冒険者ギルド
「お昼寝、ですか?」
翌日の昼食後、何か入り用は無いかと午後の予定を確認してきた侍女のメイサに返事をすれば、あら、と彼女が目を瞬かせる。
「うん。昨日、夜更かしして少し眠くて。夕食までには起きるから、起こさないでくれる?」
「かしこまりました。シャナ様、お着替えはなされますか?」
「大丈夫よ。それくらい自分で出来るから」
ここに来てから主に私の世話をしてくれているメイサは辺境伯家の侍女長だ。蒼月から聞いた話では、あのとき辺境伯――今ではおじ様と呼んでいる――と一緒にいた護衛二人を除いて、唯一私の出生を把握している人らしい。
おじ様に昔から仕えているため、おじ様からの信頼も厚く、それに応えるメイサも忠義者だ。
だからなのか、ありがたいけれどメイサは過保護だ。きっと屋敷を抜け出して鍛錬をしているなんて聞いたら卒倒するだろう。
嘘をつくことに罪悪感を覚えながらも、自室に籠もると昨日と同じ服に着替える。
この世界に魔法があって良かった。清潔魔法が無ければ屋敷の者から隠れて洗濯するのも苦労しただろう。
鏡を見て一纏めに髪を結びながら、せっかくだから、冒険者をしている時は戻しておこうと魔法を解く。蒼月にしてもらってた色替えは、魔法の練習がてら実は最近自分でやっているのだ。
ちなみに屋敷で呼ばれる名前はシャナのままだが、それは愛称だ。おそらく、私が戻ることが出来たときに違和感がないように、とおじ様が気をつかって名を付けてくれたのだろう。
そっと黒に戻した髪を帽子の中に入れて、サングラスをかけて。外套を着たところで昨日貰った飾りを思い出して胸元に飾る。
黒ずくめの衣装に、銀の飾りはよく目についた。
「蒼月」
「呼んだか」
するりと部屋の中に現れた蒼月は近くに待機してくれていたのだろう。午後から出る旨を伝えていたとはいえ、ありがたい限りだ。
「行くか、主」
「よろしく、蒼月」
「ああ、了承した」
ふ、と笑みを零した蒼月の手を取って、屋敷を抜け出すため窓を開けた。
* * *
「よう、ダリア! こっちだこっち!」
「こんにちは、シンさん」
冒険者ギルド。入ったことは無いけれど、存在は知っていた場所だ。
さすがに目立つので蒼月を近くで待機させたところで、物珍しさからきょろきょろしながら建物に足を踏み入れれば、早々に名前を呼ばれた。
冒険者ギルドの階段で声を上げるシンさんに手を振り返して近寄れば、くい、と大きな指が上を指した。
「話が長くなりそうでな、今日は二階だ」
「二階?」
「ああ、そうか。ダリアは冒険者ギルド自体初めてか?」
「まあ、そうですね」
「下はすぐ終わる依頼の報告とか、買い取り査定に依頼の受注用。二階は話が長くなりそうなときとかお偉いさんが絡むときに使うんだよ。今回は普通に話長くなりそうだからだな」
なるほど。まあ、長い話を数も限られているカウンターでされると迷惑だろうしね。
「みんな上で待ってるぜ」
「僕が最後ですか? すみません、お待たせして」
「いや。それはいいんだが――」
階段の途中で立ち止まったシンさんが、こちらを見てくる。その表情は至極真面目なものだ。
「ダリア、お前それ素でそれか?」
「どういう意味ですか?」
首を傾げれば、シンさんが階段上でしゃがんでくれる。だが、体格が良すぎで視線は上を向いたままだ。
それを気にせず、ぴ、とシンさんの太い指がこちらを指す。
「いいか。冒険者は荒くれ者も多い。冒険者になるってんなら、同じ冒険者に敬語を使うとまず舐められるぞ」
あー……。なるほど。年功序列とかでもなく、キッチリ力での優劣が冒険者ではつくのだろう。
「ありがとうございます、気をつけます」
「オイ、言ったそばからじゃねーか」
「ははは、ありがとう、気をつける」
渋い顔をしたシンさんに、意識して言葉遣いを砕けさせる。ううん、日本人の国民性から年上には敬語を使いがちだけど、いらない揉め事を避けるためにも助言は受け入れた方が良いだろう。
「よし! いいじゃねえか!」
「うわっ」
ニッと笑みを浮かべて立ち上がると、乱雑に頭を撫でるシンさんに、慌てて帽子を押さえる。
「アイツらにも同じように頼むぜ」
「わかったよ」
帽子の位置を直しつつ、頷いて再び足を動かす。
「よぉ、入るぜ」
「あら、ダリアくん」
「よく眠れたかい?」
「良く来たのう」
「こんにちは、ダリアくん」
「こんにちは」
二階の一番奥の部屋。ノックもそこそこに扉を開けたシンさんについて部屋に入れば、狼の牙のメンバーとウォードさんが揃って座っていた。
挨拶をしてくれる彼等へ会釈して、その奥に視線を向ける。
シンさんと負けず劣らずの体格をした壮年の男性が座り、その後ろにまだ年若い女性が控えていた。
冒険者ギルドの上役と、受付の事務員さんだろうか。
「ほら、突っ立ってないで座りなよ」
エインさんに手招かれて、空いている席に腰を下ろす。ちなみに、シンさんは早々に座っていた。
「よし、揃ったな」
奥に座っている男性の声に視線を向ける。
「君がダリアか。話は聞いている。俺はロレンツ。この冒険者ギルドのギルドマスターだ。うしろはうちの受付スタッフのミレイ」
「初めまして、ミレイです」
「ダリアです。初めまして」
上役だろうと思っていたが、まさかのトップのお出ましらしい。昨日の件だろうとは思うが、ギルドマスターが出てくるとは。
ああ、いや、ケイム商会の会長が巻き込まれている以上、ギルド側も慎重になるか。なにせ原因の一端は冒険者ギルド所属だ。
「事情はシンやウォードさんからも聞いた。ギルド所属の馬鹿が迷惑かけた上、コイツらまで助けてもらって感謝する」
「いや、大したことは」
「いやいや、大したことだって。ダリアくんいなけりゃ俺ら死んでたからな?」
「そうですよ。さすがに死を覚悟しましたから」
「……だとしても、たまたま通っただけだ」
エインさんとセシリアさんの言葉に、ただ事実を述べる。たまたま鍛錬で近くにいたので、彼等は運が良かっただけだ。
「俺としては、何故お前みたいな坊主が何故あんな森の中にいたのかが気にかかるがな。しかも、シンの話を聞くに子どものくせに相当の使い手らしいじゃねえか」
「領都に向かってて、寝付けないから鍛錬していたら、たまたま遭遇したんだ」
「一人でか?」
鋭い眼差しでこちらを見るギルドマスターに、疑われているのを察する。無理も無いだろう。私だって子どもが森の中いて鍛錬してました、なんて言われたら怪しむ。
どう返答しようか、と悩んでいたところで、ふっと目の前の彼が噴きだした。
「んな顔しなくても根掘り葉掘り聞かねえよ。冒険者ギルドにワケアリは珍しくないからな」
ケラケラ笑う彼の瞳から疑いの色が消えたわけではないが、本当に聞いてみただけではあるのだろう。それにホッと息を吐く。
「まず登録だな。狼の牙の推薦と、ウォードさんの話もある。その歳でフォレストウルフを相手取れるなら冒険者登録は問題ない。――ミレイ、登録を」
「はい」
ミレイさんが前に出て、書類とペンを渡してくれる。
「こちらに名前と年齢のご記入を……文字は書けますか?」
「大丈夫です」
「あら、ダリアくんもう文字書けるのね」
「ある程度なら」
貴族令嬢である以上、当然教養は受けているがこの世界ではやはり識字率は高くないのだろうか。
文字の読み書きが出来るだけで目立つのは避けたいな、とセシリアさんの問いにはあいまいに応えてペンを取る。
「年齢はわからなければおおよそでかまいませんよ」
ギルド加入書にダリアと名前をサインし、ミレイさんに返す。
「次に、こちらに血を」
「これは?」
差し出された丸い水晶のようなものは、奥でゆらゆらと光を帯びている。
「魔道具です。これに一滴の血を登録し、名前と本人を結びつけるプレートが作成します。別の名前で同じ人間が複数冒険者登録をしないためですね」
「へぇ……」
冒険者ギルドを追い出されたものが、別の場所で再登録しようとしても防げると言うことか。便利な魔道具だ。DNA鑑定みたいなこともできるんだろうか。
一緒に差し出された針で指先を指すと、魔道具と言われた水晶に血を押しつける。
「はい、ありがとうございます。念の為犯罪者印の確認を……問題ないですね」
水晶の回収ついでに渡された黒い石を握らされてすぐに回収された。
「いまのは?」
「初めて見ましたか? これは魔法石です。犯罪者となると魔法で体に刻印が施されます。けれど、隠されることもありますから。この石を握れば刻印は強く光るんです。ダリアくんは問題ないとは思っていましたが、ギルドの規定ですから」
「なるほど」
犯罪者かそうでないかの確認は大事なのだろう。
「ちなみに、昔は手の甲に刻印されるのが普通だったんだが、犯罪者であることを隠すために手を切り落とした馬鹿が昔出て、今じゃぜってぇ切り落とせねぇ位置に刻印されるんだとよ」
「うわぁ」
自分で切り落とすって。聞くだけで痛そうだ。
「問題ないようですね。これで登録は完了です。こちら、冒険者カードになります」
「ありがとうございます」
いつのまにか出来上がったらしい金属製のプレートを渡される。ダリア、と名前の横に年齢が記載され、その下に推薦者、狼の牙と書かれている。プレートの半分は大きくDの表記。
「これが、冒険者カード……」
「冒険者登録おめでとさん!」
「これで仲間ね」
「おめでとう。ダリアくん」
「おめでとう」
「おめでとうございます、ダリアくん」
ぎゅ、とプレートを握り、ちょっとした興奮を抑える。
「ありがとう、ございます」
だって、冒険者カードだ。異世界に来たのなら誰だって見てみたいと思うだろう。
「簡単にギルドの説明をしますね」
「はい、お願いします」
「冒険者ランクは一番下が仮登録のF、そこからE、D、C、B、A、一番上のSと上がっていきます」
「あれ? でも、僕のこれは」
冒険者ランクの仮登録がFであればこのDランクは間違いだろうかと首を傾げれば、いいえ、とミレイさんが優しく笑みを浮かべる。
「フォレストウルフは単体でDランク。群であればCランク以上の危険度で判定されます。以上のことから、Dランクからのスタートが適正だと判断されました」
「五匹以上倒してんだ。Cランクでもおかしくはねえが、登録直後のガキがDランクでもそれなりに目立つ。C以上になればやっかみも増えるからな。当分はDで良いだろ」
「かまいません」
むしろありがたい配慮だ。
「冒険者カードは身分証にもなります。よほどのことが無い限り剥奪はありませんが、一年以上依頼の達成がない場合、正当な理由がなければ剥奪となりますのでご注意ください。ただ、先ほども申し上げましたとおり身分証に使う方もいますので、ただの更新であれば街の清掃や、冒険者ギルドの雑務を依頼とする場合もありますよ」
危険度がない依頼もあるのか……。もしかしたら、まだ幼い冒険者のことや、怪我などで戦闘が絡む冒険者活動が出来なくなった人のことも考えているのかもしれない。
「依頼はギルド掲示板に貼りだしています。ギルドの受付で依頼の申請をお願いします。受付けられるのは自分のランクの一つ上まで。ダリアくんでいえばCランクまでですね。依頼失敗時は違約金を払っていただくことになりますので、無理せず自分にあった依頼を熟してください」
「わかりました。ちなみに、冒険者が強制で依頼を受けざるを得ないことはあるんですか?」
「滅多にありませんが、冒険者はスタンピードの発生時に強制参加の義務がありますね」
「スタンピード……」
確か、魔物の氾濫。文字通り溢れるような魔物が一直線に街を目指す現象だったか。だいたいは大物の魔物に追われた小さな魔物達が起こしているらしいけど。
詳しい発生メカニズムはまだわかっていないはずだ。
「とはいえ、ここ数年はスタンピードも起こっていませんから。あとは、貴族絡みの指名依頼を断りづらく感じられる方もいらっしゃいますね。指名されるのはBランク以上の方が多いです」
なるほど。貴族絡みは避けたいところ。断りづらく感じる、ということは、拒否権はあるのだろう。評価を気にしなければ断ってしまっても問題無さそうだ。
「疑問点はありますか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「いえ、また何かありましたらおたずねください」
一礼して笑みを浮かべたミレイさんが、一度視線をウォードさんに向ける。
「では、次は精算の方に入りましょう」
「精算……?」
「言ったでしょう。護衛代金とポーション代です」
「ああ、そういえば」
すっかり忘れていた、と思いながらも向き直る。さて、なし崩し的に受けることになった初依頼だけど、自分で初めて稼いだのはどれくらいだろうか。
「まずは護衛依頼料金として金貨八枚。倍額を約束していましたから十六枚ですね。ポーションはハイポーションでしたので一本につき金貨一枚。フォレストウルフの襲撃もありましたし、色を付けて金貨二十五枚になります」
重ねた金貨を机の上に置かれて思わず目を丸くする。
たしか金貨一枚が日本円でだいたい一万円くらいだったはずだ。この世界の冒険者の、はっきりとした収入はわからないが、これはかなり多いのでは。っていうか前世の一月のバイト代軽く超えた。
「本来であれば命を救われたことでもっと用意したいところですが」
「いえ、充分です」
ちらりとこちらに視線を向けてきたウォードさんに慌てて答える。なし崩し的に助けたわけだし、依頼を受けているわけでもないのに貰いすぎるわけにもいかない。
「フォレストウルフの素材をお預かりしていますが、どうされますか? 素材を全て解体して売却することも、持ち帰ることも出来ますが。ただし、解体費用は差し引かれます」
「全て売却でお願いします」
「それでは、フォレストウルフ五匹まるごと売却で金貨二枚と銀貨五枚となります。解体費用は今回狼の牙がお支払いでよかったですね?」
机に二枚の金貨と銀貨五枚を置いたミレイさんがシンさんたちに視線を向ける。
「ああ、それくらいは払わせて貰わんとのう」
「こちらは命を助けられてるんですから」
「なら、お言葉に甘えて」
セシリアさんとキィさんの言葉に、ありがたく好意に甘えることにする。正直推薦人になってくれただけで充分なのだけど、後ろで大きく頷いているエインさんとシンさんの様子からしても話を合わせてきているようだし、命の対価と言われてしまえば受けるべきだろう。
「報酬は全て現金でお受け取りされますか?」
「他に方法があるんですか……?」
「はい。冒険者の方はギルドにお金を預けることが可能です。冒険者カードを通して金額を確認できますし、他の冒険者ギルドの支部でもお引き出しが出来ますよ」
なるほど、通帳みたいな扱いにもなっているのか。便利だな、冒険者カード。
「金貨七枚と、銀貨五枚は持っておこうかな……。金貨二十枚をカードに入れてもらって良いですか?」
先ほどのウォードさんからの報酬も合わせて多めに入れておこう。ウォードさんの用意してくれた金貨から五枚を抜いて、残りをカードと一緒にミレイさんに渡す。
全部をアイテムボックスに入れてても良いんだけど、貯めるにはやはり誰かに預けたいところだ。
「かしこまりました」
ほんの少し目を丸めたミレイさんに疑問を覚えながらも、金貨七枚と銀貨五枚をアイテムボックスに入れる。
「ダリアくんはその歳で計算も出来るんですね」
「え? ああ。少しですよ、少し。珍しいですか?」
ウォードさんに言われて、ようやくミレイさんが驚いた様子であった理由を把握する。そうか、これも普通は難しいのか。
「そうね、冒険者になればある程度教えてもらったりするけれど、その歳ですぐにっていうのは珍しいわね」
「まあ、僕もワケアリだし」
「だろうな。詮索なんざしねえよ」
ひらりと手を振ったシンさんが、興味なさそうにあくびをかみ殺していた。
「眠そうだね、シンさん」
「狼の牙の皆様には大変ご迷惑をおかけしました。うちの見習いの件の区切りがついたのは明け方でしたので」
「そういえば、結局どうなったんです?」
「全員犯罪者として捕らえられましたよ」
結局は、ウォードさんが最初に言っていたように、罪人となったわけか。
「『暁』の連中はギルドでも度々名が上がっていてな。要注意として警戒はしていたんだが、護衛任務、しかも他のパーティーも絡むもので、あれほど馬鹿な真似をすると思ってなかった」
ああ、いや、言い訳だな、と呟いて、ロレンツさんが頭を振る。
「こちらの見積もりが甘かったことが原因だ。ウォードさんにも迷惑をかけた。本当に申し訳無い」
「いえ、見積もりが甘かったのはこちらもです。まさか狼の牙のみなさんに薬を混ぜたのがうちの見習いだったとは。みなさんにはご迷惑をおかけしました」
「いや、いくら同じ依頼を受けた仲間だっつっても冒険者は原則自己責任だからな。むしろ護衛依頼で依頼主を危険に晒した俺たちの方が謝罪すべきだろう」
ロレンツさんとウォードさんとシンさんたち、大の男――しかもうち二人はかなり体格が良い――が謝りあう姿はわりとシュールだ。
「ギルドマスター、ウォードさんとシンさんも、謝罪はそれくらいで。まだやることもありますので」
「僕もまだありますか?」
「ダリアくんは大丈夫ですよ。ウォードさんも先ほど調書を出していただきましたし。ですが、狼の牙のみなさんは、今回ばかりは報告書を出していただかなければ」
「うげっ」
嫌そうに顔を歪めたシンさんとエインさんの隣で、仕方ないな、と言った様子でキィさん達が肩を竦める。
事が事だけに、いろいろ冒険者ギルドで精査をするのだろう。
「くれぐれも、報告書を出さずに先に依頼を受けないでくださいね」
笑みを浮かべるミレイさんの後ろにヤバいものが見えた気がした。
ついでにぶんぶんと首を振るシンさんとエインさんの頭にぺたんと下がった耳も見えた気がする。
きっと前科があるのだろうな、と思いながら縋るようにみてきた二人の視線から逃げながら、そっと外を眺めた。ああ、良い天気だ。




