映画館の猫
私の街には映画館がある。
もう営業を止めてかなり経つ。
私はたまにその映画館にお邪魔して、掃除をしている。
バイト代は安いけど、仕事の終わりには特上弁当のおまけつき。
気に入っている仕事だ。
「なーん」
「あら、ゲロシャブちゃん」
猫が遊びに来た。
この映画館の所有者の猫だ。
「どうしたの? 退屈なの?」
「なーん」
猫は真ん中に位置する座席に座って、スクリーンを眺める。
そこには何も映されていない。
ただ真っ白な色が広がっているだけだ。
「ねぇねぇ、どうしたのゲロシャブちゃ……」
……あれ?
私は気づいた。
ここは映画館じゃない。
『船長、到達目標を発見しました!』
『うむ……座標は確かか?』
『はい。間違いないようです』
『船長、来ました! 防衛システムです!』
『うむ……手筈通りに』
ここは宇宙船。
惑星探査を続ける冒険者の乗る船。
襲い来るロボットを倒し任務完了。
あとは報告しに帰るだけというところで、船長ロボットが壊れた。
唯一の人間であるオペレーターは艦長席に腰かける。
『早く帰って、皆に会いたいなぁ』
「……あの」
『こんな退屈な旅はもうこりごりだよぉ』
「…………」
話しかけたけど、私の声は聞こえていないらしい。
「なーん」
猫が鳴く。
私は気づく。
『みんな死んでんじゃねぇかああああ!』
『あっ、ちなみに犯人は私です』
『お前かああああ!』
死体が転がる部屋で二人の男女が話をしている。
男は探偵、女は殺人鬼。
私はこの二人を知っている。
これから大冒険を経て館を脱出するのだ。
『さぁ、ゲームの始まりです。
私を連れて無事にこの館から脱出してください』
女はそう言って探偵のほほにキスをした。
まんざらでもなさそうだった。
「なーん」
『君はダメじゃないよ、自信を持って。
きっと……大切な人と出会えるよ』
一人の女性が鏡の中の自分に向って話しかけている。
私は彼女を知っている。
これから自分を変えるために頑張るのだ。
「なーん」
ゲロシャブ。
お願い。
もうやめて。
楽しい空想の世界を見せるのはやめて。
私はどこにでもいる普通の人間なんだ。
だから……。
目が覚める。
どうやら転寝をしていたようだ。
膝の上で猫が丸くなっている。
「帰ろうか」
私は猫を抱きかかえて映画館を出る。
外はもう真っ暗だった。
「あー! 退屈だなぁ!」
空を見上げたらオリオン座が見えた。
「ゲロシャブ! 一緒に鳥になって空を飛ぼうか!」
「なーん」
空なんて飛べないけど、何処までも飛んで行けそう。
そう思える夜だった。