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水の話

 甥を新撰組に入れるために屯所を訪れる。

 槍を手にしたふたりの番人が苔のような銅で葺いた唐門の軒下に立っている。番人は切ってそろえたように同じ背で、ハンコで押したみたいに同じ顔をしていた。

 ここが新撰組の屯所でしょうか、とたずねるといかにも、といい、どこそこ村の何々ですと名乗り、先に話がいっていると思いますが、と風呂敷包みを背負った甥にぺこりと頭を下げさせる。

 門番のうち、左側にいるほうが、確認してくると言って、唐門の向こうに見える屋敷に下がっていった。しばらくすると、先ほどの番人が幹部隊士を連れてきた。この幹部隊士というのが先に述べたふたりの番人にそっくりだった。鼻が四角で大きく、唇が極端に薄い、足利幕府時代の公方のような顔である。

「入隊希望ですね?」幹部隊士は女人のように高い声をしていた。

「はい。先日、文にてお知らせしたとおりです。こちらがわたしの甥です」

「そうですか、そうですか」

 新撰組というのは不埒な輩には塩をかけて食べてしまうくらい恐ろしいと言われているが、いまのところ恐ろしいと思われることはひとつもない。と思っていたら、なんと甥が顔も背丈も新撰組側の人間そっくりになってしまったのだ。

 わたしは驚き、あんぐり開けた口のなかで言葉が死んでいく。

「どうかしましたか、伯父上」

「お前、その顔はどうした?」

「何を言っておられるのです? 暮らす場所の水に合わせるのは当然ではありませんか」

 声までが変わっていた。

 わたしと甥は奥の小さな客間に通された。しばらく待っていると、道場のほうからきこえるらしい猿の叫び声みたいに甲高い声がきこえてきた。きえい、きえい、と耳障りな声がした後に竹刀が固い皮膚を打つ音が続く。ちらりと甥のほうを見るが、甥は怯える様子もない。もうすっかり隊士になったようなものだ。それにもともと情の起伏が極度に乏しい子である。

 やがて、先ほどの幹部隊士がやってきた。しかし、みな姿が似ているのなら、別の隊士が来ても気づかないかもしれない。剣はどれほど、学問はどれほどという質問がされ、甥はそれに律儀にこたえる。最後に「仏にあって仏を斬り、親にあって親を斬れるか」とたずねると、甥は何も言わずにうなずいた。すると、幹部隊士はわたしのほうを向き、隊の水にすぐになれそうな少年ですね、と言ってきた。水、といわれて、胸がじんわり湿った拍動を打ち始めた。

 このそっくりな顔たちと目を合わせるのが、急に怖くなり、湿った綿のようなものが胸のなかを押すような辛さに思わず立ち上がり、この場を去ろうと障子を開ける。すると、来た道と反対側の障子を開けてしまった。大きな庭には小さな泉のあふれる岩があり、滑り落ちた水が岩の角をとっている。そんな泉と岩がいくつもある。いくつもの水といくつもの丸まった岩。それが百か二百かある。全てがそっくりだ。

 わたしはそれが部外者が知ってはいけない秘密なのだと瞬時に悟る。

 背後で鯉口を切る音がした。

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