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隣で王子が責められている

作者: 駄寒広海

よくある、乙女ゲームに転生した話が前知識としてあると読みやすいかもしれません。


「私は今この場で、トゥイラーナ・ウォリント嬢との婚約を破棄することを宣言しよう」


第一王子のこの言葉で、会場が静まり返った。

彼の発言を聞き取れていたか怪しい楽団の人々も、不穏な空気に気が付き、心地よかった音楽も鳴りやむ。せっかく良い所なのに、と後ろ髪を引かれるように弱弱しくヴァイオリンを弾く奏者に注意を向ける者はいない。通常だったらプロ失格だとなんだと騒がれるほどの失態でも今は些細ですらない。


貴族は人が出す空気に敏感だ。

何やらことが騒がしくなりそうなホールの真ん中にパーティーの参加者たちが近づいていく。コソコソ。擬音をつけるならこれが妥当だろう。


第一王子の目の前には、一人の令嬢がいた。

彼女の名前はトゥイラーナ・ウォリント嬢。

今まさに婚約破棄宣言された、その人である。


「まあ、随分と唐突におっしゃいますのね、ライル殿下」


彼女は美しく輝くエメラルドの瞳を、すうっと、けれどもねっとりと、細める。

口元は扇子で覆われているが、きっとその下で唇は弧を描いているのだろうと安易に想像できた。


「唐突、果たしてそうだろうか」


王子は目線は彼女を捉えたまま、意地悪く笑う。

「君がミィナを虐めていたのを私が知らないとでも?」


「ええ、知っていますわ」

彼女の間髪入れない返事に、王子は僅かに目を瞠る。


「なんだ、認めるのか。なら話は早いな。君は罪もない、ましてや聖女となり得る存在を、嫉妬という不合理な感情で敵視し、遂には先日階段からミィナを落とした。幸い大きな傷はなかったが、一歩間違えれば命を落としうる事件だ。あれは殺人未遂に他ならない。国の益となるべき王妃候補が、そのような態度を取るなど言語道断だ」


「それが、殿下の婚約破棄に至った理由ですか」

「そうだ」


「では婚約破棄は認められません」


王子は冷静に話すよう心掛けているようだった。しかしその力強く握られている拳から怒っていることは明らかだった。

それと反対に彼のその努力を嘲笑うかのように、トゥイラーナさんは優雅だ。


「あれだけの罪を犯しながら、のうのうと我が婚約者の座に収まろうとしているのか」

「いいえ、殿下。そもそもその前提が間違っているのですわ」


彼女はより笑みを深めた。まるで、全てを予測していたかのように余裕を滲ませている。

特別大きくもない涼しげな声は、けれども会場にいる全ての人に聞こえていただろう。


「私はミィナ嬢をいじめたりしていませんもの」


王子の握り拳に赤みが増す。増す。

近くで見ればその眉間に薄い皺が出来ているのがわかる。


「さっき君は知っていると、言っていたが」

「ええ。知っていましたわ。殿下がそのように誤解なさっていることを」


「なっ、君は私がそう思い込んでいるだけと言いたいのかっ」

「だから、そう申し上げたではありませんか。何を証拠におっしゃって?」

「複数の令嬢が告発してくれた。それに、ミィナが泣いている場にいつも君がいた」

「殿下。そのようなものは証拠になり得ません」


「黙れ!」


依然として静かな会場に王子の叫び声が響く。

ことの始まり、婚約破棄宣言の時は「何事か」と不安気にしていた周囲も、今となっては見世物の観衆らしく楽しげだ。顔には出ていないが。

それに、王子は気づかない。

目の前のご令嬢に怒りを向ける王子だけが。


「ああ、君は相変わらず卑怯だからな。あからさまな証拠などないんだろうな」


あからさまどころか暗に隠されてる証拠もないわよ、との呟きは王子には届かない。


「ただ、今回の一件で、私と君との間に不信が生まれたのは言い訳の仕様がないだろう。そんな関係の君と国を守っていくのは無理だ」


あら、今日の殿下は頭が冴えているわね。馬鹿なのに。

彼女を知る人ならば、あるいは感情の機微に敏感な人ならば、彼女の目からそれくらいは読み取っただろう。

だがやっぱり王子は分からない。


「...それで、殿下は私と、私の家門との約束を反故にすると...?」

「なんだ、最後は結局家に頼るのか。君が何に縋ろうとしたって事実は覆らない」

「縋る、ですか。私は殿下のためを思って、」

「ああ、君はいつもそうだ。いつも私のために行動していると言う。それが私を不快にさせていると、分かっててやっているのではあるまいな?」


王子の口調はさながら“不憫で可哀そうな主人公”といったところだ。


トゥイラーナさんが何も言わないことをどう捉えたか、王子は軽く鼻で笑って、「まあ。君が嫌と言ったところで婚約破棄は変わらないが」と楽しそうにした。彼女の反応に溜飲を下げたらしい。


「...恐れながら殿下。殿下はまた2つ目の誤解をなさっていますわ」

「なに?」

「私、トゥイラーナ・ウォリントは婚約破棄に同意いたします」

「だから君の意見は聞かないと...なに?」

「私、トゥイラーナ・ウォリントは婚約破棄に同意いたします」


トゥイラーナさんは再度同じことを言う。相変わらず口は扇子で覆われていて分からないが、宝石のごとき瞳は楽し気に輝いている。

やっぱり彼女は知っていたのだ。大勢の前で婚約破棄されることを。知っていて、尚且つどうでも良いと思っているから、当事者でありながら観衆のように優雅にこの場を楽しんでいるのだ。


「私が先程家門を話に出したのは事実、私たちの婚約が政略結婚だからですわ。市民の生活が向上してきている今、私たち貴族はより一層の団結が必要とされています。その象徴がこの婚約であったことをお忘れなのですね」

「なっ、君は私を馬鹿にしているのかっ」


王子は一度は怒りを鎮めかけたものの、沸点が余程低いのかまた煮えくり返っている。それどころか一回抑え込んだ反動で、余計に爆発しそうだ。

そんな彼に慣れきっているのだろう彼女は気にする様子もない。


「大体―、」

彼女は王子から視線を逸らし、そして私に目を向けた。


思わずひっと声が出そうになる。幸い口から音は出なかったけれども、左の口角が引き攣った。

これまで観衆として観察に徹していた私にはまだトゥイラーナさんと対峙する心の準備が出来ていない。しかし彼女は待ってくれないし、見逃してもくれないだろう。


「ミィナ様は本当に王妃になる気がありまして?」



***


「...」


...今まで現実から目を逸らしたくて実況モドキを脳内で繰り広げていたのだけど、もう、これは無理だ。さっきまでは目もくれなかったので自分の存在を失くすことに成功していると思ってました。呑気にトゥイラーナさんの表情から王子への評価を読み取っている場合ではなかった。


トゥイラーナさんが私に目を向けたことで、周りの人たちも私を注視している。挙動の1つ1つを監視されている様だ。

でも、見られているからといってトゥイラーナさんの質問には答えることが出来ない。


...うん。多くの人は思ったんじゃないだろうか。この話の当事者の一人であるミィナ大人しいな、と。普通だったら王子の言葉に賛同するとか、あるいは悲劇のヒロインぶるとか、そういった振る舞いをするものなのだろう。

しかし私は出来ない。


...なんでかって?


だって知らないもの。

トゥイラーナさんが私をいじめた?いや、知らない。

王子と仲が良かった?いや、知らない。

階段から落とされたとか、婚約破棄だとか、私が王妃になる予定とか、何も知らない。


これは実際にはいじめられていなかっただとか、王子とは遊び半分だったとかという意味ではない。本当に知らない。


自分のことなのに?と思うかもしれない。

いや、自分のことですらないのだ、この話は。



***


始まりは1週間前。

交通事故で即死だったらしい私は走馬灯を楽しむ暇なくあの世に行った。

あの世、というか、神様のもとにいた。

『え、え、なにこれ』と理解が追い付かない私に豊満な体つきの女神様はご丁寧に私が死んだことを教えてくれた。


『そーかー死んじゃったかー』

生きる死ぬを考える事態に陥ることなく日本でのほほんと生きていた私だが、いざ死んでしまったら「どうせなら―」とか「せっかく―」みたいなことが幾つも思い浮かぶ。

それを察したように女神は口を開いた。


『あなたはまだ若いじゃない?』

『そうですねえ。あと60年は生きるつもりでした』

『ええ、ええ、そうよね。そんなあなたに提案があるのだけど』


女神様は楽し気にころころと笑う。

『何でしょうか』

『あなたにはミィナっていう少女の体に入ってもらいたいの』


『...はい?』

私の思考は停止する。女神様はやっぱり言うことが違う。意味が分からない。

またもや理解が及んでない私に、女神様はゆっくりと話してくれた。


どうやらそのミィナは先日、階段から落ち意識不明の状態らしい。

さらに運が悪いことに、頭に強い衝撃を受けたため魂が飛び出てしまったとか。

そんな簡単に魂って飛び出るものなのかって聞いたら、なんとそのミィナに入っていた魂は未だ生きている日本人のもので、元々定着しきっていなかったそう。

ミィナ自身の魂は幼い頃その日本人に喰われもうないとか。だから新しい魂を入れなければ意識が戻らないらしい。

いわゆる脳死的な状態なのだろう。それならそれも自然の摂理だと思うのだが、女神様は「それだと話が進まないのよぉー」と説明にもならない言葉で言い包めてくる。


まあ、そんな(どんな?)女神様の都合で、白羽の矢が立ったのが私だそう。

まだ若く生存欲求がそれなりにあり、何よりもタイミングが丁度よかったのだと。


『何となくわかりましたけど...私も頭に衝撃を受けたら魂抜けるってことですか?』

『いいえ、その心配はないわ。あなたはもう死んでいて魂を引っ張る体がないもの』

『そうなら何でまだ生きてた日本人をミィナに入れちゃったんですか...』

『だって、あの子毎日10時間もミィナになりたいって祈ってきたんだもの。おも...可哀そうでしょ?』


...今、絶対面白そうって言いかけましたよね?わざとですよね?軽く人を振り回すあたり、人間の形をしていてもやはり神は神だ。


『生きたいは生きたいのでいいですけど...。とりあえずそのミィナについて教えて下さい』

『うーん、そうしたいのは山々なんだけど、』


予想外に女神は顔をしかめながら唸る。

え。なんの情報もなしにミィナになれって?記憶喪失でいいの?それで話とやらは進むの?


『時間がないのよねえ。まあ、でも親も分からないようじゃ生活に困ると思うから、特別オプションとして人の頭の上に名前が見えるようにしてあげるわ』


『ミィナが呼んでいた名前が浮かぶはずだから、親が誰かはすぐ分かるはずよ』

そういって、太母のように微笑んだ女神の顔を最後に見て、私はミィナになった。


―まあ、女神様がつけてくれたオプションはなかなかに使えた。そのおかげで目を覚ました時に王子の名前を自然に呼べたのだから。


ただ文句がないかと言われれば、それはまた別の話だ。

ミィナが王子の浮気相手なんて聞いてない。

そんな面倒な役割だと知っていたら女神さまの提案には乗ってない。


その中でも幸運だったのは、ミィナは貴族でありながら貴族っぽい振る舞いをしていなかったことだけだ。

目が覚めて明らかに豪華な部屋でダブルベッド並みに大きなベッドで寝かされていたのに驚き、目の前の王子の煌びやかさに慄き、扉付近に佇むメイド服の女性に思考は停止した。


これは、どこのファンタジーか。

今時宝石がジャラジャラとついた服を普段使いする人がいるのか。フリフリのメイド服を真顔で着る女性がいるのか...。

何というか、彼らの姿には実用性のzの字も感じない。見た目が全てというように機能性が皆無のように思えた。


予想外の世界観に固まっていた私に、ベッドの横の椅子に腰かけていた王子は涙を流しながらよかったと何回も優しい言葉をかけてくれた。

ただ、心配かけてごめんなさい、と謝ると一気に不機嫌な顔になった。何でだ。


「ミィナ。トゥイラーナに何と言われた?」

「...え?」


戸惑って何も言えない私に王子は何を思ったか、より一層眉間に皺を寄せる。

「ミィナ...ミィナがトゥイラーナや他の令嬢に合わせる必要はない。私は君の明るく無邪気なところが好きなんだ」


苦しそうに、切実にミィナへの思いを告げてくれる王子にこの時は「ミィナめっちゃいい彼氏(?)いるじゃん」と気分が上がった。


うん。あくまで、この時点での話ですけどね...。

この時にはトゥイラーナが王子の婚約者だって知らなかったし。


じゃあ私がいつ自分が浮気相手であると気づいたのか...。


今日です。今日気づきました。


目覚めてから今日までの1週間。以前は学校に通っていたミィナだが王子の心配性が発揮されたことで私が学校へ登校したことはなかった。その代わりに家に毎日王子が来た。

そして、3日前に今日王宮で開かれるパーティーがあると聞き、「ミィナはずっと楽しみにしてただろう?」と王子がずっと側にいることを条件として参加することになった。

まあ、楽しみにしてたのは私ではないんですけども...私だって一応乙女だ。前世では経験したことない(ましてや現実にあったのかどうかさえ疑わしい)パーティーに胸が弾んだのも事実。


そして楽しみにしていたパーティー。

しかし、その浮いた心は会場に足を踏み入れた途端、一気に急降下した。


私と王子が入場すると、一気にご令嬢、ご子息の目線がこちらに向いた。

初めは、王子という身分であり、見目麗しい彼が注目されているのだと思った。ミィナも流石王子に見初められるだけあってとても可愛らしい出で立ちなので、アイドル感覚でいたのだ。

だが彼らを横目で見れば、その考えが如何に的外れなのかは一目瞭然だった。

あれは好意的な目線ではない。まるで犯罪者を見るような軽蔑を含んだ目だ。


そして少し耳を澄ませれば聞こえてくる彼らの声。

『彼女、人の婚約者と腕を組むなんて相変わらずですのね』

『階段から落ちて意識不明だと聞いていたが、やはり図太いものだな』

『マナーも覚束ない人がいると格が落ちるようで...』

『不快ですわね』


はい、これで気づきましたよ、ええ。何で王子がトゥイラーナさんの名前を頻繁に出し、彼女を貶める発言をしていたのか解決しました。

人の気持ちの機微に敏感な元日本人嘗めてもらっては困る。

トゥイラーナさんが本当の王子の恋人(実際は婚約者だったわけだが)で、私は浮気相手なのだと。


私は久しぶりに混乱した。

いや、浮気相手を大っぴらに出しすぎでしょ、と。もはや浮気相手というか、恋人が2人いる状態というか。つい最近一夫多妻制にでもなり、その思考にまだみんな追いついていないのだろうかと現実逃避するぐらいには混乱した。


そして、混乱が収まらぬまま、婚約破棄騒動が起きた―。




―。


はい、帰ってきました。

一旦自分のこの1週間を振り返り、何とか言い逃れできないか(どこに逃げればいいのか、何から逃げているのかも分からないが)思索するが、やはり頭は同じことをぐるぐる思い出させるだけで何の役にも立たない。


...いや、でも待てよ?なんでトゥイラーナさんは私に王妃になる意思があるかを聞いてきたのか。それがまず分からない。

もしかして彼女はミィナの中身が変わったことに気づいてたりして、?

いや、でも彼女とは今さっき対峙したばかりだし、「いつもと違うわね」と気づく要素は0だったはずだ。

じゃあ、王子ばかりが本気で、ミィナは傍から見ても遊んでいるようにしか見えなかったとか、?

...それは最低すぎか。ミィナクズ過ぎんか。大丈夫かこれ。

王子とか知らんけど。貴族とか知らんけど。身分が一番的な彼らの中で失態を犯しているミィナに幸せになる道はあるのか。


「ミィナ、怖がる必要はない。何があっても私が守ろう」

黙る私に王子は優しく言葉を掛けてくれる。

くれるが、今はときめきも何もない。大体王子も悪いではないか。浮気してんだぞ。浮気男が何言ってんだと叫んでやりたい。


...いや、もしかして王子を罵った方が助かる確率は上がるのだろうか。

周囲の反応からすれば、トゥイラーナさんの方が立場が優勢であることが伺える。

どうにかして「私もトゥイラーナさんの味方です」アピールをすればいけるんじゃないか、これ。


「私...」

私が弱弱しいながらも声を出せば、この場にある耳全部が向けられたように静寂が一層深まる。

いけ、頑張るんだ私。

「私に、王妃になる気はありません!」


横で王子が「ミィナ?」と戸惑いを見せるが知ったことか。

「確かに、私は彼の隣にいたいと思っていました!でも、意識が戻ってからの1週間で色々考えたんです!私のしていることは間違ってたんだって!トゥイラーナさんにはとても酷いことをしました、許されるとは思っていません!でも、だからこそ今日はライル様との関係を終わらせるためにこの場に来たんですっ!」


ミィナ、何を言っているんだ。と王子が呟く。

トゥイラーナさんは整った眉を片方上げて、少し意外そうにした。


「あなた、殿下との関係は本気ではなかったということ?」

「い、いえ!ライル様のことは心から愛しています。でも一度気づいてしまったこの罪悪感に打ち勝つ激情はありません」


「そう...あなた、変わったのね」

その時初めて彼女の顔が優しいものへと変わった。その表情はどこかの女神様にそっくりだった。


これは、良い方向に流れているのではないか。あと一押しだ。

そう思ってまた口を開いた時に、新たな人物が登場した。


「これは、兄上、何の騒ぎですか」

その声の持ち主を通すべく群衆は入り口から私たちがいる場所まで道を開けていた。

現れたのは王子と同じ金髪で琥珀色の目の青年だったが、なんというか纏う雰囲気がまるで違った。

光沢さえ見える柔らかな金髪の上に目をやれば“ロイド様”と日本語が浮かんでいる。

彼の言葉と見た目から推測するに王子の弟だろうか。


彼はトゥイラーナさんの横で足を止め、彼女に優雅な笑みを浮かべた。

「トゥイラーナ、遅くなってすまないね」

「いいえ、ロイド殿下が謝ることなどありませんわ」

「私の気が済まないんだよ。君が兄上のせいで不快な思いをしてると考えるとね」

「まあ。私は大丈夫ですわ。...ロイド殿下がいらっしゃるもの」

トゥイラーナさんも先程まで武器の如く広げていた扇子を畳み、頬を赤らめながら答える。


...うん、また何か始まったんですけど。ナニコレ。トゥイラーナさんも浮気してたってこと?え?どっちが先なの、どっちが最初に浮気したの。

トゥイラーナさんとロイド様が2人の世界を繰り広げている間に周りの様子を観察する。ご令嬢は2人の仲良さげなやり取りを見て、ほう、と羨望の眼差しを向けている。ご令息はうんうんと納得気に満面の笑みを浮かべていた。

...はい、これは王子の浮気が先ですかね...。

っていうか、トゥイラーナさんにも相手がいるんだったら私は王子を裏切らなくてもよかったのか…?

心なしか王子との距離が少し遠のいている気がする。横をちらりと見れば、苦しそうに顔を歪める王子がいた。まあ、好きだった相手(私というかミィナ)にプロポーズをする前に振られるという悲劇をお見舞いされたわけだから当然と言えば当然か。


「兄上。自分が何をしでかしたのか、明日には思い知ることでしょう。...私とトゥイラーナはこれで失礼します。兄上も私たちがいない方がパーティーを楽しめるでしょう」


いちゃつきタイムを終えたロイド様が有無を言わせない笑顔で言う。

そのまま踵を返すと思ったがまだ動かず、どうしたのかと首を傾げれば、細められた目を私に向けてきた。


なんだ、なんだ。今度は何なんだ。


「ダンセル男爵令嬢。君と兄上との関係がもし潰えたとしても私は一生トゥイラーナの味方だ。それをゆめゆめ忘れないでね」


ああ、そういうこと。いや、どういうこと?

ダンセル男爵令嬢はミィナだよね?まさかミィナは王子2人を股にかけていたのか。いや、ロイド様は靡いていないようだから二股ではないか。

王子という存在がありながらロイド様とも親しくなろうとしていたなんて。なんという女なんだ。


でも今の言葉はいただけない。王子のことはこの1週間少なからず好感を抱いていたので置いておき。ロイド様とは今日、今、初めて会ったのだ。私的には。

なのになんか、私が節操なしみたいに公然の場で言われるのは癪だ。


「はい。肝に銘じます」

いや、言えないけどね。何だこの役回り。最低じゃないか女神様よ、なんてことを押し付けているんだ。


「ミィナ、」

一難去ってまた一難。トゥイラーナさんとロイド様が今度こそ出口へと向かっていくのを見届けていれば、隣から力のない声が聞こえた。

「ミィナ、何で...やはり怪我してから君は変わってしまったのか、?トゥイラーナに何を言われたんだ」


「...」

王子よ。すべてが逆なんだよ。トゥイラーナさんに何か言われたから変わったんじゃないよ。むしろ何も覚えていないからこうなっているの。

でも、考えたら王子も被害者、なのか、?彼が愛したミィナはもういないわけだし...。

何か申し訳なってくるけど、私のせいではないもんね。どっちかっていうと前ミィナの方が無理矢理入ったあたり罪深いと思うんですけど...。王子は前ミィナにゾッコンだけども。

そーすると一番の被害者はオリジナルミィナか。


「王子...ライル様。私に貴族の世界は合わないの」

隣の王子にだけ聞こえるような大きさで喋る。ミィナは普段から王子に対してタメ口だったそうで、敬語を少しでも使うと彼は不機嫌になるが、流石にこの場で堂々とタメ口をきく度胸はない。


幸い、トゥイラーナさんとロイド様が退場したためか、先程までの視線は感じない。

「ミィナ。君は、私の目の届かないところで傷ついていたのか」

「それは違うよ。今私がライル様を傷つけてる...。でも、もうこれ以上ライル様や周りに迷惑をかけたくない。自分の力だけで生きてみたいの」

「ミィナ...」


彼は今にも泣きそうな顔をしている。

意外にも嘘99で塗り固められた言葉はスラスラと出てきた。さっきトゥイラーナさんに言った言葉と矛盾がないように、王子にも私にも責はなくどうしようもないものだと思わせる言葉でなくてはならない。


「楽しかったよ、今まで...ライル様がいてくれたから」

「ミィナ...」


―さようなら、お元気で。

これで締め括れば、身分差に敗れた儚い恋になるだろう。〇ミオとジュリ〇ット的な感じで。


「さよう『やっぱり流産してしまったのかしらね』......」


もう、白目剝いてもいいですか。

...今途轍もなく不穏な言葉が、聞こえた気がしたんだけど。ん?流産??それって私の話ですか?

おいおい、こんな絵本の中のロマンティックな関係に見せといてやることやってたんか??


前言撤回だ。

「でも、赤ちゃんも...」

一か八かで。なるようになれと、後を催促するように王子を見つめれば、そっと両肩を掴んでくる。

「中絶したことなら気にしなくていい。結婚したら今度こそ産めるのだから」


...ああ、階段から落ちて流産してしまって、でもこの1週間話に出せなかった、とかではないわけね。

うん、中絶か。ミィナ中絶してたんか。いや、中絶自体が悪なわけじゃない。ないけど。


「...んな」

「うん?なんて??」



「最低野郎!!きったねぇ手で触んな!」


遠くで、誰かが吹き出したように笑う声がした。














主人公が、舞台である乙女ゲームを知り尽くしたヒロイン前ミィナと、悪役令嬢トゥイラーナに振り回されるお話でした。

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