捕縛
「――そろそろかしら」
ふと、外の景色を眺めて呟かれたセシリアさんの言葉に、皆が視線を先へと向ける。
領都の壁はもうとっくに視界へ入っている。領都の門まで、数分とかからないだろう。
『――主』
『蒼月。そっちの様子はどうなってるの?』
突如脳裏に響いてきた声に平静を装って、返事をする。
『理解に苦しむのだが、どうやら主と共にいる者らが夜間の旅を強行したために、大量のフォレストウルフに襲われ、命からがら逃げてきた、と言っている』
『そ、れは……私も理解に苦しむなぁ』
お約束と言えばお約束だけど、本当にそんなことあるのか……。
『街の人間、冒険者ギルドとか言うヤツらが、助けに行くつもりで門の前に集まっている』
『とりあえず、商人見習いとその護衛の冒険者パーティーが逃げ出さないようにだけお願い』
『御意』
ひとまずこれで逃げ出すようなことはないだろうけど。
「ダリアくん、どうかした?」
「ああ、いえ。街はどうなってるかなぁって。ほら、先行した人たちが先について、どんな証言したのか気になって」
「証言なぁ……」
「どうせ、わしらに全てをなすりつけたことじゃろう。ふむ……わしらが夜間の旅を強行し、魔物に襲われ命からがら逃れた……そんなところか」
顎をさすりながら思考するシンさんに、キィさんが予測を口にする。大当たりだ。
「魔物に襲われて逃げてきたとなれば冒険者ギルドも動くだろう。今頃門のあたりで大騒ぎが起こってるんじゃ無いか?」
冷静なエインさんの読みも当たっているあたり、この人達優秀なんだろうなぁ。
「あら、どんな顔で出迎えてくれるか楽しみね」
セシリアさんの笑顔が大変怖いです。この人怒らせたら駄目なヤツだ。
「戦闘になることは……まあ無いと思いてえが。なったらダリア、ウォードさん任せて良いか? せっかくだ。直接アイツらぶっ飛ばしてえ」
「どうぞご自由に」
私は巻き込まれただけ、というか部外者に近いのでケリをつけるとこまで首を突っ込むつもりは無い。
「私にお構いなく存分に動いてください。あ、見習いの方はこちらでもお話しがありますので、話せるようにはしておいてくださいね」
「おう」
手酷くやられたウォードさんも思うところはあるようで、実質話が出来たらあとはどうでも、というスタンスのようだ。
つくづくここは、シビアな世界だ。
「さて、つきますよ」
念の為蒼月が作った氷の刀をアイテムボックスから取り出して、何かあっても対処出来るようにしておく。
数十メートル先、深夜に珍しく開けられた門の向こうで驚きの声が上がっていた。
「おい、あれ……!」
「狼の牙だ!」
「どういうことだ!? 今アイツらの話ではフォレストウルフにやられたって……!」
どうどう、と門の前で止められた荷馬車からシンさんが真っ先に飛び出す。
「暁の連中とそいつと一緒にいた見習い商人はどこだ?」
「シン……! どうなってるんだ? お前らフォレストウルフに襲われたって……!」
シンさんの知り合いなのだろう冒険者の言葉に、狼の牙の面々の顔が険しくなる。
「あぁ、確かにフォレストウルフに襲われたぜ。夜間に旅を続けるよう進言して、わざわざ俺たちに薬盛って後ろから襲ってきた暁の連中に餌にされたせいでな!」
吼えるようなシンさんの声に、周囲にいただろう冒険者たちが一斉に一点を見つめた。その視線の先に見えるのは、狼狽える五人の男女。あれが暁という冒険者なのだろう。
「っ、なんで……!」
「よぉ。わざわざ待っててくれて悪かったな」
「おかげさまで、狼の牙と言う名前なのにウルフの腹の中に収まりかけましたわ。お恥ずかしい」
ふふ、と笑みを浮かべるセシリアさんが、次いで荷馬車から降りる。ぱしん、ぱしん、とメイスを手で打ち鳴らす音がやけに大きく響いた。
「逃げようとするなよ」
「逃げられないと思うがのう」
真後ろの荷馬車の中で、エインさんが弓を、キィさんが杖を構える。
「さぁて、観念して――」
「誰が観念するか! 死ねぇ!」
バキバキと指の骨を鳴らしていたシンさんに、男が一人、剣を抜いて飛びかかる。
「しゃーねぇな。オラァッ!」
「うわぁ」
剣を躱したシンさんの見事なラリアットに思わず声が漏れた。
「あら、手が滑りましたわ」
「うがっ」
「おっと俺も」
「ぎゃっ」
「じゃあわしも」
「うあっ!」
「エインさん、キィさん……」
セシリアさんを筆頭に、手が滑ったにしては正確な矢と魔法が暁のメンバーに刺さる。
「あっはっは、手が滑っただけだよ、ダリアくん。ねえ、ウォードさん」
「ええ、手が滑ることはありますよね」
「はぁ……まあ、大丈夫なら良いんですけど」
目の前の惨状に笑みすら浮かべて見せたウォードさんの様子から、問題はないようだ。
「くっそ、ざけんじゃねぇええええっ!」
次々と仲間を倒された男の一人が、まっすぐにこちらへ向かってくる。狙いの先はウォードさんだ。
その血走った目を確認して、反射で氷の刀を振るう。
「っが」
「おー」
首筋に峰を打ち付けられ、意識を失って倒れる男の様子に、シンさんが感嘆の声を上げる。
「いや、おーじゃなくて。こっちに流さないでくださいよ」
「わりいわりい。お前なら大丈夫だとは思ってよ。後ろにエインとキィ爺もいたしな」
確かに、エインさんとキィさんがいたら手を出す必要も無かっただろうけど、体が無意識に動いてしまった。
こう、改めて蒼月の鍛錬効果を感じる。
「おかげで楽させてもらったよ、ダリアくん」
「まあ良いですけど」
「それにしても、あと一人、見習いの姿が見えんのう」
「そういやアイツどこいった?」
見たところ荷馬車もない。まさか、ウォードさんのアイテムボックスと一緒に先に逃げようとしているのか。
「うわあああああっ!」
「なんだ!?」
少し離れたところからの悲鳴。
場にいた冒険者達が一斉に警戒を示す中、脳裏に声が響く。
『逃げようとしていたので捕らえた』
『見習い商人か……よくまあこのタイミングで……逃げ切れると思ったのかな』
これだけ人が集まっている状態で、脱出を決行しようと思ったものだ。
「こいつは……暁といた商人だ!」
「逃げるつもりだったのかっ?!」
「おい、足が凍ってるぞ!」
ざわめきからなんとなく察したのだろう、それでも意味が分からないというようにシンさんが首を傾げる。
「なんだ、どうした?」
「魔道具が暴発したんですかね? 逃げられなくて良かったじゃ無いですか」
「ダリアくん何かしましたか?」
「さあ? 少なくとも、僕が直接したわけではないですよ」
笑みを浮かべて見せれば、ウォードさんが僅かに目を見張り、次いで何でも無いように笑みを返してくれた。
「事情聴取は僕がいなくてもいいですかね?」
「それは構わねぇが。どっか行くのか?」
「僕がいてもあまり役に立ちそうにないですし」
それに、そろそろ帰っておかないと、抜け出したのがバレることはないだろうけど少し不安だ。
「ああ、でも入場に通行許可がいるんだっけ」
今の私は外からきた部外者だ。身分証となる冒険者ギルドにも登録していない以上、通行税とかが入り用になるはず。
……アイテムボックスに売れるものがあっただろうか。さすがに貴族の令嬢が直接お金の管理しているわけでもないから持ってないんだよね。
「ダリアくん、これを」
「これは?」
ウォードさんから渡されたのは銀色のプレートだ。ケイム商会と書いている様子からして、商会に関連するものなのだろうけど。
「うちの見習いとして身分を保障するものです。後で私が手続きをしておくので、そのまま入って貰っても大丈夫ですよ」
「でも」
「かまいませんよ、それくらい」
「……では、ありがたく。冒険者ギルドに登録できたらすぐ返します」
「ええ」
にこにこと笑みを浮かべる彼の好意を、ありがたく受け取ることにする。今は早く帰ることの方が重要だ。
「ま、子どもは寝る時間だしね」
「話してると落ち着きがあって子どもなの忘れちゃいそうだわ」
「そうじゃのう、子どもは先に帰るべきじゃろうて」
「そうですね。報告などは私が担当しますから」
狼の牙のメンバーとウォードさんの申し出をありがたく受け入れて、氷の刀をアイテムボックスに戻す。ああ、預かった荷物も出さないと。
「ウォードさん、荷物返しますね」
「ありがとうございます」
後ろを振り返って、預かっていた荷物を馬車の中に戻す。
「シンさん、フォレストウルフはどこに出していきます?」
「お、この辺で頼む」
「はい」
御者台から降りるとシンさんが指さした場所へフォレストウルフを出す。
「ダリア、明日、つーかもう今日か。暇な時間あるか?」
「暇な時間ですか?」
令嬢として家庭教師は付けられている。とはいえまだ幼いので、午後は自由なときも多く、明日は昼から何も無かったはずだ。
「昼からでも?」
「ああ、どうせ俺たちも終わって寝てるだろうしな。なら昼過ぎに冒険者ギルドで。その時登録まで終わらせようぜ」
「了解です。では、僕はこれで失礼します」
「おう」
「またね、ダリアくん」
「またの」
「おやすみ」
「お気を付けて」
見送ってくれる彼等に手を振ると集まった人たちの中を抜けていく。好奇心の視線を遮るため、帽子を深く被り直して足早に抜ける。
すれ違いに治安維持の衛兵が駆けていった。どうやら単に冒険者の依頼失敗騒動ではなく、悪質な事件だということが知れ渡ったのだろう。
令嬢として衛兵と顔を合わす機会は少なく、顔を隠しているとはいえ少し心臓に悪い。
「――蒼月」
「ここに」
誰もいない路地に入り込み名前を呼べば、人の姿をした蒼月が傍らに姿を現わす。
「助かったよ、手を貸してくれて」
「いや、構わない。それより主、怪我は?」
「ないよ。心配してくれてありがとう」
心配性というか、なんというか。少し離れただけなのに確認してくる蒼月に苦笑を浮かべて手を伸ばせば、屈んだ彼が頬を寄せてくる。
するり、と擦り寄ってきた蒼月に、犬みたいだな、と思考した瞬間にその姿が溶けて手触りが替わる。
すべすべの肌からもふもふの毛に。身長よりはるかに大きな神狼の姿。
それからふるりと体を震わせて、大型犬より少し大きいくらいへ変化した蒼月が身を屈める。
「主」
「うん、お願い」
鍛錬の行き来に慣れたもので、いつものように蒼月の背に跨がった。
しっかりと体勢を整えれば、ふわりと屋根へと跳躍し、街の中を疾走する。
気をつかってくれているのだろう、大して揺れも無い動きに眠気が襲ってくる。さすがにここで眠るのは不味いので頭を振って眠気を飛ばす。
色々ありすぎて少し疲れた。今日は、帰ってすぐに寝よう。




