし言葉を紡ぐ男性に、慌てて頭をあげてもらうよう促せば、柔らかく笑みを浮かべて彼が顔を上げる。


「それでは、会頭と同じでダリアくんとお呼びさせていただいても?」

「それでお願いします」

「かしこまりました」


 こんな子どもに対しても礼儀正しい様子を崩さないところが、プロだなあ。それにしても、ケイム……。もしかして、ウォードさんの息子さんだろうか。


「ドラン、上にお茶の用意とプレートの登録準備を」

「はい、すぐに」

「ダリアくんはこちらへ」

「はい」


 案内されて上の階へ向かう。二階は鞄や毛布、水袋といった冒険者に欠かせないようなものが売られていた。

 その階は素通りしてさらに上。三階が商談スペースのようだ。事務作業部屋もあるのだろう。案内されるまま通された一室は、さすがケイム商会。明らかに良いもので整えられた品の良い部屋だった。

 今世では貴族令嬢としてかなり良い品に囲まれて過ごしている上、面白がって鑑定をしまくっていたので、ものを見る目はそれなりに養われている、と思う。

 その上で言う。この部屋で寛ぐの高価すぎて怖いやつだ。


「ダリアくんは、物の価値もわかられるようですね。緊張しなくても大丈夫ですよ、そこまで高価な物はおいてませんから」

「ははは……」


 いや、この部屋でそこまで高価な物を置いてないって、本当にケイム商会どれだけ稼いでるんだ。


「そういえば、先ほどのドランさんはウォードさんのご家族なんですか?」

「はい、うちの長男ですね。ここで経験を積ませて、いつかは継がせたいと思っております」

「へえ」


 王都の本店を管理しているのがウォードさんなら、ドランさんが領都の支店を管理しているのだろう。王都に劣るとはいえ、領都もそれなりに広く人も集まっているしね。


「失礼します」

「ああ、入れ」


 規則正しいノックが響いて、話題に上がっていたドランさんが入ってくる。


「どうぞ、お茶です」

「ありがとうございます」


 温かい紅茶に息を吹きかけて冷ますと口を付ける。うん、おいしい。


「こちらもよろしければ」


 置かれた焼き菓子に遠慮無く手を伸ばす。

 ナッツと蜂蜜が練り込まれたのだろうクッキーはサクッとしていて美味しい。バターも使っているようだし、これも相当良いものだろう。でもどこか、食べ慣れた味がするような……。


「美味しい……」

「でしょう? この領都でも領主御用達のお店のものですよ」


 なるほど、うち(辺境伯)御用達でしたか。それは美味しいし、食べた覚えがあって当然だ。


「それで、ダリアくん。先ほどのプレートを出していただいても?」

「あ、はい。お返しします」


 先ほど受け取っていただけなかったプレートと銀貨三枚を出して今度こそ渡す。


「銀貨は大丈夫ですよ。これで身分の保障をしたので、通行税はかかってません」

「そうなんですね」


 身分の保障があるからか、通行税は問題なかったのか。まあ、そういうことなら、としまい直したところで、ドランさんがウォードさんからプレートを受け取って部屋の隅に向かう。

 と、思ったらすぐ戻ってきた。


「会頭、できました」

「ありがとう」


 差し出されたのは先ほどのプレート。違うのは、ケイム商会の下にダリアと名前が刻まれていることだ。


「あの、これは?」

「ケイム商会が後ろ盾になっているという証です。必要があれば使ってください」

「はいっ!?」


 紅茶を飲みながら何でも無いように説明されて素っ頓狂な声が漏れる。


「何かしらの身分証が必要だったのでしょう? 冒険者カードがあるなら問題ないでしょうが、あって損する物でもありません。ケイム商会の支店であれば融通してもらえるようにしておきますので、使えるものは使ってください」

「いやでも、身元のわからない冒険者にこんな貴重なもの、もらえません」

「商人として……暁に依頼した見習い商人が、欲を持ちすぎた危ない人物だと、あったときに察していました。これでも人を見る目はあるので。そして、ダリアくん。あなたは不思議と人を惹きつける。そして私がそう目を付けた人はほとんど大成してきました。言うならばこれは投資です」

「投資?」


 ええ、とティーカップを置いてウォードさんが穏やかにこちらを見る。


「優れた冒険者を素材の収集依頼で指名することも多いですから。必要なときにダリアくんを頼らせてもらえるなら、安い物ですよ」

「素材の収拾……」


 鑑定スキルと検索スキルを持つ私からすれば、収拾系の依頼は得意分野になるだろう。なにせ分布も生態も丸わかりだし。しかもアイテムボックスがあるので収拾した素材の保管状態も安心安全だ。……改めてチートスキルである。


「わかりました。あまり長期間拘束される依頼は受けられないと思いますが、そういうことであれば」


 将来的にどうなるかわからない。冒険者としてやっていくことになるにせよ、保険として別の身分があるのは悪くない。

 アイテムボックスと鑑定だけでも商人としてやっていくには充分なはずだ。


「他にも入り用があれば言ってくださいね」

「ああ、それなら鞄を見させてもらいたいです。アイテムボックスがあるとはいえ、手ぶらで出掛けるのは随分目立つようなので」

「その方が良いでしょうね」


 手ぶらで森にいるとなると、相当なワケアリか、アイテムボックス持ちだと悟らせてしまうようなものだと理解して、冒険者として持っていても不思議では無いような鞄を所望する。

 ウォードさんはわかっていたのかちょっと苦笑気味だ。うん、私が世間知らずなのが良くわかる現状である。


「予算は高くて金貨一枚程度。冒険者が素材採集などに持ち歩いても違和感のない鞄が良いですね。出来たら容量も大きいようなヤツで」

「わかりました。……ドラン」

「すぐにお持ちします」


 す、とウォードさんが手を上げただけでドランさんが出て行く。その間に、今の流行やおすすめの素材などをウォードさんが教えてくれた。

 軽いフォレストウルフの毛皮で作った鞄や、ブラッドブルという牛のような魔獣の革、女性には薄紅色をしたファイアラビットの毛皮がおすすめのようだ。


「お持ちしました」


 ドランさんを筆頭に数人の男女が入ってきて、数十の鞄が机に所狭しと並べられていく。

 きれいめな恰好をしているので、おそらく従業員なのだろう人は、ドランさんを除いてすぐに去って行った。


「では、説明させていただきますね」


 ほとんど魔獣の皮で作った鞄を説明されて、触り心地と使い心地を確認しながら吟味する。今後持って歩くし、良いものが良い。


「これは?」


 色とりどりの鞄の中で、目に留まったのは森に溶け込みそうな深い緑の鞄だ。


「そちらはナイトスパイダーの糸から作られた布で織った鞄ですね。染料はトレント由来です」


 形状はショルダーバッグ。持って見たが、柔らかく、それでいて頑丈そうでもある。

うん、良さそうだ。お値段は金貨一枚キッカリだけど。


「長く使うにはナイトスパイダー由来は良いですよ」

「うーん、うん。では、これで」


 金貨一枚を差し出して、鞄を受け取る。

 この世界に来て初めて自分が稼いだお金で買い物をした。前世を含め、鞄を買うだけなんて、なんてことのない買い物だろうけど……。

 そっと受け取った鞄を撫でる。

 初めての買い物は、嬉しくて、誇らしかった。


「気に入っていただけたようで何よりです」

「……良い品をありがとうございます。ところでドランさん、さっきの人たち従業員の人たち、ですよね?」


 もしやにやけていただろうか。にこにこと笑みを浮かべるドランさんにむにむにと頬を抑えながら話題を変えるように尋ねる。


「はい。何か粗相をしましたか?」

「粗相というか。ここって制服ないのかなって」


 ちょっと気になっていたんだよね。こういう大きいお店って制服のイメージだ。


「セイフク、ですか?」


 しまった、この世界には制服がないのか。いや、でも、侍女は侍女服来てるのだけど。ああ、でも、冒険者ギルドのミレイさんも、他の受付の人も、服装はバラバラだったな。屋敷の兵士の服は統一されているけど。


「仕事着ですかね? ほら、メイド服とか、執事服とか。騎士隊の服とかあるじゃないですか」

「ああ、仕事着に制服ですか。……ふむ、それにしても、商会に制服ですか」

「所属がわかるって言うのもありますけど、店内で何か聞きたい場合、買い物客は店員がどの人がすぐわかりますし」


 広いお店で探すのってちょっと大変だよね。


「なるほど。所属がわかる……服自体が看板になりますね」

「ですが会頭、店である以上窃盗被害もあります。仕事着を着ていれば従業員の場所が丸わかりで防犯に不安が残るのでは?」

「それこそ指名依頼とかで冒険者に見回って貰うとかどうですか? そういう人を専門で雇うのもいいかもですし。体力的に辞めた兵士の再雇用とかでもいいかもですけど。あとは、私服冒険者見回り中、なんて店内に提示するのも有りかな、と」


 本屋さんとかは特にそういう張り紙あったなぁ、と記憶を辿りながら温くなった紅茶に口を付ける。

うん、飲みやすい温度になった。

 さすがケイム商会、良い茶葉だよね、と改めて紅茶を堪能しつつ視線を上げれば、きらきら、というよりギラギラした二人の男からの視線に思わず肩が跳ねる。


「ダリアくん、そのアイデア、売っていただいても!?」

「はい?」


 思わぬ申し出に、ぱちり、と目を瞬かせた。



   *   *   *



「貰いすぎだと思うんだけどなあ」


 清楚で可愛らしい貴族令嬢の私室には不釣り合いの、けれど気に入った鞄を撫でる。

 今日手に入れたばかりのそれは、ぱんぱんに膨らんでいた。

 制服の話は、なんてことない会話のつもりだったのに、いつのまにか、アイデア料を貰うことになってしまった。

 鞄代金として払ったはずの金貨一枚は手元に戻ってきた上で、冒険者になったのだから一式揃えなければと水袋、火打ち石、毛布、テントを貰った。ちなみにテントはアイテムボックス行きだ。

……それにしても、貰いすぎだと思う。

 それでも足りないというウォードさんに、代わりの対価を望んで事なきを得たのだけど。


「どう思う? 蒼月」


 ベッドの上、本来の姿に戻った蒼月を撫でながら振り返る。


「この世界には無い知識だ。それを伝えたのは主だろう。であれば、対価は妥当だと思うが」

「そんなものなのかなぁ」


 元手ゼロでこれほどの品に化けるのは、元庶民としてはラッキーという気持ちが少し、申し訳ない気持ちが大半だ。


「それよりも、どうするつもりだ? 主」


 金色の目がこちらを向く。

 どうというのは先ほどウォードさんに望んだ対価のことだろう。


「知りうる限りの王都の現状について――聞く限り、嘘をついている様子は無かった」

「そもそも、嘘をついても何にもならないからね。本当の事だろうとは思うけど」


 そう、対価に望んだのは知りうる限りの王都の現状だ。

 あれから、父様と母様が倒れてからというもの、民には王が病床に伏した、と知らされているらしい。母様もその心労により静養中という扱いとのことだ。


「実質国を取り仕切っているのは王兄殿下、か」


――ジルバード・ヴェヌシュタイン、今世の伯父にあたる人。

 そして、お父様とお母様を害した人。これは城から逃がしてくれた兄の言うとおり。

 七年。もう七年だ。だというのにそれほど変わったと感じないのは私が庇護下で育てられていたからで、商人であるウォードさんたちは七年前から少しずつ、不安を感じていたらしい。

 少しずつ、少しずつ、税が上がり、商品の値段が上がり、生活は間違いなく苦しくなっていた。

そうして抱えてきた先の見えない不安が王都を覆う中、この辺境伯領は比較的昔と変わらないということでケイム商会も本店を辺境伯領に移す計画を立てている。そう聞いた。


「どうするつもりだ?」


 二度目の問いかけに、少しだけ沈黙する。


「――蒼月」


 覚悟を決めてずっと傍にいた相棒とも呼べる半身を呼ぶ。その瞳が細められて、真っ直ぐに彼がこちらを見た。


「王都を探ってきて欲しい。ジルバードおじ様とマリア妃が本当に手を組んでお父様達を害したのか。彼等は何をしようとしているのか。それから、城の内情と、王都の民の現状も知りたい。決して誰にも知られないように。……出来る?」


 覗き込む先で、神獣たる蒼月が不敵に笑む。


「主が望むのであらば、容易いこと」


 


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