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木筒

 法度を破り、切腹するのが怖いあまり、枇杷の木に変化へんげした。

 寺の井戸のそばでわたしはほんの一日ですくすくと育ち、その丈は五間を超える大木になり、甘く食いでのある実がつくようになった。

 急にあらわれた枇杷の木を不思議に思うものはなく、かつての同輩や仕打ちが残酷なことで知られる幹部隊士が、まだ人の身であったころのわたしを探して右往左往する姿は爽快である。思えば、わたしは父母を知らず、妻もなく、兄弟姉妹もいない天涯孤独の身であり、友と呼べるものもいなかった。すると、枇杷の木として暮らすのも悪くないと思えてきた。何より腹を切る心配がないのが安心である。

 隊士がひとり、わたしが見つからず、困った顔をしている。わたしの実を見上げると、男は草履を脱ぎ、わたしをのぼり、実をもごうとする。この隊士に稽古で痛めつけられたことを思い出す。

 わたしは枝をわざと一本折った。隊士はあと少しで実に手が届くところで真っ逆さまに地面に落ちて、頸骨が砕ける音が境内に響き渡った。

 ぼろ畳に乗せて外に運ばれる骸を見ているうちに、隊士たちはわたしという脱走者を探すことをあきらめ、また日常が戻ってくる。見回り、稽古、切腹である。

 わたしは裁定者である。人間だったころ、わたしによくしてくれた隊士には気前よく実を落としてやり、わたしをいじめた隊士は実をおいしそうに揺らして、わたしにのぼりたくなるように誘って、のぼったら枝を揺らして、わたしから落として殺してしまった。そのうち、わたしのことを呪いの木だと隊士たちは噂して、近づくことも避けるようになる。わたしは毎日あくびをし、枝の実がまだついているかどうか帳簿をつける暮らしを続ける。

 何年か枇杷の木として幸福に暮らす。そのうち、京の情勢は怪しくなってきた。刀の限界があらわれ始め、新撰組でも大砲の撃ち方くらいは習ったほうがいいだろうということになり、とある藩から砲術師範を借りる。だが、最新の大砲は値が張り、新撰組は当然持っていなかった。砲術師範は別に大砲は金属ばかりではないと明るく言った。

「金も使い方も知らぬ藩では丸太を繰り抜いて、大砲の代わりにしている」

 そう言いながら、砲術師範はわたしを見つめる。隊士たちはあれは呪われた木だからやめておけという。

「死んだものはどうやって死んだ?」

「実を取ろうとして、木から落ちてです」

「わたしが欲しいのは実ではなく、幹だ」

 砲術師範がわたしの陰に入ってくる。わたしは慌てて枝を揺らすが、実以上に大きいものは落とせない。

 迷信深い隊士たちは引き返すように言うが、砲術師範は英語も話せ、西洋にあかるい人物であり、迷信を笑い飛ばすのを何よりもの楽しみにしていた。

 わたしの実が肩や頭のてっぺんにぶつかるが、所詮は枇杷であり、昏倒させるほどの打撃はない。

 砲術師範はふっくらした手でわたしをぺちぺちと叩く。

「ちょうどいい丸太が取れそうだ。誰かノコギリを持ってこい」

 最後の実が落ちる……。

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