ダリア
木々の間を走り続け、ようやく見えてきたのは、道の最中、フォレストウルフに囲まれる馬車だ。御者をしている誰かに、フォレストウルフが飛びかかって――
「蒼月、武器!」
「これを!」
す、と生み出された氷の刀を受け取り、勢いのままに木から飛び降りる。
「うわああああ!」
「――――ッ!」
悲鳴を上げる男に牙が触れる寸前、自身が振りかぶった氷の切っ先が獣の喉を切り裂いた。
その感触に悲鳴を上げそうになるも、喉の奥に押し込めて、向けられた殺気に反射のように刃を振るう。
二、三、四……!
「これで、ラスト……!」
五匹目のフォレストウルフを切り捨てたところで、索敵を広げて周囲に生存反応の有無を探る。遠くの方に、先ほどの七つの生存反応。集中すれば、その中に魔獣の生存反応がないことがわかる。向こうは問題ないだろう。
となると、問題はこちらだ。だいぶ生存反応が弱っている。
「う……っ」
目を開いて見えた光景に、嘔吐きそうになる。
飛び出してきそうな蒼月を、小さく首を振って押し留めた。
「――こ、ども?」
「ご無事ですか」
「ええ、私は。ですが……」
御者に乗っていた男が見るのは、ウルフにやられたのだろう、血と泥に塗れた人の姿。前世では見たことなかった、あまりにも生々しい光景に、再び込み上がりそうなものを無理矢理呑み込んで目を伏せる。
「すぐに手当を」
氷の刀を地面に突き立て手を放すと、す、とアイテムボックスから回復薬を取り出す。森での鍛錬を始めてから、蒼月が揃えてくれたものだ。
「飲んでください」
倒れて生存反応が弱い人から、順に回復薬を飲ませていく。
「傷が……!」
「ありがとう、ありがとう……!」
涙ながらに感謝する男女に、少々どころか居心地の悪さを感じる。
さて、ここからどうするべきか、と悩んだところで声をかけられた。振り返れば、荷馬車の御者をしていた壮年の男。
彼は、馬を落ち着かすと馬車から降り、こちらへと歩いてきた。
「助けていただき、感謝いたします。私はウォード・ケイム。ケイム商会の会頭をやっております」
「ケイム商会……というと、確か、王都の」
名前は何度か聞いたことがある。商会と言えばケイム商会というくらいには、幅広い商売をしていた大きな商会だ。
身なりこそ旅をするためか普通のものだが、この状況で名前を偽ることは無いだろう。
「王都に本店を置かせていただいておりますが、様々な都市に支店がありまして。この先のベルセリウス辺境伯の領都に向かう途中でした。本当に、助けていただき、ありがとうございます」
「いや……出来ることをしただけで」
「謙虚な方ですね。そういえば名前をお尋ねしていなかった。勇敢なる冒険者の少年よ、名前をお伺いしても?」
少年、と呼ばれてサングラスの下で瞬く。確かに鍛錬のために用意したのは動きやすさから男物の服だ。顔も隠し、髪も無造作に一つに束ねている。この年齢であれば間違われることも仕方ないだろう。
それに、家を抜け出している身としては、勘違いされるならありがたい。問題は名前だけれど。
思わず沈黙すれば、す、とウォードさんが目を細める。それから、なにか考えるように視線を動かし、後ろの積み荷を目に留めて頷いた。
「では、この国の慣わしにちなんで。――ダリアくん、とお呼びしましょう」
ウォードさんの視線の先にあったのは、蓋から零れたのか積荷から落ちそうなダリアを象った銀細工のブローチだ。
「慣わし……?」
「あぁ、古いモノですからご存じないですかな? この国では、英雄のように国から功績を称えられるとき、花の名前のミドルネームを授けられるのです。私にとってあなたは命の恩人、救世主のようなものですから。花の名前から、ダリア、と」
「ダリア、か。……良い名前です」
特にこだわりはないが、ダリアの花は好きだ。見かけない花も多いが、前世でも存在する花の名前は少し嬉しかった。




